序列上位者達の戦い 1
第14話
「お~。何だか賑やかになってきたなぁ~」
グレイは自陣で一人、宝箱の上に座りながら念のために今さっき消費した魔力が回復するのを待っていた。
ヴィンデルの森は今やあちこちで魔力の衝突が起こり、轟音が鳴り響いている。恐らく生徒同士、もしくは魔獣との戦いが本格化し始めたのだろう。
だが、グレイの服には汚れ一つなく、勿論傷も一切見られない。それはグレイがまだ一度も戦闘を行っていないということを物語っていた。
「よし。俺もそろそろ行くかな」
そして魔力の回復も終わったのか、グレイは立ち上がり、再び森の中へと入っていった。
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グレイが行動を再開させた頃、ヴィンデルの森北東部では一つの宝箱を巡って二つのクラスの生徒達が争っていた。
片方は《ドワーフ》、もう片方は《セイレーン》である。
「あんた達、その宝箱は絶対渡すんじゃないよ! あと少しで陣地に着くんだ。耐えきりな!」
現在宝箱を持っているのは《ドワーフ》の生徒で、自陣まであと少しというところまで来ていた。
やはり土と水では土の方が有利であり、《セイレーン》陣営は苦戦を強いられていた。
「攻めろ! 陣地に持ち込まれれば手出しが出来なくなる! 今ここで奪い取るんだ!」
「そうだそうだ~! 早く奪い取っちゃって~!」
その《セイレーン》のチーム全体に命令を出しているのが序列三位、クロード=セルリアン。
緊迫した状況だと言うのに緊張感が全くない台詞を吐いているのは同じく《セイレーン》のチームリーダーの一人であり、序列四位でもあるエコー=アジュールだ。
その二つのチーム、計七人が《ドワーフ》の三人に迫る。
数では圧倒的に《セイレーン》が上であるにも関わらず未だ宝箱を奪取出来ていないのは、何も属性が不利だからというだけの理由ではなかった。
「おおおらああああっ!!」
「「うわあああっ!?」」
《セイレーン》の生徒二人が土魔法《アース・クエイク》の直撃を受けて、ダメージが限界に達したことにより魔石が発動し、自陣へ強制返還されていった。
今ので《セイレーン》側の被害者が五人になった。
「さあさあ! どんどんかかってきな! あたいが全部薙ぎ払ってやるよ!」
撤退戦であるにも関わらず、相手を返り討ちにしたのは《ドワーフ》序列二位のカナリア=カスティールだ。その腕には巨大な戦斧のアーク、《ガオン》が握られている。
クロードは仲間がやられたことに舌打ちし、作戦を練り直す。
「こうなったら仕方ない。エコー!」
「がってんだぁ!」
クロードの言葉は少なかった。だが、エコーはクロードの作戦を完全に理解し、即座に動く。
「出てきて! 《ラブリミナル》!」
エコーの呼び出したアークは杖の形をしており、先端にはハート型の結晶が付いている。
「行っけぇ! 《ウォーター・ロード》!」
エコーは四本の水流を発生させ、クロードと他三人の生徒がそれぞれ一本ずつ水流に乗る。
そしてその水流は全てカナリアの後方、つまり宝箱を持って走る《ドワーフ》の生徒達に向かって迸っている。
「あたいを飛び越えて宝箱を狙おうってかい?! でもさせないよっ!」
「いいや! 押し通らせてもらう! 来い《時雨》!」
何としても宝を守ろうと斧を振りかざしたカナリアに、クロードはトンファー型のアーク、《時雨》を呼び出し、宝を追う三人を守るために身を呈してカナリアの攻撃を防ぐ。
「くっ!?」
力任せの一撃を受け、クロードは木に叩きつけられた。まだダメージの限界には達してはいないが、今の一撃はかなり大きく響いた。
「これで、とどめだよ!」
カナリアは情けをかけることなく、クロード目掛けて斧を振り下ろす。だが、その攻撃はクロードには届かなかった。
「ほいっ。《ウォーター・ウォール》」
カナリアの前に突然地面から水の壁が噴き出し、斧はその水流に押されるように持ち上がった。
「はんっ! なるほど、二体一に持ち込まれたってわけかい」
「そゆこと~。は~い、では無様に吹っ飛んだクロードく~ん。特別に回復してあげるからまだまだ頑張ってよね~。《ウォーター・ヒール》」
いつの間にか、エコーがクロードの隣にまでやって来て謎のポーズを取りながら回復魔法を掛け始めた。
エコーのアークは水属性が得意とする回復魔法の力を底上げする能力を持っている。ほぼ一瞬でクロードのダメージを回復させた。体のダメージを回復させたクロードは立ち上がり様にエコーの頭をトンファーでどついた。
「あいった!? なにすんの!?」
「ムカついたからだ。気にするな」
