表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
問題児達の稀少魔術《プレミアム・レア》  作者: いけがみいるか
二章 エレメンタル・トレジャーウォーズ
38/237

《プレミアム》と《イフリート》 3

「ごめんなさいごめんなさい。すぐに静かにさせますので! どうか、この通りです~!」

「はぁ。わかりました。ですが、頼みますよ。うちのクラスの迷惑になるようなことはこれっきりにしてください」


 《イフリート》の講師は苛立ちながら、ペコペコと謝るキャサリンを見下(みお)ろす。これはキャサリンは背丈が低いので、別に見下(みくだ)そうという意図があるわけではない。


 しかし、その口の聞き方と態度に少しムカついたアシュラは鼻で笑いながら机の上に立ち、《イフリート》の講師を正しい意味で見下(みくだ)した。


「おいおい。こちとら俺らの好きにしていいと学院から直々にお達しのあるこの旧校舎をわざわざ、俺達の善意で、お前らなんかに貸してやってるんだぜ? あんまり偉そうにしないでもらえますかぁ~?」


 アシュラの言う通り、ここ旧校舎は《プレミアム》専用の校舎となっている。とは、言っても一棟しかないのだが、それでも教室は余りまくっているので、《イフリート》のクラスの者達が間借りしているのであった。

 そして、《イフリート》のクラスの者が何故その旧校舎にいるのかというと、少し複雑な事情があった。


 一週間前。ミスリル魔法学院に魔獣が侵入するという事件が発生したのである。

 侵入した魔獣はアルゴ・リザードと呼称されており、火の魔力を持っている巨大なトカゲである。

 魔獣の強さはF~Sまであり、あまり公にはなっていないが、Sランク以上の魔獣も存在している、とされている。そして、件のアルゴ・リザードはAランクであり、かなりの生徒と講師が怪我を負った。死者や重傷者が出なかったのは、(ひとえ)に講師達の尽力のおかげである。

 そしてその際にアルゴ・リザードが《イフリート》の校舎を破壊したのである。全損したわけではないが、修繕には少し時間がかかるとのことで、その間、《イフリート》の生徒はそれぞれ他の校舎の教室を借りることになった。

 そして旧校舎には《イフリート》の一年生があてがわれた。


 つまり、言い方は少しおかしいかもしれないが、《イフリート》はこの旧校舎においては異端なのだ。遠慮こそすれ、偉そうにされる筋合いはない。


 と、アシュラは思っていたが、余りにも口の聞き方がなっていないアシュラにキャサリンは問答無用で魔法を放つ。


「《バブル・シュート》!!」

「ごばぼっ!?」


 キャサリンがぶん投げた水泡に頭を覆われたアシュラ。しかもその水泡の中にも水が充満しており、アシュラは慌てる。

 そしてキャサリンはまたすぐに《イフリート》の講師の方を振り向かって何度も頭を下げる。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ! これからはもっと静かにさせますから今日はこの辺で許してあげてください!」

