《プレミアム》と《イフリート》 5
「なに? 何でその子まだ着いてきてんの?」
「そりゃ、グレイが口説き落としたに決まって──ごめんなさい。フォークをこちらに向けるのはやめてください」
アシュラの冗談にマジ切れするエルシアは無言のままフォークをアシュラの目の前にまで突き出していた。
冷や汗を流しながら両手を上げるアシュラにグレイは助け船を出してやる。
「何でも俺達に話があるらしい」
「話? 授業中に騒がしくするな、とか?」
エルシアもグレイと同じくメイランが何をしに教室に来たのかは薄々感付いていた。メイランも、もう驚くことはなく素直に頷く。
「確かにその話もあったけど、もう一つあるんだよ」
「なんだよ? もう一つって? あっ、俺に告白とかっ!?」
「えっ……?」
「……ごめん。なんでもない。忘れてくれ」
「う、うん……」
アシュラは小さく縮こまりながら視線を逸らす。あまりにも素で不思議そうな顔をされてしまい、ふざけたアシュラの方が恥ずかしくなったのだ。
エルシアは口を手で押さえながら笑いを堪える。
「くっそ。笑ってんなよエリー。お前がヤンデレだって言いふらすぞ!」
「しつこい男は嫌われるのよ? いや、元からだったわね」
「んだと! やんのかあぁ?!」
「嫌よ。時間の無・駄・だ・か・ら!」
エルシアとアシュラは互いにガンを飛ばしあい、グレイはそれに気を止めることなくその場を離れる。
「え? あれ、放置しておいていいの?」
「あれくらいのことは文字通り、日常茶飯事だ。いちいち手ぇ出してたらこっちの身がもたん」
グレイは食堂の列に並び、メイランもその後ろに並ぶ。
やがてそれぞれの料理が運ばれて来てそれを受け取った二人は再びエルシア達の元に帰り席につく。
「「「んん?」」」
「え? どしたの? あ、ご飯が大盛りなのが気になるの? 確かに初めて見る人には驚かれるからなぁ~」
グレイが怪訝な表情をしながらメイランを見る。今の今まで喧嘩していたエルシアとアシュラも同様にである。
メイランは自分の大食いぶりに驚かれたのかと思ったが、実際のところは違っている。
この食堂には暗黙の了解がある。それは、食堂の一番端の四人掛けの席は《プレミアム》三人専用の席だということだ。
だが、別にこれといった取り決めはなく、気付けば自然とそうなっていただけなのだが、今では食堂がどれだけ混雑していてもその席とその周り席には他の生徒が座ることはなかった。
しかし、メイランは何の躊躇いもなくその空いていた残りの席に座ったのだ。
それには《プレミアム》三人だけでなく、周りの生徒達にも動揺が走った。
メイランは周囲の空気が変わったことに気付き、ようやく理解した。
「あっ。そっか。ここ、君達専用だったね。ごめん」
「あぁ、いや。俺らは別に構わねえよ。別に指定席ってわけでもなんでもないからな」
「そうね。ただ、ふっつ~に座ったからちょっと驚いただけよ」
「むしろ女の子ならいつでもウェルカムだっての」
謝るメイランに三人はそれぞれそう返す。三人は別にそのあたりのことを気にするようなことはない。
逆に彼らが他の席に座れば文句の一つでも飛んできそうではあるが。
なので、メイラン自身が周りの目を気にしない限り、三人はメイランの同席を認めた。
「じゃ、そろそろ話とやらを聞かせてもらえるか?」
「そうだね。あっ、食べながら聞いてもらっていいよ」
そう言いながらメイランが一番最初に食べ始めたので、三人もそれぞれ昼食を食べ始める。
「それでね。話っていうか、お願いがあるんだよ」
「ふぅん。何だよ?」
「ボクと決闘して欲しい」
その発言を聞いたグレイ達の目付きが変わった。
「なるほど。敵討ちか。なら受ける必要はない──」
「あ、違う違う。ボクは別に敵討ちとか趣味じゃないし」
「へ? じゃ、じゃあ何のために?」
「う~ん。名誉回復かな? あ、でもそういう言い方じゃ敵討ちみたいな感じになっちゃうかな」
どうにも要領を得ない話だったが、説明がめんどくさくなったのか、メイランがとにかく、と前置きしてからこう言った。
「ボクはただ単純に君達と戦ってみたい。君達の実力を目の前で見てみたいんだよ」
「「「やだ」」」
「……と、言うと思ってたよ。なら、そうだな。勝ったらボクを一日好きにしていいってのは?」
「俺がやろう!!」
「黙ってなさいっ!」
「いっで?!」
身を乗り出すアシュラの手をグーで殴るエルシアはメイランに問う。
「で、実際の目的は何なの?」
「目的? ボクの目的は言ったでしょ?」
「貴女のじゃないわ。《イフリート》としての目的は何なのか聞いたのよ」
メイランは一瞬驚き、観念したように愚痴をこぼす。
「いや、それがさぁ~。ボクの友達が最近ぎゃいぎゃいうるさいんだよね。《イフリート》の誇りがうんたらかんたらって。それでとうとう乗り込む~とか言い出しちゃって。それで代わりにボクが行くってことを言っちゃってね」
「へえ、大変だな」
