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問題児達の稀少魔術《プレミアム・レア》  作者: いけがみいるか
二章 エレメンタル・トレジャーウォーズ
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炎の尻尾 4

 グレイの発言はただの強がり以外の何物でもなかった。事実、今も足はふらつき、視界は霞む。頭からは出血しており、血が顔を流れ落ちる。

 グレイはそれを乱暴に拭い、強がりながらも笑って見せる。


 状況は極めて不利。打開策も見当たらない。アークを使えば少しは戦略の幅も広がるだろうが、今は使う時じゃないと自分に言い聞かせる。

 グレイはメイランの《エンテイル》を掴んでいる左手に更に力を加えた。


 メイランは《エンテイル》と感覚が共有されているわけではない。しかし、今はっきりと自身の体にグレイの圧力が加えられたように感じた。


 魔法が発動しなかったことも合わせて、メイランの精神にかなりの負荷がかかる。

 だが、その認識には少々誤認があった。

 メイランの魔法は確かに発動したのである。ただ、それが一瞬にして消えた、正しくは元の魔力に戻されたに過ぎない。

 つまり、魔力が魔法に変わり体外に放出された瞬間に《リバース・ゼロ》の効果ですぐさま炎の形が作られることなく魔力へと戻ったというわけだ。

 だから魔力が減っていて、メイランはほぼ無意識で魔力を練ったのだ。

 グレイはすぐに自分が勘違いをしていたことに気付いたが、混乱していたメイランにはその事実に気付かなかった。


「くっ、この、離せぇええ!」


 メイランはグレイを振りほどくために、でたらめにアークを振り回し始める。


 だが、グレイは決して手を離さなかった。例え、壁に激突しても。地面に叩き付けられてもだ。


 今度こそ倒せた。何度そう思ってもグレイはいつも立ち上がってくる。

 その体はもうボロボロで、誰が見ても満身創痍のはずだ。にも関わらず、グレイは立ち上がり不敵な笑みを浮かべながら《エンテイル》を握り締める。


「効か、ねえ……なっ」

「はあ……はあ……。な、なんなの君は……?」


 いつの間にか、メイランの息もあがっている。メイラン自身は一歩も動いていないが、精神の方が参ってきている。

 一度、アークを魔力中枢エレメンタル・コアに戻そうかとも考えた。だが、アークは顕現中は魔力を増幅させ、消費量も抑えることが出来るが一度コアに戻せば、その反動で魔力と体力を消費する。その消費量はアーク使用時間に比例する。

 だから今ここでアークを消すのは愚策でしかない。


 一方グレイは何故、《エンテイル》を離さないのかというと、ただ単純に魔法を使用されて遠距離戦に持ち込まれないようにしているだけだった。

 遠距離攻撃の術を持たないグレイはいくら相手の攻撃を消し飛ばすことができても相手にダメージを与えることは出来ず、そうなれば先に魔力が尽きるのはアークを使用してないグレイであることは自明の理であった。

 だからグレイは賭けに出た。魔法を使えないという状況ならメイランは打撃と《エンテイル》の攻撃のみに限定され、いつか生まれるであろう心の隙を突くことに。


 その二人の様はどこか忍耐力と精神力のぶつかり合いのように思えた。


「グレイ君! もう棄権してください! ボロボロじゃないですか!」

「はは……。何言ってんすかキャシーちゃん……。こっから逆転、するんすから、邪魔しないでくださいよ」


 キャサリンは気が気では無かった。それもそのはずだ。いくら魔力で体を強化しているとしても、自分の生徒がただ一方的にやられている姿を見ているだけなんてこと、キャサリンには耐えられなかった。


