南方支部の副隊長 4
「へ? れー、くん?」
「あっ。いやいや、気にしないで。何でもないから。それで、何か用事ですかメイランさん」
メイランは聞きなれない言葉に疑問符を浮かべたが、シエナに話し掛けられたので、早速本題に入ることにした。
「ありがとうございましたっ!」
「えっ? な、何が?」
今度はシエナが疑問符を浮かべる番だった。
「えと、ですね。ボク、この前グレイ君と決闘して、《イフリート》のみんなが不満を爆発させないように、って、それで色々考えて、でもボクのやり方じゃ上手くいかなくって、それで、グレイ君には色々助けられたんです。でも、その代わりにグレイ君達がまたバカにされるようになっちゃってて。それで……」
メイランの声はわずかに震えていた。どうにもしどろもどろに説明するので、少しわかりづらかったが、察しの良いシエナはメイランが何を伝えたいのか正しく理解した。
「そっか。ごめんね。私がもう少し早く来れば君に負担を掛けることもなかったのに」
「そんな、こと……」
とうとう我慢の限界が来たのか、メイランはポロポロと涙を流し始める。
シエナはメイランを優しく抱き寄せ頭を撫でてやる。
「大丈夫だって。私、れーく、こほん。グレイくんのことはよく知ってるんだ。あの子は……うん。強い子だよ。それに、エルシアさんとアシュラくんとも、今日話してみただけだけど、かなり強い心を持ってるってことがわかる。たぶんこれくらいじゃへこたれたりしないと思うよ。だからメイランさんがそこまで気負うことはないんだよ」
シエナは一瞬だけ言葉を詰まらせたが、メイランには違和感を感じさせない程度のものだった。いや、そもそもメイランは既に涙を流していたのでその違和感を感じることができなかっただけかもしれないが。
シエナの胸の中で声を抑えながら泣くメイランの肩はとても小さく脆いものに感じた。
守らなければならないもの。それを再確認したシエナはメイランが泣き止むまでずっと頭を撫で続けた。
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「……ごめんなさい。迷惑かけちゃって」
「ふふん。全然迷惑なんかじゃないよ。何せ私先生だからね。これくらいどうってことないよ」
やや目を赤くしているメイランにシエナは更に頭を撫でる。シエナは少々ボディタッチのスキンシップが激しいところがある。それに加えてメイランの髪はふわふわと柔らかかったので何だかクセになりそうになっていた。
「それに、こういう時にはそれこそありがとう、だよ。メイランさん」
シエナは優しく微笑むとメイランも釣られて笑顔を見せる。
「はいっ。ありがとうございました」
そう言ってメイランは部屋を出ていった。
「ふぅ。良い娘だなぁ、メイランちゃん。で、盗み聞きしてる悪い子は誰かな?」
「……すみません。立ち聞きするつもりは全く無かったんですが」
シエナに存在を気取られたその人物は謝罪しながら姿を現した。
「えと。確か君は一年代表の──」
「はい。レオン=バーミリアンです」
礼儀正しくお辞儀するレオン。
「うん。レオンくん。それで、何か用事? それとももしかして今日って個人懇談の日だったりするの?」
「ああ、いえ。違います。今日は先生に感謝と、謝罪を言いに」
「……今日はそんなのばっかりだね」
どうやらシエナが考えていた以上に今回のこの事件で起きた問題は大きな影響を与えていたようである。
「俺はクラス代表だったのに、クラスの皆をまとめきれなかった。それに、さっきの話を偶然聞いてしまって、恥ずかしながらメイランがあれほど悩んでいたことを今の今まで知りませんでした。これじゃ、クラス代表失格ですよ……」
ひどく落ち込むレオンを見てシエナはやれやれと肩をすくめる。
「何言ってるの。別に悪いのは君じゃないじゃない。悪いのは全部《閻魔》の奴等で、そして適当な噂を流した子達だよ。それにさっきメイランちゃんにも言ったことだけど、これはさっさと《閻魔》を潰せない私達の責任でもあるんだから」
「そ、そんなことは──」
「うん。そんなことない。って言ってくれるんだね。ありがと。でも、それだと君にも原因はないってことになるよね」
