新任の代表講師 2
「……学院長。話が逸れています」
「おっと、そうだな。すまんすまん」
リールリッドはカーティスに注意されたが、まるで悪びれる様子もなく頭を掻く。
だが、そんなしぐさ一つ取ってみても彼女はとても絵になるのであった。
それほどまでの美貌を持ちながらも、ここまで少女のような無邪気さで笑える彼女は学院をとても愛しており、そんな彼女を慕う者は講師、生徒共に多い。
ただ、この悪癖だけは容認されてはいない。カーティスはもう一度注意し、リールリッドは気を引き締めるようにマイクを握りなおす。
「と、まあ、《閻魔》の話はここまでにしておいて、良い知らせをしよう。本日、ようやく《イフリート》の校舎の修繕が終わった。だから今日から《イフリート》の諸君は自分達の校舎で勉学に励んでくれたまえ」
《イフリート》の生徒達からは喜びの声があがる。どうにも彼らは他の校舎を間借りしている時は息が詰まるような思いをしたと聞いていたので、リールリッドも満足げにうなずく。
特に旧校舎にあてがわれた一年には多大な苦労をかけたのだ。一言くらい労いの言葉もかけようかと思ったが、《プレミアム》の今の状況を思い出しやめておいた。
「まあ、落ち着きたまえ。そしてもう一つ。先日辞められたファラン先生に代わり、新たな講師をお招きした。その者には《イフリート》の代表講師をしてもらうつもりだ。実力は私のお墨付き。そしておそらく、君達もよく知っている人物のはずだ」
そう。本日、《イフリート》に新たな代表講師がやって来たのである。リールリッドは君達も知っている人物だと述べ、生徒達がわずかに騒ぎ始める。
「ふふ。もったいぶるのもなんだからな。早速挨拶をしてもらおう。さあ、壇上に上がってきてもらえるかな?」
リールリッドはそう促し、その者も、座っていた椅子から腰を上げて階段を登る。
その人は赤い軍服を改造して着こなし髪を後ろでアップに纏めている。体つきはグラマーで短めなスカートからは健康的な素足を覗かせている。
まさかの軍服を改造するという暴挙を働いている彼女だが、生徒達は、講師達もそんなことよりもっと気になることがあった。
何故かその女性は趣味の悪い仮面を被っていたのである。女性はリールリッドの横に並ぶと、くぐもった声で問いかける。
「あの、もうこの仮面取っていいですか?」
「ああ。済まなかったな。皆を驚かせたいがためにこんなダサい仮面をつけさせて」
「いやぁ、まあ、構いませんけどね。こういうの嫌いじゃないですし」
どうやらその趣味の悪い仮面はリールリッドの差し金だったようだ。結局もったいぶってるではないかと何人かの生徒は思った。
そのリールリッドは、彼女の正体をギリギリまで生徒や講師の誰にもバレないようにするために唯一カーティスだけに話しを通して頼み込み、彼女に仮面を着けてもらうようお願いしていたのである。
人をからかうことが生き甲斐なところがあるリールリッドは壇上の端に移動し、仮面を取るようジェスチャーする。
それを見た女性は仮面を外して無駄に格好よく放り投げて前を向く。
その仮面の下の素顔を見た大聖堂にいる全員がその顔を知っており、その顔を見た瞬間に驚愕した。
「「「…………えっ? ええええええぇぇぇええっ!?」」」
大聖堂に生徒達の大声が鳴り響く。その大音量に驚き思わず耳を塞いだその女性は、誰もが知る有名人だった。
「あ~、あ~。マイクテスマイクテス。……こほん。さて。皆さんおはようございま~す!」
そう大声で挨拶をした彼女は手を振りながら生徒達を見渡す。まるで誰かを探しているかのように。
だが、どうも見付けられなかったのか、かくんと肩を落としたが、すぐさま立ち直り自己紹介をした。
「あぁ~、なんだか今のこの反応を見る限りだと、みんな私のこと知ってくれてるみたいだけど、一応自己紹介しておきます」