 そしてメイランはそのグレイの発言にとうとうぶちギレた。

 こんな状況においてまだ自分が勝つと思っている傲慢さ。そして、その不気味な表情と宣言から感じた恐怖が、メイランに冷静な判断力を奪った。


「なら! これでどうだあああっ!!」


 メイランは《エンテイル》を利用し強く真上に向かって跳ぶ。必然的に《エンテイル》を掴んでいたグレイも地上を離れる。


 上空でメイランは勢いよく回転し始め、風車のように回り出す。


「ぐっ──」


 凄まじいまでの遠心力にグレイは体がちぎれそうになり、精神が切り離されそうになる。

 だが意地でも《エンテイル》を離さない。そのままメイランは地面に向かって落ちてくる。

 その時、誰も気付きはしなかったが、グレイはにぃっ、と口角を吊り上げた。


「うおおおおおおらああああっっ!!!」


 そしてそのまま《エンテイル》を地面に強く深く叩きつけた。闘技場はわずかに揺れ、大地には亀裂が走る。


「ふぅ……ふぅ……。あっ……!?」


 手を膝に置き、息を激しく乱すメイランだったが、ここでようやく自分の仕出かしたことに気付く。

 先程の攻撃が、どれだけグレイが頑丈に出来ているとしても無事では済まない威力を持っていたことを。

 一気に血の気が引いていく。砂煙のせいで前方にいるはずのグレイの姿が確認できない。

 恐る恐る少しだけ《エンテイル》を引き寄せるが、余程強く地面にめり込んでいるせいか、グレイが掴んでいるのかどうかの判断がつかない。

 混乱がピークに達したその瞬間、観客席から怒鳴り声が聞こえた。


「後ろだッ!! メイランッ!!」

「……え?」


 焦る心を引きずりながら後ろを見ると、あの不敵な笑みを浮かべたグレイの拳が眼前にまで迫っていた。

 グレイは地面に叩きつけられる瞬間の前に《エンテイル》から手を離してメイランの背後を取っていたのだ。

 だが、頭に血がのぼっていたメイランには、グレイが手を離していたことに今の今まで気付けなかった。

 途中で冷静な判断力を手離してしまったメイランの致命的なミスだった。これがグレイが待ち望んでいた隙であった。


「し、しまっ──」


 メイランは咄嗟に《エンテイル》を引き寄せようとしたが、地面に引っ掛かっていて上手くいかなかった。

 思わず腕を交差させ、防御姿勢を取る。そして、ここでもグレイの作戦が効いていた。

 今、グレイの手はメイランに間接的にも触れていないため、メイランは魔法が使えるはずなのだが、先程までずっと魔法を使っていなかった、正しくは使える状況ではなかったために無意識的に魔法を使うという選択肢を頭から排除してしまっていたのである。


 メイランは心のどこかで自分の敗けを悟った。

 メイランはアークを使い、グレイはアークを使っていなかった。にも関わらずメイランはここまで追い込まれたのだ。ある意味では当然かもしれなかった。


 覚悟を決めて腕や足に力を込めて衝撃に備えて目を強く閉じる。

 だが、メイランの腕に走った衝撃は想像していたものよりも遥かに軽いものだった。


「…………」

「え……っ?!」


 メイランは閉じていた目を開く。そこには拳を突き出した状態で気を失っているグレイが立っていた。と、思えば次の瞬間には糸が切れたかのようにグレイは地面に倒れ伏した。


 それを見て、審判の講師二人が同時に上空に魔法を放ち、破裂する。そして《イフリート》の講師が大声で宣言した。


「決闘終了! 勝者、《イフリート》メイラン=アプリコット!!」


 あまりに唐突で、呆気ない終わり方だったせいか、観客席に座っていた者達は数秒間沈黙したが、次には大きな歓声と拍手が巻き起こった。


 その声を聞き、ぺたんっと地面に腰を落とし、《エンテイル》を消したメイランは、すぐそばで目を閉じ倒れているグレイを見つめながら小さく呟いた。


「はぁ……はぁ……。ずっるいなぁ……まったく……」


 それだけ口から絞り出した後、メイランは地面に大の字に寝転がった。


 直後、キャサリンが即座に駆け寄ってきてグレイに回復魔法を掛けはじめた。


 その時のキャサリンの慌てようは、泣きじゃくる子供のようだった、とはこの闘技場にいた全員の感想であった。

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