月別大会 2
「あはは。すみません。まさか生徒が外出する際には手続きが必要だったなんて。以後気をつけます」
「うむ。これから生徒を外に連れ出す時は一度連絡を入れてくれたまえ。と、言っても彼らはいつも無断で学院を抜け出すから今更なことではあるのだがね。なぁキャサリン先生?」
「あ、あははは……」
リールリッドに見つめられ、キャサリンは歪な笑いでその場を誤魔化す。
キャサリンは早朝から呼び出しが掛かり、職員室へと赴いていた。理由は今、リールリッドが言った通り、昨日、三人が外出届を出さずに学院の外へと出たことに対する説教のためである。
しかし今回に限ってはシエナに問題があったとしてキャサリンに特別非があるわけではなかったので、なんとか減俸は免れた。
「すみません。キャサリン先生にまで迷惑かけてしまって」
「いえ。いいのですよ。…………これくらい、いつものことですし」
キャサリンの言葉の後半はほとんど愚痴のようであり、小さい声だったので他の人には聞こえなかった。
「さて。この話はここまでにして、今度は月別大会の話をしよう」
「えっ……。あぁ! そう言えばもうそんな時期でしたね!」
「というか、明日からだ」
「ええっ!? 聞いてないのですよっ!?」
「この前の全校集会で話したのだがな」
リールリッドはニヤリと笑いながらキャサリンを見下ろす。そのキャサリンは錆び付いた機械のようにギ、ギ、ギと首を逸らしてその目線から逃れる。しかし逃げられなかった。
「シエナ先生はまだ知らないだろうから仕方ないので私が教えるのだが、キャサリン先生は大丈夫だよな。何せ全校集会に来なかった、ということはもう全て承知しているという解釈も出来るからね」
蛇に睨まれた蛙状態のキャサリン。嫌な汗が出てきて止まらない。
「も、申し訳ありませんでしたぁぁっ! どうか減給だけは~っ!!」
その空気に耐えきれず、深々と頭を下げて謝罪するキャサリンを恍惚の表情で見下ろすリールリッドを見て、シエナは苦笑する。
「あの、学院長。そろそろ説明を……」
「む。そうだったな。つい面白、じゃなく楽しんでしまっていたよ」
どっちにしろ遊ばれていたのか。と内心で涙を流すキャサリンだったが、どうにか表には涙を溢れ出させることはせずにシエナと共にリールリッドから説明を受けた。
──のだが、その説明は途中で中断させられた。
学院に警察が訪れてきたからだった。正式には魔術警察団。事件の調査、解決、悪人の捕縛を主な仕事とする組織である。
その警察の者が何でもこの学院で性犯罪者を捕まえた、との通報を受けたと言うのである。まさかまた侵入者が現れたのかと三人は緊張感が高まった。
しかし、次のある言葉を聞いてその緊張感は一気に霧散した。
その言葉は「ところで通報のあった場所である《プレミアム》の寮、というのは何処でしょうか?」である。
《プレミアム》の一言を聞いた瞬間、キャサリンはこの場から逃げ出したい衝動に襲われたが、リールリッドの笑顔の睨みに怯み、動くことが出来なかった。
「キャサリン先生……。恐らく大丈夫だと思うが、確認を取ってきなさい」
「…………はい」
素直に頷き、肩を落としながら、急いで寮へと戻る。
そこには──。
「キャシー先生っ!! とうとうこのバカがやらかしましたっ!!」
「キャシーちゃん! こいつ、もうダメだ。手遅れ! どっか特殊な施設で隔離しねえと人間的に終わるっ! あ、既に終わってた!」
「やらかしてねえし、終わってもねえよ! キャシーちゃん、このバカ二人を何とかしてくれ!!」
いつも通りの光景がそこにはあった。
エルシアは白い雷を撃ち出し。
アシュラは黒い影で斬りつけ。
グレイはその二つを消し飛ばす。
部屋は散らかり見る影もなく、その部屋の隅っこには椅子に座ったまま眠るミュウの姿があった。
その後、警察を交えて二時間掛けて誤解を解き、盛大にお叱りを受けた後、キャサリンはリールリッドに事の顛末を報告した。
