南方支部の副隊長 1
第11話
「……なんでそんな話になってるんだよ?」
「知らないわよ。ソレイユ先生に直接聞いて」
「……エルシアさん。私のことはキャシー先生で、シエナ先生の場合はソレイユ先生なんですね。別にいいですけど」
グレイとエルシアとキャサリンは闘技場の観客席に並んで座りながら何故こうなったのかをエルシアから聞いていた。
グレイは闘技場の中央へと目を向ける。そこにはシエナとアシュラ、そしてリールリッドが立っていた。
グレイは寮でミュウと二人で食事をしてから旧校舎へ戻ったところ、キャサリンからこの決闘が行われることになったと聞かされてつい先程到着したばかりである。
観客席を見渡せば、いつかの時と同じように赤や青や緑や黄色の制服を着た生徒達が騒ぎながら座っている。
グレイ達の周囲には三マス分くらいの空席が出来ていたが、それはいつものことであるので気にすることなく視線をエルシアに戻す。
「ええとつまり、要約すると。シエナがみんなに実力を示し、尚且つ俺の友達の力を見てみたいと言い出した。ってことでいいんだよな」
「概ねその通りよ」
「それにしてもアシュラ君。何であんなやらしい目してるんですか?」
「どうせエロいこと考えてるんすよ」
エルシアは今回の決闘でアシュラが勝てばシエナの胸を揉める、という話はしていない。だが、グレイは薄々感付いているようだった。
「ま、でもその願いは叶うことはないだろうけどな」
グレイの小さな呟きは決闘開始の合図による歓声によって掻き消された。
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時間は少し遡り、リールリッドが審判としてシエナとアシュラの間に立っていた。
「やれやれ。まさか着任早々にこんなことになるとはね」
「いやぁ、申し訳ない」
「構わんよ。君の実力を間近で見てみたいのは何も生徒達だけではないのだからね」
そう言うとリールリッドは観客席を見渡す。
そこには生徒だけでなく、講師も沢山集まっていた。やはり講師も一人の魔術師として、憧れのようなものがあるのだろう。
「勿論、私も期待している。それに半端な力なら辞めてもらわなければならんからな」
「手厳しいですね、学院長先生……。ま、任せてください」
シエナは苦笑いしながら答える。
「おいおい。話はまだ続くのか? そろそろ始めようぜ?」
そんな中、アシュラが痺れを切らしたかのように二人の講師に話し掛けた。
「ふむ。そうだね。ギャラリーもお待ちかねだ。なら、始めようか」
そう言ってリールリッドは一歩前に出る。
「今回の特別な決闘ルールとして。シエナ先生にはアークの使用を厳禁とし、アシュラ君の勝利条件はシエナ先生の膝を地に付かせること。構わないかな?」
「はい」
「むしろハンデ貰いすぎなくらいだぜ」
「よろしい。なら、順に名乗りを上げたまえ」
リールリッドが促し、アシュラが先に名乗る。
「《プレミアム》闇属性 序列一位。アシュラ=ドルトローゼ!」
アシュラに倣うようにシエナも名乗りを上げる。
「《イフリート》代表講師。シエナ=ソレイユ」
シエナはにこりと笑いながら宣誓するかのように手を上げる。
「では、決闘、開始だ」
リールリッドはコインをトスし、地面に落とす。
キィン、という音が決闘開始の合図となった。
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「先手必勝! 《影爪》!!」
アシュラは早速獣の爪のような影を腕から生やして斬りかかる。
「甘い甘い。先手が必勝するには、相手の不意を突くか、もしくは実力が相手以上じゃないと難しいよ。それどころか、私は遥か格上で、しかも正々堂々の真正面からの攻撃なんて、そんなの全然当たらないよ」
だがシエナは腕を後ろで組みながら必要最低限の動きで易々とアシュラの攻撃を回避する。
「クッソ! 当たらねえ! っつーかこれって──」
アシュラは苛立ちながらも冷静に相手の動きを観察し、デジャヴを覚える。
そんなアシュラに攻撃を回避しながらシエナが話し掛ける。
「アシュラ君。アーク使わないの?」
「あぁ! いくらなんでもハンデ大きすぎだからな! 魔法だけで──」
