お宝争奪戦 3
雷を浴びて地に倒れ伏した《イフリート》の生徒の体が次の瞬間、ふわりと浮かび上がり、空高く飛び上がって自陣の方向へと飛んでいった。それを地上で見上げていたグレイ達はすぐ行動を再開させた。
「急げ急げ。今の音で俺らがここにいるってことをバラしちまったようなもんだぞ」
「だから俺に任せろ、って言ったのにエリーと来たら」
「さっき一人逃がしたあんたに任せるのは忍びなかったのよ」
「まだ言うかこのやろ……」
「無駄口叩かず走れぇ~!」
グレイの腕には少し大きめの宝箱が抱えられている。それをさっきの生徒に狙われたのである。
「つか、これ結構重いんだけど。アシュラ交代してくれ」
「悪い。俺、箸より重いもん持てねえんだ」
「箱入り娘かよ! 気色の悪い! じゃ、エルシ──」
「はぁ?!」
「──何でもありません。わたくしめが運ばせていただきます」
結局こうなるのか、と溜め息を吐くグレイ。だが前方に気配を感じてその場に立ち止まる。エルシアとアシュラもその気配にやや遅れて気付き、グレイを、というよりかはその手にある宝を庇うように前に立つ。
「へえ。勘は良いのね。やっぱりあの時手加減してたのね」
そう言いながら姿を現したのは赤いツインテールの少女だった。
その隣にはグレイ達も知っているメイランの姿もあった。
「やぁ。何だか久し振りだね。グレイ君達」
「メイランか。それで、その隣のは確か……」
「アタシはアスカ=バレンシアよ。さあ《プレミアム》。正々堂々アタシと勝負しなさい!」
ズビシッ! という音が聞こえそうな勢いでグレイ達に指を差すアスカ。そんなアスカを見てグレイとアシュラは小声でひそひそ話をする。
「わざわざ名乗ったぜあの娘。今回の大会は決闘と違って実戦を意識したもんだよな? なら名乗る必要ないし、正々堂々と、ってのもおかしくね?」
「あぁ、たぶんあれだろ。ああいうのが格好良いって思ってるんだって。あんまり言ってやるなよ。プライドとか傷付けることになるから」
「そこ! 全部聞こえてんのよ!! 燃やすわよ!?」
ひそひそ話(声はでかい)を聞かれたグレイ達はわざとらしく口笛を吹いて誤魔化す。勿論誤魔化せるわけもなく、これではただの挑発でしかない。
しかし実際、そういう意図があっての行動でもあった。
そして、効果はてきめんだった。アスカは完全に頭に血をのぼらせる。
「この……ッ!」
「まあまあ、落ち着きなって。相手の策にまんまと乗せられてるよアスカ」
だが、メイランがアスカの両肩に手を置いて落ち着かせ、アスカは何とか怒りを堪えた。
「おっと。乗ってこなかったな」
「メイランがいい仕事してるな。さて、ならどうするか……?」
「……あの子とは私がやるわ。あんた達はその宝箱さっさと運んじゃいなさい」
そう言ってエルシアは一歩前に出る。
「私はエルシア=セレナイト。この決闘、私が買ってあげる!」
決闘じゃないぞ。というツッコミを入れるのは流石に気が引けたので、やや二人から離れた場所で再びグレイとアシュラ、そして何故かメイランも加わって小声で話す。
「あいつら、なんか性格とかそっくりじゃね?」
「両方ツンデレだしな。しかも今エリーはポニテにしてるし、アスカってのもツインテだしな」
「うんうん。ボクも初めてエルシアさんと話した時、この人アスカに似てるなぁ~って思ったんだよね。似た者同士は惹かれあうってやつだね」
「「誰が似た者同士よっ!?」」
息ぴったりにツッコミを入れるエルシアとアスカ。
「誰がこんな血の気の多そうな子と似てるのよ。私そんなこと全然ないじゃない!」
「誰がこんな短気そうな子と似てるってのよ! アタシはこんなんじゃないでしょうが!」
「うわ、台詞だけ聞いてるとどっちがどっちかわかんねえな」
「私とアタシ、くらいしか違いがなかったね」
「もしかしてお前ら双子なのか?」
「「違うわっ!!」」