「気にするよ! たんこぶ出来たらどうするの!?」
エコーは大層憤慨したように頬を膨らませる。クロードはそれを普通にスルーしながらカナリアへと向かって駆ける。
「《アクア・スパイラル》!」
クロードは体を回転させながら両手に持つトンファーから水流を放出させ突進する。
カナリアはその攻撃を斧を盾代わりにして受けながら魔力を練り上げる。
そしてクロードの魔法が止まったほんの一瞬を狙い、カナリアは反撃する。
「《グラウンド・ショック》!」
斧を地面に叩きつけ、大地を激しく揺らす。クロードは足を取られそうになるのを何とか堪えて宙に飛び上がる。
「今度こそ潰れな! 《ロック・フォール》!」
クロードの頭上にカナリアの魔法で出現した巨大な岩が重力に従い落ちてくる。
クロードにその攻撃を回避する術は無かった。防御姿勢を取りながら、クロードも地面に向かって落ちてくる。
「やれやれ。ほんとクロード君は手のかかる子だなぁ~。ほれ。《クッション・バブル》」
だが、エコーは冷静に魔法の泡のクッションを出し、クロードの体を包み込む。
そしてもう一つ、今度は岩と同じくらいの泡を出し、岩の衝撃を吸収し、元の形に戻ろうとする反動で岩を彼方へ跳ね飛ばした。
「なにぃっ!?」
「驚愕している場合ではないぞ。下ががら空きだ!」
「な、しまっ──」
思わず、飛んでいく岩を呆然と見ていたカナリアに、クロードが懐まで潜り込んでいた。咄嗟に回避行動を取るカナリアだったが遅すぎだった。
「《時雨乱雨》!」
「かはっ!?」
クロードは水の魔力を纏ったトンファーでカナリアに連続攻撃を打ち込んだ。
その全てをまともに受けたカナリアは意識が飛びそうになるところを何とか耐え抜き、追撃から逃れるための牽制として斧を乱暴に振り回した。
「まだ、立てるのか……」
「もう~。今ので決めちゃってよ。折角チャンス作ってあげたのにぃ~。クロード君、雑魚くない?」
「うるさい黙れ」
「うわっ、ひどくない!? この冷酷眼鏡っ! ドS眼鏡コンビ!」
「お前、後でラピスに言いつけるからな」
「いやぁぁあ!! 最低だよこのドS!!」
クロードは既に怒るのも馬鹿馬鹿しくなってきたので、もう全部後でラピスに丸投げするつもりでいた。
「余裕ぶってんじゃないよっ!! 《ガオン・クラック》!!」
カナリアは斧で地面を思いきり叩き割り、地割れを発生させた。
「ぐうっ!」
「うわわわっ!?」
クロードとエコーは何とか地割れに巻き込まれずに済むが、カナリアの圧倒的な力にわずかに気圧される。
そんな時、彼らの頭上から一人の生徒が降ってきた。その生徒は先程宝箱を持っていた《ドワーフ》の生徒だった。
「なっ!? おい、あんた! 大丈夫かい?!」
その生徒は意識はしっかりとしており、ダメージも限界値には達していないのか、魔石は反応しない。しかし、よく見ると持っていたはずの宝箱が今はどこにもなかった。
「あんた、宝はどうしたんだい?!」
「わ、わるい……。取られ、た……」
その言葉を聞いたクロードとエコーはこう思った。先程向かわせた三人が上手くやったのだと。しかし、それは違った。
「急に、どこからか奇襲を受け、たんだ。《セイレーン》の奴等じゃ、ねえ……」
「何だとっ!?」
今度はクロードが驚愕する番だった。まさか第三勢力の介入があったとは予想もしていなかった。
クロードは急いで先程仲間達が向かった方角へと走る。しばらく行くと仲間二人ともう一人の《ドワーフ》の生徒が地に倒れていた。どうやら一人はダメージ限界を越えてしまったらしかった。
「お前達、大丈夫か?!」
「クロード、か。すまねえ……」
「謝罪はいい。それより、宝はどこだ?」
「わかんねえ。いきなり攻撃されて、宝箱はあっちの方に飛んでいった」
その生徒が指を差した方角は北西。そして宝箱が飛んでいった、という情報を合わせると、犯人は──
「《ハーピィ》の奴等か! 風魔法で遠距離から攻撃し、宝箱を風で運んだ、というわけだな。確かにそれなら今この近くに誰もいないという理由にも説明がつく」
「なるほど。そういうわけかい」
クロードが振り向くと、そこには青筋を立てたカナリアが立っていた。
「まさか、陣地手前で待ち伏せされて、宝だけ見事に掠め取られるとはね。あたいらも舐められたもんだよ。悪いね《セイレーン》。勝負はお預けだ! あたいらは今から《ハーピィ》を潰しに行く。ほら! あんた達も早く来な! 男だろ!」
カナリアはチームの二人に叱責を飛ばし、北西に向かって走り去った。
クロード達は取り合えずエコーの回復魔法を受けてから行動を再開した。取り合えず、カナリアを追うのはやめておいた。