炎の尻尾 1
第9話
「それで、メイランさんと決闘をすることになった、と?」
「そうっすね。いい経験になるとも思いましたし」
「確かに……そうですね。今回は喧嘩ではなく腕試しということみたいですし、承認は簡単に得られると思いますよ」
グレイはキャサリンのお説教の後にメイランと決闘することになったのを伝えた。
「ですが、グレイ君。あなた、アークはどうするつもりなんですか?」
「あぁ。いえ、勿論使いませんよ。こんなところで《ミュウ》のことを見せるつもりはないですから。なぁ、ミュウ」
「はい。マスターが決めたなら、わたしはそれに従います」
ミュウと呼ばれたその少女はグレイの隣の席に座りながら小さな口でパンをかじっていた。
背丈は低く、幼い顔立ちで、肩にかかるくらいの灰色の髪、眠たげな灰色の瞳を持つ、グレイに瓜二つなこの少女の正体は、グレイの魔法武器なのである。
しかし、アークとは本来武器の形をしているはずであり、ミュウのように人型のアークは現在、そのミュウの他には一切確認されていない。
つまり、ミュウという存在は未知であり謎の塊である。故にグレイは極力彼女のことを人目に晒さないようにしている。
そして彼女のことを知っている《プレミアム》の三人とキャサリン以外の者達にはミュウは『グレイの妹』だと認知させている。
だが、ミュウの正体はいずれは必ずバレることでもある。ならそれを最大限に利用出来る時まで隠し通す。そう決めていた。
だから今回のお遊びの決闘程度でアークを、ミュウを使うつもりはグレイには全くなかった。
「そうですか。でも向こうはアークを使ってくるかもしれませんよ? その時はどうするんですか?」
そう心配するキャサリンだが、グレイはそれでも別に構わない、ミュウは絶対に使わないと言った。
「なによ、随分と余裕ね。それで負けたりしたら盛大に笑ってやるわ」
「そして盛大に馬鹿にしてやるぜ。期待してな」
「そんな期待はしねえよ。応援をしろよこの野郎」
エルシアとアシュラの冷たい声援に半目で睨みながら答えるグレイ。ミュウはパンを食べ終えて眠くなったのか、グレイの中へと戻っていった。
アークとは魔術師の体の中にある魔力中枢と同化し、アークの名、《キーワード》を呼ぶと自在に出し入れ出来るようになっている。
だが、ミュウはミュウ自身の意思で出たり入ったり出来るようだ。その点もまた、他のアークと違っている。
エルシアは無類の可愛いもの好きでミュウのことを溺愛しているため、少し残念そうな顔をしたが、すぐに表情を改める。
「こほん。それで、何か作戦とか考えてるわけ?」
「いや。行き当たりばったりだけど?」
「おいおいそんなんで大丈夫なのかよ……」
アシュラはやれやれと肩をすくめた。だが、グレイは実戦はいつもそうだからな、と平然と言い返した。
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それからしばらくして授業終了のチャイムが鳴る。
すると教室の外からドタドタと足音が聞こえてきた。
「やぁやぁグレイ君! 早速で悪いけど決闘は六時間目に闘技場で行うんだって。さあ、早く行こうっ!」
メイランが教室の扉を開け、半分寝ていたグレイの手を引っ張る。
「ふぁ? って、ちょ、まっ、いて! 引っ張んなっての!」
あっという間にグレイを連れ去っていってしまったメイラン。エルシアやアシュラは机に座ったままその光景をぽかーんと口を開けながら見つめることしか出来なかった。
「す、すごい勢いでしたね……」
キャサリンが苦笑いしながら黒板の文字を消しながらエルシア達に話を振る。
「そういやあの子、純粋にグレイと戦ってみたかったとも言ってたな。あれは嘘でも何でもなかったってわけか」
アシュラが一人納得している隣でエルシアはようやく我に返る。
「あっ、ちょ、あんた達、少し待ちなさいよおおお!」
エルシアは即座に立ち上がり、すごい形相で教室を走り去っていった。
二人、教室においてけぼりになってしまったアシュラとキャサリンは互いに顔を見合わせ苦笑いしながらゆっくりその後を追いかけるのであった。
