お宝争奪戦 2
「それにしても他のクラスを全然見掛けないわね」
「まあ、まだ始まったばかりだし、ほとんどが陣地付近にいるんじゃないか」
エルシアは辺りを見渡しながらぼやき、グレイは地図を見ながら考えられる理由を答える。
「かっ。ちまちましてんなぁ~。どっかでドカーンとやりあってりゃ祭り、って感じがするんだがな」
「なに今の? ギャグ? 寒すぎるんだけど」
「それにドカーンとやってたの主にお前だけどな」
グレイ達の後方には何本もの木々が斬り倒され、その中央には沢山のサンドボアが転がっている。
「やりすぎたとは思ったが、まさかあんな雑魚とはよ。やっぱ序列上位者の奴等と戦いてえな」
「それで無様に返り討ちとかやめてよ?」
「グレイとは違うのだよグレイとはな」
「何でこの状況で喧嘩売ってくるかね。思わず買いたくなっちまうだろうがっ!」
大会の最中にも関わらず相変わらず普段と全く変わらない三人だった。
そのグレイの手にある地図には既に三十八マスの地図が解放されていた。だが、運の無いことにまだ宝の在処が示されているバツ印は表れていなかった。
「う~ん。さっき逃がしたチビ達も全部倒しときゃ良かったか?」
「いいんじゃない? アシュラじゃないけど、ちまちま倒していくの面倒だし」
エルシアは真剣な表情で地図を見ながら歩くグレイの少し前を歩き、振り返りながら話しかけてきた。
グレイはゆらゆらと揺れるエルシアのポニーテールに一瞬だけ気を取られたが、すぐに周囲に気配を感じて、咄嗟にエルシアを抱きかかえるように押し倒す。
「きゃあっ!?」
後ろから不意に押し倒され、短い悲鳴を上げるエルシア達のすぐ真上を風の弾丸が通過した。
もしグレイがエルシアを押し倒していなければ今の攻撃はエルシアに命中していただろう。
「げっ!? 外したっ!?」
「やべ、逃げるぞ!」
そんな声がグレイ達から見て右側の方面から聞こえてきた。
「アシュラ! 三時の方向に敵だ!」
「あいよ。潰してくらぁ!」
グレイはやや前方を歩いていたアシュラに敵のいる方角を伝え、地面に伏しながら周囲を警戒し続ける。
勿論、エルシアを押し倒したままの体勢でだ。
「…………どうやら、今は他に敵はいないみたいだな」
「そう? な、なら早くどいてほしいんだけど? あと、手もさっさとどけなさい」
「えっ?」
一瞬、本当に意味がわからなかったグレイだが、冷静にもう一度今の状況を確認し、ようやく理解した。
グレイは今、エルシアを押し倒している。しかも最悪なことにその手はエルシアの慎ましやかな胸の上に置かれていた。
嫌な汗が流れはじめて止まらない。グレイはそ~っと胸から手を離す。エルシアの羞恥にまみれた赤い顔が、どんどん怒りの表情へと変わっていく。
「待て! 悪かった。謝る。本当にごめん!」
「…………くっ、いいわよ別に! 今のは不可抗力だし、助けてくれたわけだしっ! 全然、全然気にしてないからっ!」
「してんじゃん! めっちゃ気にしてんじゃん!」
「うっさいわね! してないって言ってんでしょ! ブッ飛ばすわよ!」
「何でだよっ!?」
エルシアは泣きそうな顔で怒り、グレイは泣きそうな顔で困惑していた。
「なぁ~にお約束なラッキースケベやってんだか。ラブコメですか? たった今働いてきた俺を放置してラブコメ路線ばく進中ですか? いい気なもんだな、こんちくしょう」
そこにちょうどアシュラが戻ってきた。そのおかげか、二人とも少し落ち着いた。
「あ、アシュラ。どうだ? 二人とも倒せたのか?」
「当然っ! ……と、言いてえとこだが、一人逃がした。あいつら、途中で二手に別れやがってよ」
「そうか。なら仕方ないな。風属性は足も速いし、一人だけでも倒せて良かった」
風属性は速力に優れた属性だ。身体強化で体を軽くし、素早く移動することが可能だ。だからこんな早くに遭遇することになったのである。
そんな風属性を一人とはいえ倒すことが出来たのは上出来だとグレイは思った。が、エルシアはそう思わなかった。
「うわ、逃がすとかダサいわね。私なら光速で両方倒せたわ」
「うるせえ。押し倒されてラブコメってた奴が文句言ってんなっつの」
「な、何がラブコメよ!? 一ミリたりともラブコメってないわよ!」
「あ~もう、だから喧嘩はやめろって」
またもや二人が喧嘩を始め、グレイは嘆息混じりに地図を見る。すると。
