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問題児達の稀少魔術《プレミアム・レア》  作者: いけがみいるか
二章 エレメンタル・トレジャーウォーズ
52/237

南方支部の副隊長 2

 アシュラとシエナの戦闘を、一言も無駄口を叩くことなく観戦していたグレイがはじめて口を開いた。


「上手い。あのシエナとここまでやれただけでもアシュラは相当なもんだ」


 場面はちょうどアシュラが《暗影咬牙》を放った直後である。


 アシュラは最初に吹き飛ばされ煙の中に身を隠している間に二つの魔法を発動させていた。

 一つは自分の分身を作り出す魔法、《幻影》。

 もう一つは影の中に潜ることができる魔法、《潜影(せんえい)》だ。

 アシュラの得意とする戦法の一つで、初見の者には見破ることは困難で、不意討ちに適した戦法である。

 そしてアシュラはその影の中で己のアーク《月影つきかげ》を顕現し、隙を窺っていたのだ。

 そしてその一瞬の隙に渾身の一撃を叩き込んだアシュラは、いくつも同時に魔法を発動していた影響で、魔力を大きく消費させていた。

 いくらアークが別名『魔力増幅器』と呼ばれている代物であったとしても、限度がある。

 むしろよくここまで魔力が持った方だと称賛されても良いくらいだ。


 だが、シエナを倒すにはそれでは足りない。圧倒的に、だ。


「う、そ……?!」


 グレイの隣では上空に視線を向けながら驚愕の表情を浮かべているエルシアが小さく呟いていた。


 それに釣られるようにグレイもそちらを向く。そこにはシエナが足から炎を噴射させながらゆっくりと地上に降りていく姿があった。

 《暗影咬牙》は現在アシュラが使える魔法の中でも一番の威力を誇っている。それはエルシアの今使える最強魔法とほぼ同程度の威力だ。

 それを受けて尚、シエナの体には右腕以外に目立つ外傷を負っていないのである。エルシアの気持ちもわかる。


 地に降り立ったシエナは拍手しながらアシュラに近付く。そして、拳を構えた。


「終わり、だな。スイッチが切り替わった」

「す、スイッチ……?」


 未だ信じられないものを見たというような顔をするエルシアの顔を見てグレイは頷きながら説明する。


「今、シエナは戦闘スタイルを攻撃型に切り替えたんだ。あぁなるともう、アシュラに勝ち目は完全に無くなった」


 そう断言するグレイの台詞にエルシアの隣に座るキャサリンもゴクリと喉を鳴らす。


 グレイは視線を闘技場に戻しながらふと昔のことを思い出す。


 かつて、シエナに毎日しごかれていた頃のことを。

 その頃のグレイはシエナのことをこう呼んでいた。


 鬼畜師匠──と。


~~~


「シリウス流 無差別戦闘術 無我の構え」


 シエナはそう呟き、目付きが変わり、拳を構えた。


 その時、アシュラは服の中にいきなり氷でも入れられたかのようにゾクッと体を震わせた。


 そして次の瞬間、アシュラは咄嗟に剣を盾にした。シエナがいきなり眼前まで迫り、打撃を盾代わりに構えた剣に撃ち込む。

 その衝撃はおよそ女性の放った攻撃とは到底思えないほどの威力と重さがあった。

 しかも、たった一瞬に一発だけでなく、五発もの拳を放ったのだ。それは爆発の威力を利用した連撃だ。

 シエナは続けて拳をガトリングガンのような速度で打ち出してくる。

 防戦一方になるアシュラは後退りながら全身の力で剣を支える。


 だがそれは失策だ。シエナは連撃を止め、直後に拳から炎を勢い良く放出させてアシュラの側面に移動し、背中に回り蹴りを食らわせる。


 力を前方に傾けていたアシュラは対応に遅れまともに蹴りをくらい、体が逆のくの字に曲がり、シエナは畳み掛けるように何発も蹴りをぶちこむ。

 たまらずアシュラは剣を地に突き立て、それを軸にして反転する。

 だが、視線の先にシエナの姿はない、と理解した瞬間に後頭部に衝撃と激痛が走り、アシュラは自分の剣の柄の部分に顔をぶつける。


 くるくると回転しながらアシュラの後頭部に踵を直撃させたシエナは難なく着地し、即座に反転する。


 アシュラはわずかに残った意識と意地で体をシエナの方に振り向かせる。


「強かったよ、アシュラくん」


 そう最後に言い残し、シエナは両手の平をアシュラの腹に叩き込んだ。


「ごふっ!?」


 その一撃を受けたアシュラは血を吐き出し、背もたれとしていたアシュラの剣が消え、そのまま仰向けに倒れ込んだ。


「そこまで。決闘終了だ。救護班、アシュラ君の回復を急げ」


 リールリッドが決闘終了を告げ、救護班を呼んだ。直後、大歓声が上がった。