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闘技場は四つの校舎の中央に存在し、中央塔から南の位置に存在する。ちなみに旧校舎は中央塔から北側にあるので、闘技場までは少し歩かなければならない。
その道のりを走り抜けて闘技場に到着したメイランは引っ張り回されて目を回していたグレイを振り返る。
「あれ? 大丈夫? めちゃくちゃフラフラしてるけど」
「あ、あぁ。なんとか大丈夫だよ。あと、一応言うが、これお前のせいだからな」
グレイは膝に手を置き、息を整える。
そしてゆっくり周りを見渡すと、観客席には赤い制服を着た《イフリート》の生徒が何人か現れ始め、その数は少しずつ増えていく。
だが、確認出来るのは一年生だけだ。そのため観客席はガラガラだった。不思議に思ったグレイはメイランに視線を戻す。
「この前と違って今日は随分と客が少ないんだな」
「そりゃね。君がこの前ギャバル君達と戦った時は皆が《プレミアム》の力を見たかったからだと思うし、君達が決闘をするってことを学院長が全クラスに放送したからだと思うよ。だから、今回のお客さんはボクら一年の《イフリート》だけってこと。それに他の皆だって授業があるんだしね」
そう言ってメイランは観客席を見渡す。それに吊られてグレイももう一度観客席を見渡す。
すると、視界の先にエルシアとアシュラの姿があった。相変わらず彼らの周りには誰も座っていない。その二人もわずかに間を開けて座っている辺り、あの二人自身も相変わらずだな、と苦笑する。
そこにキャサリンがグレイの元へと小走りでやって来た。
「グレイ君」
「あ、キャシーちゃん。何でここに? 審判でもやるんですか?」
「そうですよ。決闘の承認は一人以上でも出来ますが、通常は安全のために審判は二人は最低でも必要なんですから」
キャサリンは手を腰に当て、軽くお説教するような口調でグレイに決闘のシステムの補足説明をする。
キャサリンの言う通り、決闘を行う際は講師が二人、審判としてその場に立ち会う必要がある。勿論生徒の安全のための処置であり、それと同時に公平を示すためでもある。クラス対抗ともなると、片方だけの審判だと不正が起こってしまう可能性を否定しきれないからである。
今回審判をするのはキャサリンと、《イフリート》の講師。
彼は先程、《プレミアム》の教室に来たあの講師である。
「気のせいか、キャシーちゃん。あの先生にすっげえ睨まれてね?」
「……ま、まあ、好かれる要素は微塵も無かったですからね……」
肩を落としながらトホホと呟くキャサリン。
確かに。とグレイは頷き、そのグレイの顔に水飛沫を浴びせた後、キャサリンはグレイとメイランの間に立つ。
「では、両者整列してください。ではまず確認です。今回の決闘は両者同意の元で行われる正当なものである。間違いないですね?」
グレイとメイランは同時に頷く。
「結構。では、《イフリート》は勝利した際に何を望みますか?」
「ん~。特に何も。ボクの目的は既に達成したようなもんだし」
「そう、ですか。なら《プレミアム》は?」
「別にないっす」
「……親善試合、ということですね。それもいいでしょう。では、両者。順に名乗りを上げなさい」
グレイはメイランに先に名乗るように視線で合図を送る。メイランはニヤリと笑い名乗りを上げた。
「《イフリート》序列三位。メイラン=アプリコット!」
グレイはその名乗りを聞き密かに安堵した。
序列三位というのが偽りではないことに。グレイはメイランの名乗りを終えた後、自分もニヤリと笑い返しながら名乗りを上げる。
「《プレミアム》無属性 序列一位。グレイ=ノーヴァス」
グレイが名乗りを終え、一気に周囲の空気が変わる。ピリピリとする緊張感。グレイはとっくに慣れたものではあるが、だからといって油断はしない。
眠たげな瞳に強い光を宿しながらメイランを見る。そして、同じようにメイランもグレイを見つめる。
「では、両者。正々堂々と試合なさい。決闘、開始ですっ!」
キャサリンが水泡を宙へと放ち、数秒後にパチンッと弾けた。
それが、決闘開始の合図となった。