そしてそれはキャサリンの減給が決まった瞬間でもあった。
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「「紛らわしい」」
「…………ごめんなさい」
「あ、ミュウちゃんは悪くないのよ?! 全てはこいつが悪いのよ」
「俺全く悪くねえんだけどっ!? 勝手に勘違いしたのはそっちじゃねえかよ。このムッツリスケベとオープン変態がっ!」
「誰がムッツリスケベよっ!」
「オープン変態の何が悪いっ!」
エルシアは全力で否定し、アシュラは誇らしげに胸を張る。
そんな四人のやりとりを生気の感じられない瞳で睨むキャサリン。
「反省しなさい。学院の外の人にまで迷惑をかけたんですよ?」
その言葉はまだ優しげだったが、トーンはかなり低く、三人は一気に黙り込む。
「そしてなにより、私の来月の給料が更に減りました」
何故かそっちの方が問題だ、と聞こえたような気がした三人だが余計な事は口に出さない。口は災いの元である。
「だから、今度の月別大会。貴方達には何としてでも優秀な成績を出してもらいます」
そう言ったキャサリンの目は先程とは違い、メラメラと燃えていた。
「次の月別大会の名は、トレジャーウォーズです」
「トレジャーウォーズ??」
三人は聞きなれない単語に首を傾げる。
トレジャーウォーズ。簡単に言うとお宝争奪戦である。それが今月、いや今週開催される月別大会である。
「このトレジャー、つまりお宝の中には金一封が入っている可能性もありますし、何より優秀成績を叩き出したクラスの講師には特別賞与も与えられるのです。だから、何としてでも勝ちに行ってくださいよっ!」
すごく個人的なことを大声で叫ぶキャサリン。だが、彼女は本当に今月給料を貰っておらず、それどころか、先月も先々月もまともに給料を貰っていない。
その理由はわざわざ述べる必要もないだろうが、主に問題児達の不始末と、自業自得な暴走をしてしまったためである。
食費など、生活に必要最低限の金は学院が負担してくれてはいるが、それでもやはり何かと貯金を切り崩し続ける生活を余儀なくされている。
そんな生活に彼女は最近疲れきっていた。むしろよく頑張っている方である。
それをよ~く理解している三人は力強く頷いてみせた。
「任せろキャシーちゃん! とうとう俺らが公式イベントに出場出来るんだ。今度こそ本気で勝ちにいく!」
「そうね。それに私も最近本気出せてないから腕が鳴るわ」
「あとその宝ってのも気になるしな。全部俺らで独占する勢いでやってやろうぜ!」
三人は立ち上がりながらメラメラと燃えながら、初めての大会に心を踊らせた。
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月別大会とは、ミスリル魔法学院が毎月行っている大会の総称である。
その大会の内容は様々だ。例えば、まず入学して最初の月にあった大会が「クラス内ランキング戦」。その次の月が「クラス対抗戦」である。
しかし《プレミアム》の三人はクラス対抗戦には参加していない。より正確に言えば参加することが出来なかった。
というのも、その大会にはアークの使用許可が出ており、その当時彼らにはアークは無く、その状態で戦闘を行うのは危険だと判断されたからだった。
本人達は大層不満げだったが、決定は覆らず歯痒い思いをし、その後、《プレミアム》は大会に参加することすら出来ない落ちこぼれ、という根も葉もない噂が流れるようになったのであった。
だが、今回は彼らも参加することが出来る。アークも手に入れ、実力も申し分ない。
彼らは自分達の実力を大いに発揮し見せつけることが出来る場を渇望していた。
その時がようやくやってきたのである。心が踊るのも当然だった。
そして、今月行われる大会の名は、「トレジャーウォーズ」と言った。
先に行われた二つの大会とは毛色の違う大会ではあるが、彼らにとっては好都合な大会であった。