~~~


 決闘が決着し、観客席にいたキャサリンは観客席を飛び越えてアシュラの元へと駆けていく。

 その背中を見つめながらグレイはシエナに聞こえるはずもないがぼそりと呟く。


「やっぱ鬼畜だ……。だから嫌なんだよ……」


 今のアシュラが過去の自分と重なって見え、グレイは頭を抱えながら長く息を吐き出した。


 一方シエナは軽く手を振りながら観客に答え、回復魔法を受けるアシュラの元にしゃがみこむ。


「……つ、え、えな。せん、せ……」

「……本当に驚いた。まだ意識があるなんて」


 シエナは目を丸くして心底驚く。だがアシュラからしてみれば全くもって不甲斐ないと感じていた。

 シエナが本気を出した瞬間にあっという間にやられてしまったのだ。自分がまだまだであると心底実感させられた。


 はじめは不純な気持ちで始めた決闘だった。だが、最初の一撃で目的などすっぽり忘れて本気で勝つためだけに戦っていた。


 それでこの様だ。逆に笑えてくる。だが、笑おうとすると体に痛みが走るのでやめておく。


 そんな中、観客席からはこんな言葉が飛んできた。


「流石は《シリウス》の副隊長だ! 《プレミアム》なんて目じゃねえぜぇ~! いや、他の三属性だって敵じゃないんだよ!」

「最強はやっぱ《イフリート》だ! 《プレミアム》なんてお呼びじゃねえんだよっ! さっさと旧校舎に引っ込みやがれぇ~」

「無属性も闇属性も大したこたぁねえんだ! 火属性の前には手も足も出ないんだからなぁ!」


 そんな心無い声をリールリッドが止めようとした。が、それより先に動いた者がいた。


「黙らせろ。《グランカノン》!」


 シエナは、自分のアークの名を呼び顕現させる。

 それは、近接戦闘を得意とするシエナにはそぐわない形をしていた。

 シエナのアーク、《グランカノン》はシエナの体より大きな紅の大砲だった。

 シエナは《グランカノン》を真上に向かって爆炎を解き放つ。

 激しい衝撃音と、振動に一同は一斉に静まり返る。


 痛いほどの沈黙の後、シエナはリールリッドからマイクを借りて語り出す。


「今、アシュラ君をバカにした者。《プレミアム》を貶した者。他にも色々と他の属性を侮辱した者達に一つ忠告しておいてあげる。と、言っても私は戦闘しか脳がない馬鹿だから、君達に戦闘以外で教えられることは少ない。でもね、これだけは経験からわかることだから教えられる。あのね……。他人を貶して強くなれる人間なんていないんだよ。例えいたとしても、それはただの屑野郎だよ」