「わ、わかりました! それでいいですから早くドルトローゼ君の魔法を解いて! 彼、溺れてますよ!! 静かになるどころか、永遠に静まりかえってしまいますよ!?」


 先程までの怒りはどこへやら。講師はどんどん顔色が悪くなるアシュラを見て慌ててキャサリンに魔法を解くように訴える。


 キャサリンもようやくアシュラの異変に気付き魔法を解く。ぶはっ! と大きく咳き込み息を吸うアシュラ。何とか生きているようだ。

 講師二人は大きく安堵の息を漏らし、《イフリート》の講師はかなり疲れた顔をしながら教室へと戻っていった。


~~~


「げほっ! ごほっ! おええ……。はぁはぁはぁ……り、陸上で溺死しかけるとは、思わなかったわ……」

「ご、ごめんなさい。流石にやり過ぎました」


 ようやく水泡から解放されたアシュラは本気で走馬灯を見そうになっていたことに恐怖を覚えながら大量に新鮮な空気を吸い込んでいた。

 最悪、魔力を大量に放出して振り払うことも出来たが、そうなると片付けが面倒なのであった。

 そんなアシュラの無事を知り、エルシアは小さく舌打ちした。


「あっ、てめえ! 今、舌打ちしたな。この白髪(しらが)ヤンデレ娘がっ!!」

「うるさい、このがんぐろ変態男。私はツンデレでもヤンデレでもないっての!」

「じゃあ何デレなんだよ?」

「だ~か~ら~! 私は誰にもデレてないって言ってんでしょうがっ!」


 またもやくだらない喧嘩が始まりそうになり、キャサリンが笑顔で止めに入る。

 その両手には先程アシュラの息の根を止めそうになった水泡を発動させていた。


「今度うるさくしたら両成敗です」

「「は、はい……すみませんでした」」


 アシュラは先程のトラウマがよみがえり、エルシアはそのアシュラの惨劇を見ていたので二人ともおとなしくなった。


「全く。二人はいつもいつも喧嘩ばっかりしますね。少しはグレイ君を見習って静かに勉強に励んだらどうなんですか?」


 そう言ってキャサリンは先程から一言も無駄口を叩くことなく椅子に座って、黒板の方を向いている生徒、グレイを指差す。


 だが、エルシアとアシュラはやや苦笑した。


「なあエリー。まさかキャシーちゃん、あれにマジで気付いてねえのかな?」

「でしょうね。あの顔は気付いてない人の顔だわ」


 何故二人がそんな微妙な反応をするのか全く理解出来ていないキャサリン。

 エルシアとアシュラは顔を見合わせ、代表してエルシアが話し始める。


「あの、キャシー先生。グレイの顔をよ~く見てみてください」

「へ? な、何なんですか一体……?」


 キャサリンは怪訝そうな顔をしながらエルシアに言われた通り、グレイを見る。

 くすんだ灰色の髪と、それと同じ色の瞳が瞬きすることなく黒板を見つめ続けている。


 そこでキャサリンは違和感に気付く。そして表情もだんだん険しくなっていく。

 そう。今、グレイは瞬きを一切していないのだ。ただの一度もである。

 しかし、グレイも人間である以上そんなことはあり得ない。


 キャサリンは訝しげに顔を近付ける。普通ならそこでグレイから何らかの反応があって然るべきなのだが、それすらない。

 そして、とうとう気付いた。グレイの顔をよく見ると、彼の瞼は閉じられていた。その瞼の裏にはグレイの瞳と同じ色の目の形をしたシールが貼られていたのだった。しかも地味にクオリティが高い。


 それはつまり。グレイは先程の騒動の時も、いやそれよりもっとずっと前からこのような小細工をして眠っていたのだということを表している。

 耳を澄ませればグレイの規則正しい寝息が聞こえてきた。しかし、姿勢は正しくピシッとしているのでなんだか無駄に腹立たしく感じる。


 ──プツンッ!


 エルシアとアシュラは何かが切れる音を聞いた。ような気がした。


「ふ、ふふふふふふふふ。うおあああっ!! 《アクア・スパイラル》ぅぅぅ!!」

「ぎゃああああっ!?」

「いやああああっ!?」

「ごぼああああっ!?」


 怒りのままに放った渦潮が四人しかいない無駄に広い教室で、無意味に置かれた机や椅子を巻き込みながら、問題児三人を飲み込み荒れ狂う。


 それは、騒ぎを聞きつけ再びさっきの《イフリート》の講師が教室にやって来るまで続いた。


 そしてこれは余談だが、扉を開けた瞬間にその講師も水と机のダブルパンチを受け、軽い怪我を負ったりしていた。


~~~


 時を同じくして。旧校舎の二階にある仮の《イフリート》の教室。

 そこには赤い制服を着た生徒達の多くが、階下から聞こえてくる喧騒に苛立ちを覚えていた。


「ああああっ!! うるっさあああい! 何なのよ《プレミアム》の奴等! 喧嘩売ってんの!?」

「まあまあ落ち着きなってぇ~。どうせ今は自習時間なんだし~」


 そんな中、頭をかきむしりながら怒りの形相で立ち上がる一人の少女を、やる気のない声でなだめる少女がいた。


 彼女達はこの《イフリート》のクラスで上位四人に入る実力者である。

 そんな二人の近くに座っていた少年が怒り狂う少女に優しく諭す。


「まあまあ。今は俺達が旧校舎を借りてる身なんだから、少しくらいは我慢しろよ」

「少しっ!? この水が逆巻くような轟音が少しですって!? あり得ないでしょ!! これならまだ《イフリート》校舎の工事現場の騒音の方がマシよ!」


 それは皮肉にもまさにその通りであり、《イフリート》校舎はもうほとんど修繕されていた。今なら確かに今の旧校舎よりは静かで快適だろう。

 だが、勿論まだ工事中の看板は下がらない。だからあと数日は旧校舎にいなければならないのだ。


「そんなの……耐えられないわ。それに、あいつらには借り(・ ・)もあるのよ! こうなったらアタシが直接──」

「わ~かったわかった。ならボクが行ってくるよ」

「へ? それ、どういうことよ?」


 少女は一瞬怒りを忘れ、立ち上がった少女をキョトンと見る。


「だから、ボクが行って話をしてくる。それでいいでしょ?」

「それで何であんたなのよ」

「このクラスで一番属性に頓着がないからだよ~」


 おちゃらけながらも事実を述べる少女は、近くに座る少年に話を振る。


「ってことで、いいよね? 代表」

「ああ。頼むよ」

「あいあい。じゃ、次の休み時間にちょっくら行ってきますよっと」


 そうクラスメイト達に告げてこの場を収め、教室に立ち込めていた怒りの雰囲気を鎮めた少女──メイラン=アプリコットは、はてさてどうしようかなと一人頭を悩ませるのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