三人の稀少な問題児達 5
ミスリル魔法学院は四方が高い壁に囲まれており、その箱庭の中心には高い塔が建っている。
その塔から南に新校舎が四棟、ちょうど線で結ぶと正四角形になるような位置に建てられている。
四つの校舎の中央には闘技場があり、魔法大会や決闘の会場として使用されている。
そして中央塔から北側には様々な施設が立ち並び、学生寮も二棟存在している。
片方は火、土属性の生徒達が暮らす寮。もう片方は水、風属性の生徒達が暮らす寮だ。
ちなみに旧校舎はその寮より更に少し北に行った所にある。
昔はもう少し大きな校舎だったのだが、今ではそのほとんどが取り壊されており、グレイ達が普段使っている一棟だけを残し、他は全て既に撤去されている。
そして《プレミアム》の三人が暮らす小さな寮もその旧校舎のすぐ近くにあった。
「あぁ~。つっかれた~」
アシュラは一階にあるソファに体を埋める。
「あんたね。せめて先に着替えなさいよ。共有スペースをあんたの汗くさい臭いで汚染しないで」
そんなアシュラを咎めながらエルシアは三階にある自室へと上がっていった。
「……眠い」
そしてグレイはその一言を呟いた後、絨毯の上に倒れ伏した。
木造の三階建てで部屋数も少ない小さな寮。ちなみにここの寮生は三人だけである。
一階は共有スペースとしており、二階が男子エリア。三階が女子エリアと取り決めをしている。
だが何度かアシュラが三階まで上がり、制裁を受けたりしているが、それはまた別の話。
今でこそ慣れたものだが、当初はそれはもう抗議しまくったものだ。
特にエルシアは「身の危険を感じる」と言って全力で抗議したが、キャサリンが監督として一緒に住むということと、男子が侵入した際、情け容赦せずに対応してよいという条件で押し通された。
エルシアだけでなくキャサリンも文句を言っていたが、しかし、あることが理由でこの寮生活を妥協するようになった。それは──。
「さって。そろそろ飯にすっか。おいグレイ。寝てないで手伝いやがれ」
「……んあ? お前一人で作れ……」
「じゃ、てめえの飯はなしだな」
「さ、早く作らないとエルシアがうるさいぞ」
「即座に飛び起きたなお前……」
意外なことにアシュラの作る料理は、そこらの料理人のものより遥かに旨かったのだ。グレイも、アシュラほどではないが料理が得意だった。
その味は貴族出身であるエルシアをも唸らせるほど。その時のエルシアはすごく悔しそうな顔をしていた。
グレイとアシュラは簡単に料理を作り、着替え終えたエルシアも加わり三人で夕食を取る。ちなみにキャサリンはまだ戻らない。残業でもしているのだろう。
「ふん。相変わらず似合わないわよね~。何であんたみたいなのが料理上手なのかしら。あと肉多すぎ。サラダとかも作りなさいよ」
「俺は天才肉食系男子だからな」
「天災変態系の間違いでしょ。ねえグレイ?」
「…………はっ!? あぁ、ごめん寝てた」
「何で食事中に眠れるのよ。器用過ぎない?」
「いや……。今日魔力使いすぎたからさ。ふぁ……」
「あぁ。そういやあの時、魔力全部使ってたわよね。普通そんなことしたら即倒れるはずなのに。ほんと謎よねあなたって」
エルシアの疑問も尤もだった。本来魔術師に取って魔力とは生命エネルギーとほぼ同義であり、それを使いきると激しく消耗してしまう。
確かに使いきったからといっても死ぬことはなく、時間さえかければ回復するのだが、一度魔力が空になってしまうと完全回復するには普段の倍以上の時間がかかってしまうし、体にも負担がかかり、動けなくなることもある。
にも関わらず、グレイはわずかな眠気に襲われるだけで、他に目立った後遺症は見られなかった。
「謎と言えば、仮にあの灰色の鉱石が本物だったとして、マジで何でアークが出来なかったんだろうな?」
アシュラも肉を頬張りながらあの魔法鉱石が砕け散ったシーンを思い出す。
だが、いくら考えても答えはわからず終いだった。
グレイは夕食後、自室に戻って図書館で借りてあった本を読む。
この学院の図書館には膨大な数の書物がある。もしかしたら無属性魔法について書かれているものがあるかもと、今でもよく通っては何冊か借りて自室で読むのが日課となっていた。
よく寝不足になるのはこういった理由もあった。
「これも、ハズレか。あぁ~あ」
だが、今日もまたアタリを引き当てることは出来なかった。本を机に置き、ベッドに倒れ込む。
全く。今日もいいこと一つも無かったな。とグレイは不貞腐れるように眠りについた。