 あえて強い言葉を使い、忠告するシエナ。


「『魔術師たる者、誇り高くあれ。魔術師たる者、志を強く持て。魔術師たる者、皆に優しくあれ』。これは《シリウス》の訓示なんだけど、わかる? 最強の魔術師団である《シリウス》は一言も力が強くあれなんて言ってないし、それどころか、他人を貶めろなんて言ってないよ? なのに何? やれ《イフリート》が最強だの《プレミアム》は引っ込めだの。恥を知りなさいよ。君達はまだ魔術師ではない。せいぜいが見習い程度なんだよ。そんな君達が軽々しく最強(わたしたち)を語るな」


 戦闘中でさえ、ここまでの威圧感を放っていなかったシエナの目は熱く煮えたぎるマグマのようだった。


「私がこの学院に来て校舎を見学して回ったときにみんなから色々と聞いたよ。なんでも《イフリート》は悪の巣窟だとか。他にも《プレミアム》の無属性は雑魚だとか。まあ、でも君達は若い。いや、青いというべきかな。だから、こんなくだらない話で盛り上がれる。そして、青いからこそ許される。でもね。そんなことばかりを繰り返す人達の行き着く()は、いや、行き着く果て(・ ・)は決まってその悪の巣窟、犯罪者集団なんだよ」


 シエナは一度区切り、指折りで一つずつ例を挙げていく。


「火属性の差別主義団体《閻魔》。

 水属性の差別主義団体《水賊艦隊》。

 風属性の差別主義団体《ゲイルブロウ》。

 土属性の差別主義団体《アンダーグラウンド》。

 今回君達を襲ったのが偶然《閻魔》だっただけで、それで《イフリート》が悪の巣窟とかふざけんなって話だし、なら今度また学院が襲われて、その襲ってきたのが《水賊艦隊》だったら? 《ゲイルブロウ》だったなら? 《アンダーグラウンド》であったなら、一体どうなるのかな? その属性のクラスがまた悪の巣窟になるの? いいや。なるわけないよね。全くもって馬鹿馬鹿しいよ」


 肩を竦めながら笑い飛ばすシエナ。だが、生徒の誰も笑えない。講師達も、リールリッドも、グレイ達だってそうである。


 勿論それくらい誰にだってわかる話。常識の話である。


 だが、それでも魔法にはじめて触れる若き魔術師見習い達は自身の宿す属性こそが至上であると考え、他の属性を批難する。

 しかし、これは誰もが通る道でもある。事実、シエナ自身も昔は火属性こそが至上であると思っていた時期もあった。


 だが同時に決してそうではないこともわかっていた。何故なら。

 火は水を苦手とするし、水は土を苦手とするし、土は風を苦手とするし、風は火を苦手とするからだ。


 突き詰めていけば最強なんて存在しない。それぞれの属性で最強になることはできても、属性入り乱れての最強なんて本当の意味では決して決められない。


 だが、その常識はよく忘れられがちになる。それは学生のような若い者達に顕著に見られる。

 なんせ、人智を超えた精霊の力、すなわち魔力を宿し、魔法が使えるようになってまだ日が浅いからだ。

 今まで魔法が使えなかった幼少期とは違い、魔力を練れば魔法が発動できる。その感覚は感動すら覚え、何でも出来るようになったと錯覚することもある。


 その典型的な例が、今さっきの悪口を吐いた者達である。勿論、彼らだけでなく、心の中ではそう考えている者達も多くいるだろう。

 故にシエナはもう一度。常識の話をした。


「他人を(けな)すことは、同時に自分を(おとし)めることになる。そんな馬鹿みたいに格好悪いこと、自分からするなよ。君達は魔術師になりたいんだよね? 《シリウス(わたしたち)》みたいに強くなりたいんだよね? 他にも魔法道具を作ったり、魔法研究をしたりしたいんだよね? なら、そんなくだらない足の引っ張りあいはやめなさい。そんなことをするよりも、互いを認め合い、切磋琢磨しながら、互いを高め合いなさい。魔術師たる者、誇り高くありなさい。……以上、シエナ=ソレイユ先生の最初の授業を終わります」

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