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問題児達の稀少魔術《プレミアム・レア》  作者: いけがみいるか
二章 エレメンタル・トレジャーウォーズ
42/237

炎の尻尾 2

 水泡がパチンッと音を立てながら弾けた。


 メイランはその音とほぼ同時に魔力を練り、魔法を放つ。


「《フレイム・シュート》!!」


 メイランは出現させた炎の球を右足でグレイに向かって蹴り飛ばす。先制攻撃はメイランが取った。

 迫り来る火球。だが、グレイは焦らず冷静に見極め、必要最低限の動きのみで回避する。それを見てメイランは楽しそうに溜め息を吐く


「……やっぱこんな簡単な攻撃は当たらないか。なら、使うしかないよね」


 メイランはグレイの身体能力の高さをかなり評価している。それは先日の決闘の時にも感じたことだ。

 挨拶代わりに放った魔法ではあるが、容易く避けられてしまったのはやはり少し悔しい。


 メイランの闘争本能に火が灯った。メイランは今にも飛び掛かってきそうな獣のような体勢になってグレイを睨み、己のアークの名を叫ぶ。


「行くよ! 《エンテイル》!」


 《キーワード》を認証し、メイランの背中、いや腰辺りにアークが顕現した。

 そのアークは赤い鞭のような形をしており、先端には槍の刃先のような金具が填められ、まるで生き物かのようにくねくねと動いている。それはまるで──


「……尻尾?」


 グレイは滅多に見ることのない珍しいアークを見て思わず呆ける。珍しさで言えばグレイの方が格段に上なのだが、それとこれとはまた話は別だった。


 メイランのアーク、《エンテイル》は尻尾のような形をした武器である。どことなく、鞭のような武器にも見える。メイランはその尻尾で強く地面を打つ。


 火の属性は攻撃力が高い。それはアークにも当てはまる。メイランの抉った穴はその攻撃力の高さを物語っている。


「グレイ君もアーク出したら? なんなら待っててあげるよ」

「悪いな。生憎、俺にはまだアークはないんでね。このままで構わねえよ」


 メイランの提案をグレイは嘘を吐いて蹴り捨てる。

 そもそも最初からアークを使うつもりもなく、相手がアークを使ってくることも予想をしていたグレイにとってはさして慌てることもない。

 だが、ちらりとキャサリンを見ると心配そうな表情をしていた。

 全く心配性な先生だな、とグレイは内心笑い、メイランに視線を戻す。


「ふ~ん。ま、いいけど。でも手加減しないよ?」

「望むところだ。むしろ下手に手加減なんかすんじゃねえぞ? 一瞬で終わっちまうとつまんねえからな」


 強がるグレイの虚勢にメイランは答えるように魔法を紡ぐ。


「じゃあ遠慮なく! 《ジェット・フレイム》!!」


 メイランのアークから炎が噴射され、爆発力と推進力を利用した疾走にグレイもわずかに怯む。


「お前、近接戦闘タイプかよっ!」

「そーゆーことっ!」


 勢いそのままにメイランは拳や蹴りを連続で放つ。

 右手、左足、左手、右足と畳み掛けるように繰り出される攻撃を、グレイは何とか全てをガードし対処するが、メイランは体を尻尾だけで支えており、両手両足を自在に攻撃に組み込んでくる。

 グレイも負けじと拳を放つが、メイランは尻尾をくねらせひらりと躱し、続けて再び尻尾をひねらせグレイの顔を目掛けて両足で蹴りを見舞う。


 グレイはなんとか顔面に直撃する直前に腕でガードするが、わずかに爪先が地を離れ体勢が崩れてしまい、そこをすかさずメイランは地面に四つん這いになって、自由になった尻尾を伸ばしてグレイの足を掴み取る。


