炎の尻尾 5
「ふざけてんじゃないわよ。この馬鹿ッ!」
「……怪我人に向かって放つ最初の台詞が悪口かよ。いったいどんな教育をしてるんですかキャシーちゃん」
「わ、わたしのせいですかっ!?」
闘技場に設置されている多くの治療室の一つにグレイ達《プレミアム》の面々が集まっていた。
グレイは頭に包帯を巻かれベッドに座っていると、扉を蹴破るように入ってきたエルシアに罵倒を浴びせられていた。
「まあまあ、エリー。男なら仕方ないって。なんせ相手は美少女だったしな」
「ちょっとあんたは黙ってなさいっ!」
なんとかエルシアをなだめようとしたアシュラだったが、エルシアは止まらなかった。お手上げだと言わんばかりに手を上げるアシュラ。グレイは眠たい目を擦りながらエルシアに問う。
「何が気に入らないんだよ?」
「全部よっ!」
「……もう寝ていい?」
「めんどくさがってんじゃないわよ! 説明しなさいっ! 何で、あの時、わざと負けた!?」
やっぱり見抜かれていたか。とグレイは内心で舌打ちをする。その心が読まれたのかと思うくらいエルシアの表情が険しくなったので、グレイは真剣な表情を作り説明した。
「別に。借りを返し、貸しを作っただけだ」
「ど、どういう意味よ?」
「私も気になります」
エルシアとキャサリンが疑問符を浮かべる。アシュラはどことなく気付いているようだったが、グレイは構わず説明を続ける。
「まず借り、ってのは《イフリート》に対する負い目。まあ、負い目っていうほどのもんでもないが、俺達がギャバル達を全クラスの生徒がいる中で瞬殺したせいで現在の《イフリート》は学内で馬鹿にされている」
その話を聞き、講師であるキャサリンは眉をひそめる。それは会議でも何度も話されていた問題だった。
現在の《イフリート》は学内で馬鹿にされている。その遠因は彼ら《プレミアム》にもあった。
と、いうのも、彼らにちょっかいを出してきた《イフリート》の生徒、ギャバル=ジェンダーと他二人の生徒をグレイ達は決闘にて瞬殺した。
それまで《プレミアム》は落ちこぼれのクラスとして馬鹿にされていた。
その《プレミアム》に瞬殺されたとあっては面目など丸潰れである。
そのことに一番怒りを覚えたのは元《イフリート》代表講師であるファラン=アラムストであった。
彼女は所謂、属性差別主義者であり、魔法犯罪組織《閻魔》のメンバーでもあった。
そしてその《閻魔》の者達を使い、ギャバル達三人を巻き込んで学院襲撃事件を先導した人物でもある。そしてその目的は《プレミアム》の抹殺と貴族であるギャバル達を仲間に引き込むというものだった。
しかしその事件も講師達と《プレミアム》によって解決された。だが、そのことを知るのは一部の講師と直接の被害を受けた《プレミアム》の面々のみである。
しかし、学院にはこんな噂が流れる。
突然辞めたファランが黒幕。緊急入院したギャバル達も犯罪に荷担している。などなどの噂。
そして皮肉なことにそれは事実であった。ファランが黒幕だったし、ギャバル達も犯罪に荷担し、グレイ達に襲い掛かってきた。
だが、一般生徒には一切情報は漏れていない。本当にただの噂話として流れているだけだ。だが、何かと敏感な年頃の生徒達はそのような不確かな情報だけでも十分だった。
属性至上主義者である貴族が多いミスリル学院だ。これほど都合のいい噂はないだろう。
噂には尾ひれが付きまくり、今では《イフリート》全体が犯罪に荷担したのではないのか、というとんでもないものまである始末だ。
自分達にも少なからず原因がある、とグレイは言うが、事実のみを挙げていけばグレイ達に落ち度はない。むしろギャバル達の命を救いさえしたので、そこまで深刻に悩む必要はなく、また責任を負う必要もない。
しかし、難儀な性格を生まれもったせいか、自身の体とプライドを犠牲にし、《イフリート》の面目を保たせたのだ。
「──それで、わざと馬鹿みたいにボロボロになったって? ほんと、正真正銘の馬鹿ね。約束通り盛大に笑ってやるわ。あ~はっはっは~!」
「なんだそのわざとらしい笑いは……」
「知らないわよっ!!」
エルシアはそう言い放つと入ってきた時と同じように扉を蹴飛ばして部屋を出ていった。
「何であんなに怒るかね。女、ってのは本当にわからん」
「女を語れるほど女を知ってんのかよ童貞。あっ、間違った。グレイ」
「はははっ。怪我してなけりゃブッ飛ばしてたわ。命拾いしたなアシュラ」
グレイは笑いながら拳を握り締めプルプル怒りに震えていた。
「怪我で動けない? そりゃよかった。じゃ俺も約束通り盛大に馬鹿にしてやるよ。ええ~、こほん……。ぷぎゃ~!! あんな啖呵切っといて女にぼこぼこにされて無様に負けるとか恥ずかしくないの? 《プレミアム》の恥さらしが。生きてて申し訳無いとか思わねえの? なんか借りを返した(キリッ)とか格好良いことほざいてるけど負けた言い訳なんじゃねえのかよ? なあなあ、そこんとこどうなんですかね。《プレミアム》無属性 序列一位(笑)様~!」
「キャシーちゃん!! 今すぐ俺の体を動かせるようになるまで回復してくれっ! こいつ、地の果てまで殴り飛ばすッ!!」
「もう落ち着いてくださいよ……」