ここまで来るともはや笑うしかないくらいのタイミングの良さだった。
「くっ、こうなったら実力の差を見せ付けてこの子とは全然違うってところを見せてあげるわ!」
「それはアタシの台詞よっ!」
二人は向かい合うように立ち、本来なら必要ないのだが、お互いにもう一度名乗りを上げた。
「《イフリート》序列二位。アスカ=バレンシア!」
「《プレミアム》光属性 序列一位。エルシア=セレナイト!」
そして同時にそれぞれのアークの名を叫ぶ。
「《篝火》」
「《サンライト・フェザー》」
アスカの両手には、茜色の太刀が現れ、エルシアの両手には純白の拳銃が現れた。
「おいおい……。アークまで似てるじゃねえか。二刀流に二丁拳銃とはな。マジでくりそつだな」
そのアシュラの言葉に、とうとう二人は何故か切れた。
「ふ、ふふふふふふふ」
「は、はははは」
二人していきなり笑いだし、グレイ達は軽く引き始めている。その笑いが止むと今度は痛いほどの沈黙が続き、次の瞬間、二人同時に魔力を練り上げた。
「ぶった斬ってやるわ!!」
「ブッ飛ばしてあげる!!」
アスカは炎の斬撃を、エルシアは光の弾丸を飛ばす。
強烈な炸裂音と共に二人はそのまま戦いながら移動し、森の中へと姿を消した。
その森の奥からは立て続けに爆音が鳴り、やがてその音もずっと遠くに聞こえるようになっていった。
「まるで同族嫌悪だな。……で、このあとどうする?」
グレイは呆然と立ち尽くしていたアシュラとメイランに尋ねる。
「俺は別に? 問題は……」
「ボク、だね。う~ん。グレイ君、宝箱持ってるし戦ってもいいんだけど、まあ今はやめておくよ。アスカが暴走し過ぎないか心配だし、ボクはあの二人を追い掛けることにするよ。あっ、心配しないで。二人の戦いに手出しはしないから。アスカからも邪魔するなって言われてるし」
「そうか。じゃ、俺らもそろそろバラけるか」
「だな。お前と二人っきりで宝探しとかだるいし」
「こっちの台詞だっての。じゃあな。途中でくたばんなよアシュラ」
「てめえもな」
グレイは一人宝箱を陣地へと持っていくため小走りで駆けていき、メイランは足から炎を噴出し、加速度を上げながらエルシア達が消えた方向へと走りだした。
「さってと。俺はこれからどうすっかな~?」
アシュラはその場に一人残り、少し考える。
グレイは北の自分達の陣地へと戻り、エルシアは南西へと消えた。どうせならその二人とはまた別の場所へと向かおうと考え、アシュラはそのまま続けて南東方面に向かってゆっくり歩き始めた。
しばらく歩いていると何人かの生徒を見かけ、適当に倒していると、遠くに火柱が上がるのが見えた。それもかなりの魔力を宿した魔法である。
「おおっ! 強そうなのがいんじゃねえか。あれだともしかすると、序列一位かぁ?」
他クラスの序列一位達は皆、《プレミアム》にも劣らない実力を有している、とキャサリンから聞いていたアシュラは是非その一位様と戦ってみたいと思っていた。そのチャンスが今巡ってきたのだと思ったアシュラはその火柱に向かって全力疾走した。
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「そろそろ、いいか。周囲には誰もいないしな」
グレイは周囲を注意深く警戒し、誰もいないことを確認する。
ここから自陣まではまだ少しある。その途中で敵に遭遇しないとも限らない。それに待ち伏せの可能性だって十分に考えられる。
そんな中に一人で重い宝箱を運んでいくのは自殺行為に等しく、どうぞ宝箱を持っていってくださいと言っているようなものでもあった。
だが、彼には秘策があった。
「顕現せよ。《空虚なる魔導書》」
グレイは自身のアークの一部、《空虚なる魔導書》を顕現させた。
その魔導書を手に持ち、一ページ目を開き、その見開きとなっている二ページ目に目を移し、静かにその魔法を唱えた。