──ドクンッ。と、心臓の鼓動のような音が聞こえた気がした。
~~~
日の光が部屋に射し込み、グレイはその光から逃れるように寝返りをうつ。
──ふにゃん。
グレイは何か柔らかいものに触れたような感覚を覚えた。
しかし、意識はまだ夢の中にあるので、それが何なのか知らぬままに、ただその柔らかい何かを無意識的に抱き寄せた。
「……んん。苦しい、です……。むぅ……」
耳元で声が聞こえた。でもまだ意識が覚醒していないグレイは、これも夢だと思い、気に止めなかった。
「起きて、ください。マスター」
「むにぃ……?」
何かに顔を引っ張られる感覚を覚えたグレイは重たい瞼をわずかに開く。
最初に目に写ったのは、灰色。
よくよく見てみるとそれは誰かの髪だった。そのまま視線を下にずらしていく。
すると、二つの灰色の瞳がグレイの目を覗き込んでいた。
だんだんと目が開いていくにつれて、意識も覚醒していく。
目の前にいたのは見慣れぬ女の子だった。
グレイと同じ灰色の瞳と肩にかかるくらいの長さの灰色の髪。どこか眠たげな目をしているところまでグレイとそっくりだった。
顔は可愛いがどこか幼く見えて、自分に妹がいればこんな感じかもしれない。と、まだ寝ぼけた思考でグレイはそんなことを思った。
それにしてもやけにはっきりとした夢だな、と不思議に思っていると、また頬が引っ張られた。
別に痛くはないが、違和感はハッキリとあった。それがこれが夢ではないという何よりの証拠だった。
「起きましたか、マスター」
「……ま、ますたー?」
なんのことだ、と問いかけようとしたその時、グレイはようやく自分の抱き締めているものの正体に気付いた。
グレイは目の前にいる見知らぬ灰色の少女を抱き締めていたのだ。
しかも、その少女は一糸纏わぬ、所謂産まれたままの姿だった。
誰がどうみても、やばい光景だった。
一瞬、グレイの思考は完全に停止し、少女は寝転んだまま首を傾げる。
そしてグレイはようやく現状を把握した。
「──っっ!??!?!?」
声にならない悲鳴を上げたグレイはたまらずベッドから転がり落ちた。
どちらかと言えば悲鳴をあげるべきなのは少女の方であるのだが、パニックになった頭ではそんなことは微塵も考えなかった。
「な、なななななっ!? どちら様ですか!?」
「わたしは、マスターの…………はて? なんと言えばいいんでしょう?」
「俺に聞かれましてもっ! 別にそんなのわかりやすけりゃ何でもいいよ! っていうか服! まずは何より服を着てくれ!」
そんなグレイの懇願も虚しく、ぼ~っとしたままの全裸の少女はそのままむくりと起き上がろうとしたので、グレイは通常の倍のスピードで動き、少女にシーツを羽織らせた。
「はぁ……はぁ……。見てない。全然、ちょっとしか見てないから」
「……? 別に、じっくり見ても、わたしは構わないのですが?」
「俺が構うの!!」
羞恥心は無いのか!? と心の中でツッコミを入れるグレイの顔は真っ赤だった。
グレイは一度冷静になって状況を見つめ直した。
自室に裸の幼女とベッドイン。
「やばい。確実に極刑に処される……ッ!」
不幸にしかなれない未来予想図を思い浮かべ、頭を抱えてうずくまるグレイ。
せめて、どうにか服だけでも着てもらおうと立ち上がったその時。
「グレイ。いつまで寝てるのよ。さっさと起きなさ……い…………っ!?」
不幸にしかなれない未来予想図の第一歩を踏み出してしまった瞬間だった。いや、むしろ踏み外したのかもしれない。
エルシアがわなわなと震えているその後ろからアシュラがひょこっと顔を覗かせる。そして部屋の中の光景を見た。
全裸ロリに襲い掛かろうとする、悪友の姿がそこにはあった。
少なくとも彼には、彼女にもそう見えた。
「おおぅ……マジかよグレイ。お前、ここで超絶美人な大人の女を連れ込んでいたなら俺はお前に惜しげない称賛と嫉妬からくる罵詈雑言を浴びせたんだが……。でもそれは駄目だ。犯罪の匂いしかしない。いくら俺でもそれはない」
普段は変態として扱われるアシュラにすら、残念なものを見るような目で見られた。
グレイは自分の名誉と未来を守るために、無駄と知りつつ誤解であることを言おうと口を開いたのと同時に、怪しい光を宿した目をしたエルシアが、全身から迸らせた白い稲妻をグレイ目掛けて容赦なく解き放った。
「死ねぇぇ変態ロリコン屑男おおおおおおお!!」
「誤解だあああああああああああ!!?」
──同時刻、ミスリル魔法学院寮に住んでいる生徒全員が、晴天であるにも関わらず、けたたましい雷の音を聞いたという。