炎の尻尾 3
観客席は先程の歓声はどこへやら、グレイの平然と立っている姿を見て、驚愕によって沈黙している。
その最前列に一つ席を空けて座っているエルシアとアシュラが闘技場の二人を見つめていた。
「《ミラージュ・ゼロ》だな。ありゃ」
「でしょうね。でも普通に《リバース・ゼロ》を使えば炎も消せて、魔力消費も抑えられたでしょうに」
アシュラがグレイの使ったであろう魔法の名を口走り、その言葉にエルシアが反応する。
幸い、彼らの周囲に他の生徒、観客は座っていないので、グレイの魔法について外部に漏れる心配はない。
《ミラージュ・ゼロ》とはグレイの覚えた二つ目の無属性魔法であり、その効果は「あらゆる攻撃を透過させる」というものである。
打撃、斬撃、爆撃、魔法。あらゆる攻撃を透過させるこの魔法はその絶大な能力と同じくらいデメリットも含んでいる。
まずその一つが魔力の大量消費だ。ある方法を使えばその消費量を減らすことも出来るが、今の状態ではそれは叶わず、エルシアの言う通り、グレイは今の魔法でかなりの魔力を消費させた。
そんなエルシアの放った疑問について、アシュラはほぼ完璧にグレイの思考をトレースして答える。
「いや。あれはわざとだぜ、エリー。確かに、《ミラージュ・ゼロ》の方が魔力消費は激しい。が、あいつの場合、魔力よりも体力の消費の方が問題だからな。炎に飲まれている間に息を整えてたんだろうよ」
グレイは魔力を使い続けると魔力と同時に体力も消耗する、という魔術師の常識が通じない。
本来なら、魔法の連続使用で魔力が枯渇すれば、酷い場合は体を動かすことすら困難になるくらいに体力も消耗するのである。
にも関わらずグレイの場合、わずかな眠気を感じるだけで、他に目立った後遺症は全くなく、その眠気というのも、戦闘中にいきなり意識を失うようなことになるほど酷いものでもない。
おそらくこの決闘が終われば爆睡するのだろうことは今までの予想でわかるが、少なくとも戦闘中にそこまで致命的なことになることはない。
だからグレイは《リバース・ゼロ》で瞬時に炎を掻き消すのではなく、《ミラージュ・ゼロ》によって炎を透過させ、体力の回復をしていたのだ。
「そして、もう一つの理由が、相手に精神的にダメージを与えることだ。あれほど完璧に決まって、完全に勝ったと思い込んだはずだ。そんなところにケロッとしながら立ち上がられたら、流石にキツいもんがあるだろうからな」
そのアシュラの予想も正しいものであり、メイランも確実に動揺し、冷静さを欠いた。
こと実戦戦闘経験において、グレイと同程度、もしくはそれを上回っている生徒など、彼らの同学年には片手の指の数ほどの人数くらいしかいないだろう。
少なくとも、メイランよりは確実に上であった。
そして、グレイより遥かに戦闘経験の少ないエルシアは、グレイと同程度くらいの戦闘経験を持つアシュラに向かって毒を吐く。
「うっさいわね。それくらい、あんたに言われるまでもなく考えればすぐにわかったわよ」
「負け惜しみはやめとけよエリー。弱く見えるぜ?」
「……この決闘が終わった後、私と決闘するつもりなのかしら?」
「いやいや。やめておくわ。考えればすぐわかるエルシア様には到底敵いませんよぉ~っと」
「あん、たねぇ……!」
「ほれ。また動き出したぞ」
拳を握り怒りに震えるエルシアを他所に、アシュラは闘技場に視線を戻す。
エルシアもどうにか怒りを抑えて込んでアシュラに続くように闘技場へと視線を移した。
──これが終わったら一発どつく。
と、いう決心をしながら。
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「完璧に決まったと思ったんだけどなぁ。一体どんなトリックで凌いだの?」
「教えないっつ~の。そんなペラペラ自分の能力ばらすほど俺は馬鹿じゃないからな」
「ちぇっ。けち。じゃあいいよ。殴って吐かせる」
「女の子の台詞じゃねえな、おい……」
グレイはメイランの物騒な台詞に引き笑いを浮かべつつも構える。
