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問題児達の稀少魔術《プレミアム・レア》  作者: いけがみいるか
二章 エレメンタル・トレジャーウォーズ
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南方支部の副隊長 5

『ほう。そりゃ良かったじゃねえの。ソレイユせ・ん・せ・い。意外とはまり役だったのかもな。そういやお前、昔っからショタコンだったしな』

「あっはは~。隊長。私今すぐ目玉焼き作りに支部に戻りますねっ。だからちょっとそこで動かず待っててください」

『待て。それは俺の目玉を焼くって意味じゃねえよな?!』

「え? それ以外の目玉焼きがあるとでも? 大丈夫です。安心してください。ちゃんと塩をかけてあーんして食べさせてあげますから」

『軍法会議すっ飛ばして牢獄行きだぞそんな奴!』


 シエナはまだ片付けの済んでいない寮の自室でヴォルグと連絡を取っていた。

 そんな中、シエナが物騒なことを言い出し、ヴォルグが必死に止めに入る。

 するとシエナは笑い飛ばしながらこう言った。


「あははっ。冗談じゃないですよ~」

『お、おう。そうだよな…………ん? ってぇ、いやいやいやっ!! 一瞬騙されそうになったけど、結局俺の目玉のピンチじゃねえかよっ!! クッソ! なら今すぐお前を拘束す──』

「は? 冗談に何マジになってるんですか? それより早く本題に入ってくださいよ」

『先に連絡寄越したのそっち!! 生徒達に歓迎会開いてもらったんだ~、って先に自慢の連絡してきたの、お前だから!!』


 ヴォルグは似た者師弟にかなり体力を、というよりは精神力を削られながらも、本題へと入る。


『……それで、内部にそれらしいのはいたか?』

「いえ。少なくとも私の知る顔は無かったですね。大聖堂や闘技場にはほとんどの生徒や講師が来てたはずですが、該当する顔はありませんでした」


 何てことはないという風に平然と報告するシエナ。ヴォルグも既に承知しているため、驚きは少ないがやはりこの任務に彼女以上に相応しい人間はいなかったと再認識させられていた。


 シエナは大聖堂で話していた時や闘技場で戦闘していたときに会場にいた全ての人物の顔を確認し、頭の中にある《閻魔》の構成員の顔と照らし合わせていたのである。


 その桁外れの能力は《シリウス》の中でも群を抜いている。だが、そんな彼女を持ってしても見つけられないとすると。


『お前はどう思う?』

「《シリウス》の名を聞いてビビって引きこもったか、そもそもいなかったか、ですね。まあ、いないならいないに越したことはないですが、もし引きこもった場合でも、闘技場で私の力がどれ程の物かを見に来るくらいのことはしてもいいと思いますが……」


 シエナのその魔法とは違う、彼女個人の研鑽によって培われたその能力は《シリウス》の上層部の者しか知らない。

 故に闘技場という人が大勢集まる場所になら姿を現すこともあるかと考えられたのだ。シエナはただ単にグレイと《プレミアム》の名誉回復のためだけに決闘をしたわけではなかったのである。

