お宝争奪戦 1
第13話
「さて。ようやく全クラスの者が揃ったので開会式を始めさせてもらうぞ」
リールリッドは《プレミアム》三人を、と言うよりはキャサリン個人を見下ろしながら話を始めた。
「待たせたな諸君。ではもう一度、今大会について軽く説明しておこう。ここ、ヴィンデルの森には大小様々な宝箱がいくつも設置されている。何個あるのかは秘密にしておこう。その方が面白いからな。タイムリミットはその宝箱が全て回収されるまでだ。それまでは思う存分大会を楽しむがいい。だが、この森には魔獣も多く生息している。ランクが低い個体しかいないとはいえ、決して油断していい場所ではない。下手をすれば命にすら関わることだってある。それは勿論わかっているね?」
リールリッドは生徒達に確認を取る。生徒達は一様に真剣な表情をする。若干三名ほどは違う意味合いで真剣な表情をしていたが、無視することにした。
「結構。ならばこそ、私は君達に問い掛けよう。君達はここに何をしに来た?」
その唐突な問い掛けに生徒達はざわつく。
何をしに来たか。と、問われればそれは勿論、今回の大会の趣旨である宝を多く手にいれるためだと考える生徒達。
そんな生徒達の心情を悟っているかのように笑うリールリッドはこう告げた。
「君達はここに得難い宝を得に来たのだよ」
その言葉の意味を理解出来た者はほとんどいなかった。だが、今はまだそれでいいと思った。
「ははは。わからんか。まあ、そうだろうなぁ。だがいずれわかるようになるよ。魔術師としての真の宝というものを。さて。長い話を聞いていても面白くないだろうし、この辺りでやめておこうか。では、リールリッド=ルーベンマリアの名の下に、ここにトレジャーウォーズの開催を宣言するっ」
リールリッドが声高に宣言し、生徒が呼応するように雄叫びをあげた。
「それでは各クラスそれぞれの陣地まで移動し、全クラスの準備が出来しだい、再びこちらで開始の合図を出す。以上。皆は速やかに講師の後に続き自陣へと移動せよ」
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「ふぅ。ようやく落ち着いた」
「そうね。大会には影響出なさそうで助かったわ」
「キャシーちゃん。今のうちに回復しといてくれよ。今はまだ大丈夫だろ? ミュウちゃんの頭突きで顎が痛いんだよ」
「はい。わかりました。それにしても、ミュウちゃんってそんなに石頭なんですか?」
《プレミアム》の面々は大会を直前にしてもいつも通りで、緊張らしい緊張もしていなかった。
この陣地とは森を周りを線で結ぶとちょうど正五角形になる距離に配置されている。この陣地まで宝箱を持ち運ぶことになる。
「ん、んん~。……はぁっ。よし。体調も元に戻った。眠気もさっきのあれで吹っ飛んだしな。んじゃ、作戦は覚えてるな」
「当然」
「余裕だぜ」
グレイは二人に確認を取る。二人とも頷き、グレイも頷き返す。
グレイ達はキャサリンから三人の魔力を込めた白紙の地図を一枚ずつ受け取り、それぞれ懐に入れ、魔法石が填まったネックレスを首から下げる。
すると、スピーカーからリールリッドの声が聞こえてきた。
『全クラス。準備は出来たかな? ……ではただ今より《トレジャーウォーズ》を開始するっ!!』
直後にどこか遠くで炸裂音がした。グレイにとってその音は聞き覚えのある音だった。
「あの音、シエナのアークだな」
「どこで撃ったのかはわかんないけど凄い大きな音ね」
「あんなので撃たれてたら一発KOだろうな」
「悠長な事言ってる場合ですかっ!? もう大会は始まってるんですよ!?」
大会が始まってもまだマイペースな三人に焦りを見せるキャサリンだったが、三人は不敵な笑みを見せた。
「大丈夫ですって。作戦はもう考えてるんで」
「よっしゃあ! 思いっきり暴れてくるかぁ!!」
「それじゃあ、行ってきますね。キャシー先生」
グレイは両手にグローブを嵌めながら。
アシュラは右肩をぐるぐると回しながら。
エルシアは紐をくわえ、髪を纏めながら。
三人はヴィンデルの森へと入っていった。
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ヴィンデルの森。現在リールリッドの私有地となっているこの広大な森には様々な地形が存在し、それぞれの区画に数多の魔獣が生息している。
火の属性を持つモンキーヒーター
水の属性を持つゲルフロッグ
風の属性を持つウィンバット
土の属性を持つサンドボア
他にも様々な魔獣が生息してはいるが、大体この四種がそれぞれのテリトリー内で幅を利かせている。そしてこの四種にはそれぞれDランク相当のボスも存在しており、奇妙なパワーバランスが取られていた。