メイランは先程と同じように《ジェット・フレイム》で距離を詰める。と、思えば今度はグレイの周りを走り始めた。
《エンテイル》から放たれている炎がちょうど円のようになり、グレイの逃げ道を塞ぐ。
「これならどうだっ! 《バーニング・ラッシュ》!」
全方位から襲い来る炎弾を、だがグレイはその全てを躱し、《リバース・ゼロ》で打ち消した。
すると今度は直接攻撃に切り替え、縦横無尽に駆けながらヒットアンドリターンを繰り返す。しかしグレイは冷静に受け流す。
「うはぁ~。上手いなぁ~。こうまで攻撃が当たらないのは初めてだよ」
「いやいや。お前も大したもんだ。それほどの加速に体がちゃんと着いていっている。鍛え方がしっかりしてる証拠だ」
グレイとメイランは互いに相手を褒めあいながらも、互いに相手の隙を探っている。
グレイは遠距離に攻撃する術を持たないが故に、接近するチャンスを。
メイランは自身の魔法をどうやってグレイに直撃させるかを。
そして、先に動いたのはメイランだった。
「うらぁ! 《バーニング・ラッシュ》!」
メイランは両手から炎弾を飛ばす。だが、それはグレイには当たらない。やはりグレイはその全てを難なく躱す。しかし、メイランは攻撃の手を休めない。
何かを狙っている。そう察したグレイだったが、わずかに遅かった。
「燃え盛れ! 《噴炎》!」
次の瞬間。グレイの足元から強烈な熱を帯びた炎が柱のように伸び上がった。
メイランはこれを狙っていたのだ。今、メイランのアーク、《エンテイル》は地中にあった。メイランは《エンテイル》で地中を進み、グレイの足元まで届かせ、そこから噴火のように炎を放出させたのだ。
《エンテイル》は伸縮自在で、メイランが魔力を与えれば与えるだけ長くなる特性がある。
先程も一度だけ見せた特性である。だが流石のグレイもアークが地面を掘り進んでくるとまでは想像もすることができなかった。
グレイはすぐに《リバース・ゼロ》で《噴炎》を消し飛ばす。だが、やはり直撃した攻撃のダメージは大きく、体がふらついた。
そのせいで、一瞬だがメイランを視線から外してしまった。
「《テイル・ストライク》!!」
メイランはすぐさま《エンテイル》を地上に出し、グレイに向かって全力で突き出した。
グレイはギリギリ《エンテイル》の金具部分を掴む。が、勢いは止められず、そのま一直線に闘技場の壁に叩き付けられた。
観客席からは歓声が飛ぶ。今度こそ完璧に決まった。そう思ったからだ。
だが、エルシアとアシュラ。そして観客席にいる《イフリート》の序列一位と二位、そして当人であるメイラン自身は、まだ終わっていないことに気付いていた。
メイランが《エンテイル》を縮めようとすると、引っ張り返す力を感じた。それはグレイの意識がまだ残っていることを示し、手を離さないということは戦う意志もまた残っているということを表している。
ここまで来て、相手に情けをかけるのは無礼だと感じたメイランは、とどめの一撃として魔法を詠唱した。
「これで本当にとどめだよ! 《ファイア・ブレス》!!」
メイランは《エンテイル》の先から炎を放出させてとどめを差すつもりだった。
だが、何故か炎は出なかった。
「えっ?!」
魔法が出なかったことに驚き、メイランはすぐに魔力を練る。魔力が切れた訳ではないことはすぐにわかった。
なら何故魔法が出なかったのか。メイランにはわからなかった。
「…………なんだ? 間接的にでも、相手に触れてれば魔法の発動を、抑えられるのか? いや、これは……」
だがグレイ何となく理解した。《エンテイル》の先端を強く掴みながら、フラフラとメイランの方へと歩いてきた。
「うそ、そんな……。魔法は発動しなかったけど、その前の壁に激突した時は確かな手応えがあったのに」
メイランはグレイの尋常ではない体の耐久力に絶句する。
そして、グレイはそんなメイランに向かって、生意気な口調でこう返した。
「へっ。だから、言ったろ……。お前の攻撃は、効かねえ、ってな……」
グレイの不気味な笑みにメイランはこの決闘が始まってから初めて、グレイに恐怖を抱いた。