 しかし、結局姿を現すことは無かった。


『だが、しっかりと警戒は続けろ。お前の知らない新入りがいる可能性だってあるんだからな』

「それくらいわかってますよ。バカ」

『バカって言う方がバカなんだぞ?』

「いえいえ。バカって言われる方がバカに決まってますよ」


 シエナはグレイに言った時とは全く逆の言葉を口にし、上司(ヴォルグ)の悪口を吐いた。


『……俺はとことん部下に恵まれてねえな』

「奇遇ですね。私も上司に恵まれてないんですよ」


 ああ言えばこう返すシエナにヴォルグは疲れきっていた。


『まあ、とりあえずしっかりな』

「はい。わかってます。……今度こそ、絶対守ってみせます」


 その時、シエナは普段のいい加減な様子は微塵もなく、固く強い決意を胸に宿していた。

 ヴォルグはシエナの心情を悟り、自身も真剣な声音でシエナに語る。


『一人で背負うな。あれは俺達シリウス全員の責任だ。忘れろとは死んでも言わん。だが、気負い過ぎるとお前が潰れる。そんなことになるのは、この俺が許さんからな』

「……了解しました」


 シエナは滅多に使わない敬語を使い、通信を切った。


 明かりのない部屋で、ベッドに転がり、シエナは天井を見つめながら思い出す。


 過去に起こった最悪の事件のことを。そして、久し振りに会ったにも関わらず、ほとんど変わっていなかった、グレイの何も見通していないかのような濁った灰色の瞳を。


~~~


 シエナが学院に来て二日目。本日は学校は休日で寮の中は何かと賑やかだ。そんな中、シエナは部屋で大量の書類の整理を淡々とこなしていた。が、そろそろ限界だった。


「……れーくんエナジーが足りない」


 つい昨日補充したばかりだというのにも関わらず、もうその謎エナジーが不足したらしい。

 気だるげに残りの書類に目を通す。記憶力の良い彼女であれば一回読めば全て記憶することができるが、如何せん量が多い。疲れが出るのも当然だった。


 疲れた目を休めるために部屋をぐるりと見回す。すると、一瞬だけ視界に入った箱を見てふと何かを思い出し、書類そっちのけでその箱を手に持つ。大きさはおよそシューズケースくらいのちょっと大きめの箱で、そこには七芒星の紋章が刻まれていた。


「これは……」


 シエナは過去の記憶を遡り、ようやく思い出す。


「あぁ、思い出した。れーくんにこれ渡すように言われてたんだった」


 それはヴォルグに今回の依頼を頼まれた時に一緒に持っていくよう言われていたものだった。だが、今の今まで忘れてしまっていた。


 口実が出来た。そう思ったシエナは残っていた書類全てを片付け終えてから部屋を出る。


 するとちょうどメイランがその前を通り過ぎていた。


「メイランさんっ」

「はい? あっ、ソレイユ先生。どうかしたんですか?」


 メイランはどうにか元気を取り戻したようだ。そのことに安堵しつつ、メイランにこうお願いした。


「《プレミアム》の寮ってどこかな? 案内してほしいんだけど」


 メイランはシエナに頼まれた通り、《プレミアム》の三人が暮らしている木製の三階建ての寮へと案内した。


 シエナはメイランに礼を言い、ノックすることもなくそのままバンッと扉を開いた。

 幸か不幸か、鍵は掛かっておらず、扉が壊れるなんてことはなかった。


「お届け物だよれーく~ん」


 シエナは結構大きめな声を出した。しかし、返事は返ってこなかった。

 その代わりに、眠たげな瞳がシエナをじっと見つめてきた。


「…………どちら様、ですか?」

「ん? れー、くん、じゃないよね? でも何から何までそっくり……」


 シエナを見て小首を傾げるミュウを見てシエナも頭に大量の疑問符を浮かべる。


 二人の間に謎の沈黙が数秒間続いた後、階段からエルシアが降りてきた。


「あ、やっぱり先生だったんですね」


 その更に数秒後、バタバタと音をたてながらアシュラが降りてきた。何故かよそ行きの服を着て。


「ようこそシエナ先生っ! もしかしてこの前のこくは──「ごめんなさい」また最後まで言えなかっただとっ!?」


 膝から崩れ落ちるアシュラを無視しながらエルシアがシエナに問う。


「どうかしたんですか?」

「うん。ちょっとれーくんに会いに」

「あぁ……。でもあいつ、基本この時間は寝てますよ?」

「うん。知ってる。でも起こすから問題ないよ。それで、れーくんの部屋ってどこ?」

「……二階に上がってすぐの右の部屋です」


 やや躊躇いながらも正直に教えたエルシアにシエナは礼を言いながら階段を上がっていった。

 エルシアは玄関先に立ったままだったメイランを寮の中に招いていると、二階からガタガタバタバタと喧しい音が聞こえた気がしたが、極力無視することにした。