相手をここまでかと言わしめるほど馬鹿にしたような顔をしながら侮辱するアシュラ。そして見事に挑発に乗るグレイを交互に見て、回復魔法で魔力を使い疲労したキャサリンは深く溜め息を吐くのであった。
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時を同じくして別の治療室。そこにはメイランと講師がいたが、講師はすぐに部屋を出ていった。
メイランはほとんど怪我を負っていないので治療らしい治療も必要なかったのである。
そして、講師と入れ替わるように治療室に入ってきたのはクラスメイト達。皆口々に「格好良かった」「スカッとした」「さすが序列三位だわ」「やっぱつええな!」「可愛い!」「付き合ってくださいっ!」などと言ってきた。何だか告白まがいなことも聞こえてきたが、如何せん全員が一度に話すので返事を捌ききることはできなかった。
ようやくクラスメイトの大半が外に出ていき、残ったのはメイランの他、三人の生徒だけだった。
「いやぁ~。やっぱメイランは強いッスね。次の大会でオイラ、勝てるッスかね~?」
「さあね。まだまだ負ける気はしないけど」
メイランを手放しで称賛したのは《イフリート》序列四位の少年、ゴーギャン=バグダッド。クラス内ランキング戦でメイランに惜しくも破れたが、実力は文字通りクラスでもトップクラスである。
そんなゴーギャンを鼻で笑いながらずいっと前に出てきたのは、クラスで最初に堪忍袋の緒を切ったツインテールの少女だ。
「あんた、ほんと馬鹿ね」
「え? ちょ、今のどういう意味ッスかアスカ!?」
ゴーギャンに問いかけられた少女──アスカ=バレンシアは如何にもイラついているといった感じの表情のまま答える。
「あんたも含めてクラスの全員忘れてるみたいだけど、あの男、グレイはアークを使っていなかったのよ。それにメイは大したダメージも受けてないのに冷静さ失ってたし、最後なんて情けをかけられてたのよ? それでよく序列三位なんてやってられるわね」
まるで喧嘩腰なアスカの言動に室内の空気が凍りつく。そしてメイランはベッドから立ち上がりアスカをにらむ。
「なに? ボクに喧嘩売ってんの?」
「いえ別に。それじゃ、次こそアタシがあいつらをぶっ倒しに行くから」
「やめてよね。ボクの面子潰すつもりなの?」
「あら? 何ならあなたから叩き伏せてからでもいいのよ?」
「上等だよっ」
一触即発な雰囲気になり、ゴーギャンがあわあわと慌て始めたその時。
「アスカ。いい加減にしろ」
ずっと腕を組み壁に背を預け沈黙を保ち続けた少年がはじめて声を発した。
「メイが何でわざわざ自分から決闘を持ちかけたのか、君に理由がわからないはずないだろ。そんな彼女の思いを無視して自分勝手な感情で動かれてもし負けでもすれば、それこそクラスの迷惑になる」
「は? アタシが負けるとか思ってんの!?」
「さあね。でもアスカが強いってことは俺がよく知ってる。けど、《プレミアム》の三人だって強いんだ。どうなるかなんてわからない」
少年は淡々と述べる。アスカは尚も反論する。
「なら、あんたが行きなさいよ。クラス代表。アタシはこのままだと気が済まないのよ」
「いや。断る」
「なっ……!? あんたねぇっ!」
逃げ腰な少年の態度にムカついたアスカは少年を掴みかかろうと少年に近付いた。
「時期を待つ、ってことだ。その時になればアスカが《プレミアム》と戦うことを許可する」
「……時期?」
だが、アスカが掴みかかる前に遮るように少年は条件を出した。
「もうすぐ、月別大会の時期になる。おそらく今回は《プレミアム》の皆も参加することになるはずだ。その大会の時に正々堂々と戦えばいい。でも、それ以外の場面で決闘するのは俺が許可しない。これはクラス代表、レオン=バーミリアンの決定だ」
《イフリート》序列一位にしてクラス代表、レオン=バーミリアンはアスカに強く言い渡した。
アスカは鋭い視線をレオンに向けたが、やがて鼻を鳴らしながら踵を返し部屋から出ていった。
治療室に残った三人は互いに顔を見合せ、やがて小さく苦笑をもらす。
「アスカは頭が固いところがあるけど、でも頭の良い奴だ。たぶん気付いてるんだろう。だから余計にイライラしてしまうんだろうな」
「なんか、ごめんね。うまくいかなかったみたいで」
「いや。実際にはうまくいってる。アスカ以外の皆は全員少し気が晴れたようだったからな」
メイランは先程詰め掛けてきたクラスメイト達を思い出す。確かにその通りだ。
そして、決闘の際、グレイが最後に発した言葉を思い出す。
『これ、貸しにしといてやる』
この貸し、というのには二重の意味がある。一つは先程のクラスメイト達のメンタルケア。もう一つはメイラン自身の評価や世間体である。
もし、あの場でメイランが倒されれば今アスカを止められただろうか。メイランはクラスでどういう評価を受けたのだろうか。
そんな状況を想像するのは、難しくはない。おそらく、今と正反対の反応が返ってきたであろう。
確かに、これはメイランにとっても《イフリート》にとっても大きな借りとなった。
「やれやれ。この借りは、いつ、どうやって返せばいいのやら……」
メイランは誰にも聞こえないくらいの小さな声で微笑みながらそう呟いた。