一拍置いてから、姿勢を正し、更に続ける。
「私は独立遊撃型魔術師団《シリウス》の南方支部で副隊長をやってるシエナ=ソレイユです」
独立遊撃型魔術師団、とは各地の支部に分かれて魔獣や犯罪組織の者達と戦う戦闘系魔術師集団の名称である。
そもそも魔術師団とは様々な種類が存在する。戦闘系の部隊もあれば魔法研究や、魔道具製造を主な目的としている部隊も存在する。
そんな数ある魔術師団の中でもずば抜けて有名なのがこの《シリウス》である。
《シリウス》は国の東西南北、四つの地区にそれぞれ支部を配置し、それらが担当する地区に発生した事件や治安維持を目的として設立された部隊である。
それも例の如く属性別に分かれており、ミスリル魔法学院のある南地区は火の属性が集う部隊が配置されていた。
余談だが、ミスリル魔法学院の近くに存在する町、ミーティアに存在する魔術師団は《シリウス》とは別の、都市防衛型魔術師団である。
そして、その《シリウス》に所属する魔術師というのは若い生徒達にとっては憧れの存在であり、例え火の属性でない者でさえ尊敬の眼差しを向けている。
「今回、私は《イフリート》の代表講師としてこの学院に来たわけですが、人にものを教えるのはあまり得意ではなくてですね。戦い方なら教えられるんですけど。座学の方が不安で仕方ありませんが、精一杯頑張らせていただくので、これからよろしくお願いしますね。あと何かあったら別属性の生徒さん達も気兼ねなく話しかけてくださ~い」
人当たりの良さそうな笑顔を振り撒くシエナはそう締め括ってマイクを元に戻した。
その次の瞬間には今日一番の歓声が大聖堂に響き渡った。
~~~
「ほ~。綺麗な校舎なんだねぇ~」
「それはこの前の事件で……」
「あぁ、修繕工事があったんだね。なるほど」
「ソレイユ先生はミスリル魔法学院の卒業生なんですか?」
「ううん。でもうちの隊長はたしかこの学院の卒業生だったはずだよ」
「マジかよ! すげえ~!」
「ねえ先生っ。今度でいいから魔法見せてくださいっ」
「ん? いいよ~」
「やった!」
シエナはたくさんの生徒に囲まれながら、新しくなった校舎を見て回っていた。
シエナは今日一日で一気に人気者となり、彼女に着いて回る生徒は上級生、下級生を問わない。
シエナは下級生の教室から授業風景を覗いて回る。今日は一日目だということもあって、学院を見て回るようリールリッドから言われていた。
だから《イフリート》の校舎を見回った後、他の施設も見て回る。勿論、後ろには《イフリート》の生徒が着いてきて色々と補足情報などを教えていた。
そして、話題はやがてこの間の《プレミアム》と《イフリート》の決闘の話へと移り変わる。
「それで、その《プレミアム》を俺達のクラスメイトがぶっ倒したんですよっ!」
「へぇ~。ふ~ん。ほ~。そりゃすごいね~」
だが、シエナは途中からほとんど話を聞き流していた。その話の途中でとても聞き慣れた名前を聞いたからだ。
「やっぱ《プレミアム》より《イフリート》の方が強いってことだよな。それより前にあった決闘って確か序列も低い奴だったし」
「そうそう。序列上位者には手も足も出ねえんだって。分を弁えろって話だ」
生徒達は口々に喋り、笑いあう。シエナはそんな生徒達を半目で見つめながら、ふぅ、と一息ついた。
「よし。じゃ、そろそろ行こうかな」
「どこにですか? あっ、学院長室ですか? それなら中央塔のてっぺんに…………」
「あ~、いやいや。違う違う」
勘違いした生徒が中央塔のてっぺん辺りを指差すが、シエナは笑って否定する。
「なら、どこに? 学食は行きましたし、闘技場ですか? それとも図書館?」
「ん。ちょっと野暮用で旧校舎まで、ね」
笑顔のまま答えるシエナに、生徒達はえっ? と怪訝な表情を見せるのであった。