「おっ。見ろ! 宝のある場所が出てきてるぞ」
その声に喧嘩していたはずの二人もすぐに反応し地図を覗き込む。
彼らの陣地は真北にあり、現在、そこからほとんど真っ直ぐ南下してきておよそ一キロの辺りにいる。
そしてその宝の在処はそこから更に南東に少し行った場所にあると地図に示されていた。
今アシュラが生徒を一人倒した時に新しく更新された所である。それを見てアシュラはどや顔をし、エルシアは悔しそうな顔をする。
「取りあえず行ってみっか。ほら二人とも睨みあってねえでとっとと行くぞ」
パンパンと手を叩き、グレイは宝の在処の示された場所へと向かって歩きだし、二人もそれに続いた。
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場面は変わり、《イフリート》のメイランチームが魔獣の群れと戦闘を行っていた。
「やあああっ!! おまけにも一つ《ファイア・ブレス》!」
メイランの放った炎熱を浴び、ウィンバットが何匹も焼け焦げ落ちてくる。
形勢不利と見たのか、残ったウィンバットが散り散りになって逃げ惑う。だが、それを決して許さない一人の少女が全方位に向かって魔法を放った。
「一匹たりとも逃がさない! 《バーニング・アロー》!!」
鋭く尖った炎の矢はウィンバットに何本も突き刺さり、燃え上がる。その攻撃により一気に七匹ものウィンバットを倒した。
それによって地図のマスも一気に七枚開いた。今回の戦闘で計十二マス開けた計算になる。
「ふっふ~。流石だねアスカ。一気に七匹も倒すなんて」
メイランがおだてるようにアスカの肩を叩いたが、アスカ本人は大したことなんて何一つしていないとでも言いたげな表情をしていた。
「アスカさんもメイランさんもすごいよっ! ほら見て。ここ、お宝のマークが出てる。早く取りに行こう?」
チームメイトの一人が興奮したように地図をアスカに見せる。が、アスカはそれを横目で流し見るだけだった。
「そう。なら、もう良いわよね?」
「え? なにが?」
チームメイトがそう聞くとアスカは尊大な態度でこう返した。
「その宝はあんた達にあげるから、アタシはこれから別行動を取らせてもらうわ。それじゃあね」
「ええっ!? ちょ、アスカさんっ!?」
それだけ言い残すとアスカは身体強化魔法を掛けて、木々を飛び移っていった。
ポカーンとする一同だったが、メイランが申し訳なさそうに謝罪する。
「あっちゃ~。全くアスカったら一人で勝手に……。しょうがないからボク、アスカを追い掛けてくるよ。あとの事お願いできる? 地図は皆に渡しておくから」
チームメイト達は少し悩んだがこくんと頷いてくれた。それを確認し、メイランもアスカと同じように木を飛び移りながらアスカを追い掛けた。
「ちょっと待ってよアスカ! 一応聞くけどどこ行くの!?」
「決まってるでしょ。あいつらのとこよ!」
今アスカは北西に向かって駆けている。アスカ達のクラスの陣地は森の南東部にある。そこからまっすぐ北西に進んでいるということはつまり、《プレミアム》の陣地へと向かっているということである。
「まだこの前のこと根に持ってるの~? ソレイユ先生も言ってたけど、そんなの格好悪いよ~」
メイランは走りながら、前を走るアスカに話しかける。アスカは振り返ることなく返事する。
「そんなんじゃないわ。怒りとかプライドがどうこう、ってわけでこんなことしてるわけじゃない。ただ、一度本気でやりあわないと気持ちが落ち着かないだけよ」
なんとも血の気の多い発言だったが、これが彼女、アスカ=バレンシアという少女なのだ。メイランはやれやれと観念したように首を横に振る。
「わかったよ。好きにしたらいいよ。代表も大会でだったら戦ってもいい、って言ってたしね」
「そうよ。わかったならあんたはさっさと戻りな──」
「しょうがないから付き合ってあげるよ」
「は? い、いいわよ別に。それにあの娘達だけで宝を持ち帰れると思うの?!」
「どうせみんな、もうあの場所から離れてるだろうし、ボク一人であちこち動き回るのも寂しいしさ。いいでしょ?」
「くっ……。わかったわよ! でも決闘の邪魔はするんじゃないわよ?」
「あいあ~い。了解しました~」
そんな二人のやりとりがあった数分後、彼女達の近くで雷鳴が轟いたのを聞いた。
雷鳴、と言えば思い付くのは一人しかいなかった。