そう。取られていた。だが、今日を持ってそのパワーバランスは崩れ去ってしまったのである。
「ん? なんだ? チビイノシシが逃げてくぞ?」
「見て。今ので三枚パネルが開いたわ。たぶんこのでかめのイノシシがDランク相当の、恐らくこの群れのボスか何かだったのよ」
「弱っ!? ボス弱っ!!」
──彼ら《プレミアム》によって。
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「それで、どんな作戦でいくんだ?」
トレジャーウォーズ開催前日の夜。グレイ達三人はトレジャーウォーズのための作戦を練っていた。
「そうだな。まず、今回の鍵を握るのは何と言ってもこれだ」
そう言ってグレイが取り出したのは白い紙だ。しかし、それは本当にただの白い紙であり、トレジャーウォーズで使用される魔法紙ではない。
その魔法紙は大会直前に講師から手渡されることになっているので、今はこれを代わりとして使っていた。
「地図ね。でもそれって当然でしょ。だってこれに宝の場所が描かれてるんだから」
「そうだ。そして、こいつが俺達が圧倒的に不利な理由だ」
「不利? どういうことよ?」
「わかんねえかぁ~。やっぱエリーにゃ人間の腹黒さは気付けねえわな」
アシュラが皮肉のように話に横やりを入れる。そのアシュラに突っかかりそうになっていたエルシアをグレイが何とか宥めて説明する。
「この地図は魔力を認識させたチームのメンバーにしか見ることができない。認識させたメンバーにしか地図を更新させられない。それはわかるな?」
エルシアはこくんと頷く。
「そしてチームに一枚この地図が渡され、それぞれ魔獣を倒すなりライバルを倒すなりをすればランダムに更新される。これもわかるな」
「わかるけど、何なのよ? 不利な理由は無くない?」
「いや、ある。この地図はチーム同士で結託すれば口頭で場所を教えあって効率よく宝を集めることが出来るんだ。だからチームが一つしかない俺達は特別に地図を一人一枚渡されるんだよ。まあ、それでも圧倒的に足りないんだけどな」
あっ、とエルシアはようやく気付き、アシュラが気付くの遅いなと茶々を入れる。
いちいち律儀に突っ掛かるエルシアをもう一度なだめ、アシュラにも釘を刺し、話を続ける。
「そもそもチームは三人から五人まで。クラスの人数は五十人。つまり最大で十五の三人チーム、一つの五人チームの計十六チームで、十六枚の地図を一つのクラスが所有できることになるんだ」
「なにそれ。最悪じゃない。クラス全体で掛かって来られたら私達に勝ち目なんか無いようなもんじゃない」
「そうなるな。だが、ここでネックになるのが、その宝の中身だ。キャシーちゃんは、宝箱の中身がクラス全員のためになるものや、個人専用の物もあると言っていた。しかし、それは大会が終わるまでわからない。だから、ここでチーム同士での対立や反発が起こる可能性が出てくるんだ。騙し誤魔化し裏切りが起きる場合もな。本来魔術師は皆、我が強い。それに加えて貴族の奴等はプライドまで高い。宝を自分の物にしたい、と考える奴等も出てくるだろう」
それがアシュラの言った魔術師の黒い部分、人間の黒い部分である。その宝箱がクラス全員のためになるものならまだいい。だが、個人専用の、それもかなり上質な魔道具だったりした場合、誰かに取られたくない、自分の物にしたいという欲求に掻られる。
人間は欲深い生き物だ。だからクラス単位で動くクラスは無いだろう。せいぜい何チームかが協力、もしくは利用しあうくらいだろう。
「それでもやっぱり不利ではある、ということね」
「そうだ。でも有利な点もある。クラスだけでなくチームの中でですら疑心暗鬼になる場合もあるこのルール。信じられるものは自分だけ。なんて状況下に置かれる他クラスと違い、俺らは三人だけ。フットワークはどのクラスよりも断然軽い。裏切りを気にせず戦える。これは利点の一つでもある」
「そうか? もし宝箱が個人用だったならどうすんだよ」
「その時はキャシーちゃんに渡す。今まで迷惑かけてるんだからこれくらいしないとな。そういうことにしておけば、誰が宝箱持って帰ろうが関係ない。だろ?」
グレイは二人の顔を確認する。二人とも全く異存はないようだった。
「そうね。あくまで目的は私達の実力を見せつけてやることだしね」
「それに個人用だったとして、キャシーちゃんが独り占めするようなこともないだろうしな」
「あぁ、なら決まりだな。そこで俺に秘策がある」
そう言ったグレイの顔はいたずらを思い付いたような無邪気な笑顔を浮かべていた。