「そいつ、絶対ツンデレだぜ。経験でわかる」
「そんな経験したことないでしょうが」
「いや、ツンデレなのは正解だよ」
ほら見てみろと、アシュラがどや顔をし、その顔を叩くエルシア。そしてそんな二人を無視しながらグレイが代わって問いかける。
「で、それで何でお前と決闘する、なんて話になるんだ? それに俺達にメリットが無い限り、決闘なんか受けねえし、そんな自分の身を差し出すような条件だと講師が決闘を認めないぞ」
決闘、とはこの学院での様々な揉め事を解決させるために学院が推奨しているものである。
魔術師は基本実力主義だ。そして我が強い。
どちらも一切引かない状況であれば、もう会話による和解が出来なくなることも少なくない。
故に争いを公平に収めるべく、決闘にて自分の実力を持って意見を押し通すことがある。
しかし、ミスリル魔法学院では決闘する両者の合意と講師一人以上の承認が必要となる。例え決闘する両者がどれだけ言おうとも、講師が許可しなければ決闘を行うことは出来ない。もし、承認無しに決闘を行えば罰を受ける。
問題児と呼ばれる三人はその罰を知っている。彼ら曰く、出来る限りもう二度と罰を受けたくはない。と語っている。
強がっていたが、その時の三人は死にそうな顔をしていた。
と、そんなことがあったので、決闘に対しては慎重になるのである。
「そだね。今のは冗談。本当はボク個人のため。あと、君達のためでもある」
「と、言うと?」
「ボクは最近のクラスのピリピリした雰囲気が嫌。君達も《イフリート》からちょっかい受けるのはごめんでしょ? だからここでボクと決闘して全部一気に解決しようということだよ」
「そんなことできんのかよ」
アシュラが肉を頬張りながら聞く。
「ボクはこれでも《イフリート》の序列三位だからね。だからボクが勝ったら《イフリート》の面目は回復する。もし負けたとしても三位のボクをも倒せるくらいに君達が強いなら、三人に変なちょっかいをかけようとするのはやめると思うんだ。なんならちょっかい出そうとする子達をボクが蹴散らしてもいい」
そのメイランの言葉を聞き、グレイ達は少し意外な印象を受けた。
まず、彼女が見た目や雰囲気とは裏腹に《イフリート》の序列三位という実力者であるということ。
そして何よりも、彼女は勝敗に全くこだわっていない。それに《イフリート》のことだけでなく《プレミアム》のことも気にかけている。
極めつけにこちらに降りかかるであろう面倒事を代わりに引き受けるとすら言い出した。
属性主義者の多いこの時世に珍しい性格をしているメイランを見て三人は少々警戒する。が、グレイがふぅ、と息を吐く。
「いいぜ。俺が受けてたってやるよ、その決闘」
「えっ?」
「おぉ! ありがと~。助かるよ」
慌てるエルシアをよそにメイランは笑顔でグレイの手を握る。
「実を言うとボクは三人の中でも、特に君と戦ってみたかったんだよ。それじゃ、ボクが講師の人に手配してもらうから色々と決まったら連絡するね!」
「あぁ、よろしく」
「ちょっ、グレイ! ちょっとこっち来なさい!」
エルシアはグレイの腕を引っ張り、メイランから少し離れた場所に連れていき小声で話しかける。
「……どういうこと? 何で今の決闘を受けることにしたのよ?」
「別に。深い意味はねえよ」
「なんだグレイ。あの子に惚れたのか?」
そこにいつの間に近くまで寄ってきていたのか、アシュラがくだらないちゃちゃを入れる。そしてエルシアはそれを間に受ける。
「なっ!? そうなのグレイッ!?」
「違うっての。ただ単に体を動かしたいと思ってたからな」
グレイは先程メイランに握られていた手を見ながら握ったり開いたりする。
グレイ達はいつもなら旧校舎にある魔法練習場で戦闘訓練をする。しかし、今はその練習場はとある事情で半壊状態になっており、今は絶賛修復中なのである。
そのせいでグレイ達はここ一週間まともに訓練していないのである。
「それに序列三位の力を見てみたいってのもあったしな」
グレイはそう言って適当にあしらいながら小さくあくびをし、席に戻る。
「ところで、お前、こんなゆっくりしてていいのか?」
「あっ、ボク? 何?」
「いや……。もう昼休み終わってるぞ?」
「…………へっ?」
メイランは恐る恐る時計を見る。時計は午後の授業が始まってから十分経っていた。
「え? ええええっ!? 嘘っ!? 何で!? っていうか、君達は何でそんな余裕なの!?」
「余裕ってか、いつものことだし、な?」
「そうね」
「そうだな」
「なるほど。君達が問題児だと言われる所以がわかった気がするよ! うわあああん遅刻だぁぁ!!」
メイランは食器もほったらかしにして走って旧校舎へと戻っていった。
「大変だな~」
「まるで他人事ね」
「事実他人事だけどな」
そして問題児三人はゆっくり食後のお茶を飲んでから旧校舎へと帰っていった。
勿論キャサリンからのお説教がお約束のように飛んできた。