優しく諭すように話すシエナにレオンも気を楽にする。
「はい。何かすみませんでした。変な話しちゃって」
「ううん。私も君達と話せて良かった。正直講師になるのはおまけで、少し不安なところもあったけど、しっかりやっていこうって思えるようになったからね」
シエナは最初、グレイの顔を見るためだけにこの仕事を引き受けた。だが彼らを見て気が変わった。
レオンにメイラン。シエナと同じ火属性の若者達。
この子達を正しい道に導くこと。それこそが、今自分がやるべきことだと感じたからだった。
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その後、シエナはレオンに道案内されながら《イフリート》の校舎へと戻る。
ミスリル魔法学院はかなり広いので下手をすると迷ってしまいそうである。それが今日初めて学院に来たシエナなら特にそうだろう。
だが、レオンがいてくれたおかげでちゃんと校舎まで辿り着けた。のだが──。
「はれ? 皆は何処へっ?!」
教室に入るとそこには生徒の一人もいなかった。
まさかいきなりのサボりなのか、と思ったがどうやら違うらしい。レオンがなに食わぬ顔でこう言った。
「今日の授業は終わりましたから、たぶんみんな寮に帰ったんじゃないですかね」
「えっ!? もう授業終わってたの!?」
「はい。知らなかったんですか?」
「知らないよっ!? て言うか何ですぐ言ってくれなかったの!? 無駄足踏んだじゃん!?」
「先生だけ校舎に何か用事があるのかと思ったんですけど、違ったんですね。ごめんなさい」
「あっ、そ、そうだったんだ。なんかこっちこそごめん……」
自分の勘違いで理不尽にレオンを叱るみたいになってしまったので、すぐに反省するシエナ。
「あ、そう言えば私、まだ寮の場所知らないな」
シエナは今日学院に到着し、そのまま集会に出て、その後は学校の施設を見て回った。だが、未だに自分がこれから住むことになっている寮の場所は知らないままであった。
なので、またレオンに道案内をしてもらいながらようやく寮に着いた。
ミスリル魔法学院の講師は生徒と同じ寮に住むか、講師用の寮に住むか、非常勤なら自宅から通うかの三パターンがある。
だが、代表講師は生徒達に代わり、寮長を勤めなければならないので、必然的に生徒達と同じ寮に住むことになる。
なので、二人は今は学生寮の前に立っている。
ちなみに学生寮は二棟向かい合うように建てられており、片方が火と土属性の生徒が住み、もう片方に水と風属性の生徒が住んでいる。
更に付け加えると《プレミアム》の寮はここではなく、旧校舎近くにある。
「何だか寮って遠いんだね~。結構歩いた気がするよ」
「そ、そうですかね? 慣れると結構普通ですけど」
何故か一瞬どもったレオンだったが、シエナがその事に追求する前に寮の中に入っていったので、シエナも後を追った。すると──。
「「「ミスリル魔法学院へようこそ! ソレイユ先生~!」」」
「……ふぇっ?!」
いきなり大勢の声がしたかと思えばクラッカーが何発も鳴り、その中にあった紙紐が頭にかかる。
あまりに突然のことだったのでシエナ一人、目を丸くしていると、レオンが隣に立って説明をする。
「ごめんなさい先生。実は俺、このための時間稼ぎとしてわざと遠回りしました。先生の所に来た理由の半分はこれだったんです」
そう言ってレオンが見つめる先を追い掛けるようにシエナも視線をそちらに向ける。そこには「ソレイユ先生歓迎会」と書かれた横断幕が下げられていた。
そして、レオンは小声で「でもメイランは別に時間稼ぎのためにあんな話をしたわけじゃないんで、そこは信じてあげてください」と付け加えた。
シエナは先程の闘技場でのことがあり、少なからず、生徒達からは反感を買っているのではないだろうかと不安になっていた。
しかし、それは杞憂に終わった。まさか、こんな短い間にこれだけの準備をしてくれているとは夢にも思わなかったシエナは、思わず泣きそうになったが、涙の代わりにとびきりの笑顔を見せた。
「ありがとう、みんな。これからよろしくね!」