アシュラは先日のグレイのように出し惜しみをしていた。グレイがアークなしで戦ったというのに自分はアークを連発するのはダサいと思ったからだ。
だが、その浅はかな考えは次の瞬間に焼き尽くされた。
「アーク使わないなら──一瞬で終わるよ?」
えっ? と口に出すよりも早くアシュラの体は爆発で壁際まで吹き飛ばされた。
魔法の詠唱はなかった。つまり、詠唱破棄だ。詠唱破棄で発動された魔法は通常なら威力は落ちる。
だが今の爆発は詠唱ありの状態とほぼ同程度の威力を持っていた。
余りに突然の爆発に観客のほとんどがアシュラが吹き飛んだ壁を凝視する。未だ煙は晴れず、アシュラも煙から出てこない。
勝負はこれで終わりなのか? いやむしろ当然だ、という声が上がる中、しかしリールリッドは決闘終了の合図を出さない。
次の瞬間。シエナはいきなり宙に跳び跳ねる。そのシエナの足元からは歪な形の角のような影が突き出てきたのだ。
シエナは冷静に影を炎で焼き、悠々と着地する。
「だぁぁっ! 外したっ!!」
そう叫びながら煙からアシュラが姿を現す。頭からは血を流しているが体はまだ動かせるようだった。
「ほ~。結構強めに撃ったつもりだったけど、アーク無しで耐えるんだね。驚きだよ」
「《プレミアム》最強なんで……」
シエナの称賛の言葉にふてぶてしく笑って返すアシュラ。
「近接が不利なら、これでどうだ! 《荊ノ影》!」
そしてアシュラが不意討ち気味に放ったのは鋭利な棘の生えた荊の影。シエナを取り囲むように地面から現れたソレは一斉に中心にいるシエナに襲い掛かる。
だが、シエナはこのタイミングで目を閉じた。
「《噴炎》」
シエナは即座に魔法を紡ぎ、己の周りに火柱を現出させて《荊ノ影》を消し去る。
「これも駄目なのかよ! ならやっぱ接近戦に賭ける! 《拳ノ影》!」
今度は拳に棘の生えたグローブの影を纏わせ殴り掛かる。だが、やはり当たらない。それどころかカウンターの要領で腹部を蹴り飛ばされる。
「かはっ……」
「アシュラくん。まだアーク使わないの? どうせなんだから使っちゃいな──」
「……《影霊》」
「っ!?」
《影霊》はシエナの足元から幽霊の手のようなものが現れ、足に絡み付く。
「この……ッ! 《ファイア・ブレス》!」
シエナは《影霊》に向かって炎熱を放つ。その僅かに生まれた隙をアシュラは見逃さずに突く。
「《牙影》!!」
足元に注意が向いているシエナの頭上に一本の鋭い獣の牙のような形をした影がシエナを貫こうとばかりに襲い来る。
「ふんっ!」
しかし、シエナはその《牙影》を炎を纏った拳で殴って壊す。
続けて拘束が解けた足でアシュラの顎を蹴り上げた。
「あっ、やばっ……!?」
やりすぎた、と思ったのも束の間、アシュラはにやりと笑ってその姿が空気に溶けて消えた。
「えっ!?」
その光景に思わず間抜けな声を出すシエナ。その足元にある影から突然声が聞こえてきた。
「喰らえええ!! 《暗影咬牙》ァァ!!」
突如として影の中から現れた黒き影の顎は鋭い牙を剥き出しにしながらシエナを呑み込み闘技場の観客席を掠めながら空へと消えていった。
そして、その影の中からは息を切らしたアシュラが水面から這い上がってきたかのように姿を現す。その手には漆黒の大剣が握られている。
「はぁ、はぁ。どうだ、こんちきしょう……」
手を地につけながらも確実に攻撃を当てたと確信していたアシュラは視線を地に落としていながらも口角を上げていた。
だから、上から聞こえて来た声を聞いて、視線を上に移すことを少しだけ躊躇った。
「スッゴいね。まさか私に手を使わせるだけでなく、一撃食らわせるなんて」
シエナは手放しで絶賛し、拍手しながら地に降り立った。
「は、はは……。マジかよ……」
ようやくアシュラは剣を杖代わりにしながら立ち上がり、シエナを見る。
アシュラのすぐ近くに立っていたシエナは、右手の服の袖がわずかに破け、軽く出血をしていたが、だが、たったそれだけだった。
アシュラの策に策を重ねて完全に不意を突いた渾身の一撃を、シエナは右手一本で防ぎきったのだ。
「ここまでやれるとは思わなかったな。最近の若い子は優秀でお姉さん安心だ。お礼に、ちょっとだけ本気を見せてあげる」
冗談はやめろよ。とアシュラは思った。これでまだ本気ではないと言うシエナに、アシュラは全神経を総動員させて身構えた。