「しまっ──」

「そぉ~れっ!」


 メイランはグレイをそのまま空高く放り投げる。空中では自由の効かないグレイに向かい、メイランは容赦なく魔法を放った。


「《ファイア・ブレス》!」


 尻尾から放出された炎熱を見てグレイは、これは避けられないな、と悟る。

 ここで、三流の魔術師なら集中力を乱し、魔力を練る時間が間に合わずに勝負は決しただろう。

 二流の魔術師なら《ファイア・ブレス》に匹敵する威力の魔法をぶつけて相殺、もしくはわずかでも威力を削ろうと魔法を放っただろう。

 一流の魔術師なら即座に《ファイア・ブレス》以上の魔力を発動させるか、易々と回避してみせただろう。

 だが、グレイはそのどれとも違う行動を取った。取った、といっても、一切魔力を練ることもせずにただ手を前にかざすだけである。

 常識で考えるとそんな無防備な状態で何が出来るわけでもない。炎に飲まれてそのまま負けてしまうだけだ。勝負を諦めたという、三流以下の行動でしかない。


 しかし、彼は、彼だけは魔法を使うのに魔力を練る必要がないのである。

 何故なら彼は魔術師の常識をひっくり返した『無属性』の力を宿しているのだから。


「全て等しく無に還れ。《リバース・ゼロ》」


 グレイが炎熱に手を触れた瞬間、その炎熱は一瞬のうちに掻き消えた。何かが砕ける音と共に。その音とは、魔法が砕ける音だった。


「うそっ!?」


 驚愕の表情をしながらメイランは落ちてくるグレイを見上げる。

 難なく着地し、わずかについた埃を叩き落としながらグレイがメイランの方を向く。


「やるな。流石、序列三位は伊達じゃないってとこか」

「ふ、ふふ。それはグレイ君もじゃない? 噂には聞いてたけど、実際見てみると本当にびっくりするね……」


 今自分が魔術師の常識を打ち破るようなことを仕出かしたにも関わらず、グレイはさも当然のように泰然としている。

 メイランも、その信じられない光景を見て呆気に取られたが、すぐに気持ちを切り替える。


「なんだか、久しぶりにゾクゾクするくらい燃えてきたよ」

「寒いのか暑いのかわからん表現だな」


 グレイは構えなおしながら軽口を飛ばす。メイランは返答代わりにその場で回転する。


 グレイは、ほぼ無意識で右腕を顔の横に構えた。次の瞬間、その構えた腕に強烈な衝撃が走り、グレイはそのまま横に飛ばされる。

 腕に走った激痛に顔を歪めながらもグレイはその衝撃の正体を見る。それは、メイランの尻尾であった。

 しかし、グレイとメイランとの距離は五メートルは開いていた。よほど攻撃が届く範囲では無かった。

 だが、その攻撃は的確にグレイの顔面に向かってきた。グレイは研ぎ澄まされた第六感と言ってもいいような直感を発揮してガードに成功したが、その直感がなければ流石のグレイでも今の一発で倒されたであろう、とグレイ自身そう感じた。

 そして、メイランは隙を与える間もなく追撃する。横の回転から縦の回転に切り替わり、今度はグレイの頭上から鮮烈な一撃が降り下ろされる。


 グレイは腕を交差させてその攻撃を受けるが、衝撃はさっきよりも大きく、たまらず膝を折る。メイランはここに更に追撃として、尻尾の先端から炎熱を放つ。


「今度こそ食らえ! 《ファイア・ブレス》!!」


 先程は掻き消された炎熱だが、今度は掻き消されることなく、確実に超至近距離でグレイに直撃した。

 グレイの姿は炎に飲まれて見えなくなる。だが、炎の中にいるということだけははっきりとわかった。


 その光景を見て観客席からは割れんばかりの歓声が上がり、審判をする二人の講師が、片方は勝ち誇ったような表情を、もう片方は心配そうな表情をしている。

 そしてメイラン自身も自分の勝利を確信し、観客席に向かって手を振った。


「あっぶねぇ……」


 だが、その確信は一瞬で打ち消された。歓声に紛れて聞き取り辛くはあったが、確かに小さな声だがグレイの声がメイランの耳に届いた。


 解けかけていた意識を瞬時に戦場へと戻し、メイランはグレイを飲み込んだはずの炎を凝視する。

 やがて炎が消え、グレイの姿がはっきりと確認出来た。


 いや。それはすこしばかり誤りであった。グレイの姿は確かに見える。だが、何故かその姿は霞がかかったかのようにボヤけていた。


 だが、気付けば、次の瞬間にはその霞のようなものはなくなっており、今度こそグレイの姿がはっきりと確認出来るようになった。


 そして、その姿を見て驚愕する。


 グレイは尻尾の攻撃を受け止めた両腕をプラプラと振っている。先程のダメージがまだ残っているのだろうことは見て取れる。


 アークによる攻撃を、アーク無しの生身でまともに受け止めておきながらも、まだどこか余裕のありそうなところにも驚きだが、メイランはそれ以上に今のグレイの姿に疑問を感じずにはいられなかった。


 グレイは確かに《ファイア・ブレス》の直撃を受けた。それはメイランも、観客席にいる全員も、審判である講師二人も確認したことである。

 事実グレイはその炎の消えた跡から現れた。何の疑う余地もなく、超至近距離の炎熱はグレイに直撃したのだ。


 にも関わらず、グレイの服や髪には炎を受けたにも関わらず、焦げの一つもついておらず、火傷の一つも負っていなかったのだった。


「信じ、られない……」


 そう小声をこぼすメイランに向かって、グレイは生意気な顔で言い放つ。


「この程度の攻撃、俺には効かねえよ」


 そして、グレイの眠たげな眼をしながら、小さくあくびをもらした。

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