~~~


「最高に可愛い寝顔だったよ」

「最悪にだるい寝覚めだった」


 極端なまでに真逆の反応を示す二人は向かい合う形で座り、グレイの隣にはミュウがちょこんと座っている。


「で、何の用だよ。わざわざ俺の惰眠時間を削いでまで話す内容なんだろうな」

「惰眠時間ならむしろ無条件に削るべきだとは思うけど、ちゃんと用件はあるよ。でもその前に、その子、誰?」


 シエナは自分の用事よりも先に気になった、グレイそっくりの少女、ミュウについて尋ねた。


「俺の生き別れの妹だ」


 さらりと嘘を吐くグレイ。シエナはそんなグレイの顔をじと~っと見つめたが、はあ、と溜め息をついた。


「まあ、言いたくないなら深くは聞かないけど、いつかはちゃんと説明してよ?」

「…………あぁ」


 グレイは不承不承といった風に答える。グレイを小さな頃から知っているシエナはグレイのその嘘を簡単に見抜いた。


 さて。とシエナは仕切り直し、グレイの前に先程の箱を差し出す。


「これが二番目に重要な用事。隊長が持ってけって言ってたブツだよ」


 グレイはその箱を受け取り中身を確認する。

 中にはグローブが入っていた。それを手に持って見てみると、手の甲の部分には金属板が付いている。


「ああ、ようやく出来たのか」


 グレイはそう言うと早速グローブを手に持ち色々な角度から見て具合を確かめる。


「ん。まあまあかな」

「で、それ何なの?」


 エルシアは我慢出来なくなったのか、グレイにそのグローブのことを聞いた。


「いや。これからはアークを使った戦闘になるだろ? で、相手が剣のアークだったりすると、体で防御出来なくて回避行動を取るっていう選択しか出来なくなる。そうなると動きを読まれがちになるし、隙も生まれる。だから、こういった防御用のグローブが欲しかったんだよ。勿論攻撃にも使えるし」


 エルシアはなるほどと頷く。それに続くようにメイランも感心していた。


「わざわざありがとな。シエナ。助かったよ」

「れ、れーくんがデレた……!?」

「デレてねえ」

「よ~しっ! それじゃ今度こそ本題に入ろう!」

「本題……?」


 シエナはグレイのツッコミをスルーしてグレイの首を腕でロックする。


「そう。本題は、れーくんとのデートだよ!」

「なっ……!? ちょっ、やめろよ。くそっ離せぇぇ!!」


 だがシエナはグレイを離すことはなく、引きずるようにグレイを連れ出していった。


 エルシア達はそんな光景をしばらく呆然としながら立ち尽くしていたが、ミュウはトコトコとグレイの後を追っていった。


 それに気付いたエルシアとアシュラがようやく我に返る。


「あっ、ちょっ、待ってグレ──じゃなくてミュウちゃん!」

「シエナ先生! 俺も御供しますっ!」


 エルシアとアシュラはそれぞれ違う目的を持って寮から飛び出していき、一人メイランは「え……? これ、もしかしてボクが留守番してないといけないの?」と、扉の鍵を閉めていかなかった問題児三人に小さく文句を言い、キャサリンが寮へと戻ってくるまで留守番し続けることになってしまった。その時間、およそ二時間。

 当然キャサリンはメイランが一人で《プレミアム》の寮にいたことにかなり驚いたが、訳を聞くと本当に申し訳ない、と深く謝罪したという。


~~~


「ねえ、れーくん」

「あんだよ?」


 グレイは逃亡を諦めたのか、不満そうな口ぶりで返事をする。だが、シエナの声音のトーンが少し低かったことから察し、黙って話に耳を傾ける。


 そしてシエナは先日のメイランの話をグレイに話した。この前の決闘の後にグレイや《プレミアム》の悪口が広まったことにメイランは責任を感じていたということをである。勿論メイランが泣いた、ということまでは伝えなかった。

 グレイはその話を聞いて理解した。これが、シエナの言う本当の本題なのだということに。わざわざデートという嘘を吐いてまで連れ出したのはそういうわけだったのだと。


「……そうか。確かにエルシアやアシュラにゃ悪いと思ったが、あえて評判下げて、また相手に油断してもらう作戦でもあったからそこまで気を病む必要もなかったんだがな」

「あはは、やっぱれーくんならそれくらいのことは考えてるんじゃないかって思ったよ。でも、やっぱメイランちゃんにはれーくんからも一言くらい言っておいてあげてね」


 グレイは「わかった」とロックされている首を縦に振った。そしてグレイはパンパンとシエナの腕を叩く。

 本題も終わったことだし、そろそろ解放してくれ。の合図だったのだが、何故かシエナは不思議そうな顔をしていた。


「……いや。話は終わったろ? そろそろ離せよ」

「え? デートはまだ終わってないでしょ?」


 何バカなこと言ってるの? とでも言いたげなシエナの顔を見て、グレイは自分の勘違いに気付く。

 確かに一番の本題はメイランのことだったであろう。だが、デートをすることが嘘であるとはシエナは一言も言っていなかった。


「くそおおおっ!! 離せぇぇええ!!」

「れーくんとデェ~ト~」


 大声で喚くグレイととびきりの笑顔のシエナは注目を浴びながら校内を歩き、その後、グレイ達に追い付いてきたミュウ、エルシア、アシュラを加えて四人で町に繰り出すことになった。

 シエナは本当は二人きりが良かったけど、それはまた今度にしようね。とか言って。


 寮に戻ったのはすっかり日も暮れた頃。勿論のことながら、三人はキャサリンから長々とお説教を受けることとなったのであった。

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