《プレミアム》と《イフリート》 1
第8話
「そうか。今回の任務、ご苦労だったな。それで、だ。早速次の任務なんだが──」
「嫌です。お断りします。断固として」
「内容は──って、おい! 即答かよ! だがまあ、お前も今帰ったばっかだしな。仕方ねえ、他の奴探すか。いや、実は今、ミスリル魔法学院からの急な依頼が来ててな──」
「やっぱりやりますっ!!」
とある組織のとある一室。体付きの大きな中年の男が、その体に合わせて特別に作らせた大きな椅子に座りながらミスリル魔法学院から届いた依頼について話をしようとしたのだが、まだ何の説明もしていないのに彼の前に立っていた若い女が最初は断固拒否する態度だったにも関わらず、次の瞬間には手のひらを返したように、普段は決してしない敬礼をしながら声を張り上げてそう言った。
「……おい。俺、まだ何も説明してないだろうが。そんなんで軽々しくやるなんて言うなっての」
「じゃ、さっさと説明したらどうなんですか?」
「それを遮ったのお前だよね?! しかも二度も。と言うか、お前俺の部下だよね? 毎日のように言ってるけど、その口の聞き方どうにかなんねえの?」
「お言葉を返すようで申し訳ありませんが、私も毎日のように言ってますよね? やだ、って」
男は大きく溜め息を吐く。全くもって他の部下に示しがつかない。彼女が自分の副官であるからまだ許されているが、威厳も何もあったものではない。
「はあ。やっぱお前に言うんじゃなかったなぁ……」
「何言ってるんですか。私以外に適任がいるとでも?」
「いや。いると思うよ? むしろお前が適任なのかどうか怪しいとすら思うよ俺は」
とは言うものの、男は実力の点だけを見れば彼女以上に適任はいないと内心では思っていた。故に彼女に話を持ちかけたわけだが。
だが、やっぱり他の部分が致命的なのでやめておいた方がいいかな、なんて思い始めてもいた。
「この依頼、お前に務まるのかねぇ……」
「ま、《閻魔》が関わってるんですし、務まるのは私くらいでしょう。まさか隊長が自ら行くわけにもいかないでしょうし」
さらりと言う彼女の言葉を聞き、男は彼女を半目で見る。
「……なんだ。内容知ってたのか?」
「知ってた、というよりかは、推理しただけですけど」
これだからこいつは面倒なんだ、と男は更に溜め息を吐く。
優秀な部分も多く存在する彼女は、依頼の内容を聞くまでもなく大体を把握していた。
下手に優秀過ぎると扱いに困る。と内心ぼやく男。上司に対する口の聞き方も知らない彼女が副官などという重要な役職に就いているのもそういった理由からだった。
「それで、期間は?」
「未定だ。が、《閻魔》を潰せりゃすぐにも終わるだろうよ」
男は皮肉を口にする。そんなこと、一日や二日で出来ることではなかった。それどころかもう既に何十年も暗躍し続けているのだから。
この《閻魔》とは、魔法を犯罪に使う集団の名前だ。だが、何故そんな犯罪組織と学院が結び付くのか。
というのも先日。件のミスリル魔法学院でその《閻魔》による襲撃事件が発生したのである。
魔力を持つ獣、魔獣を学院内に放ち、混乱の最中に生徒達に危害を加えようと画策したのだ。
だが、幸いなことに大きな被害はなく、講師達のみで魔獣や襲撃者を撃退し、被害と言えば校舎が少し破壊され、重軽傷者も数人出しただけでこの事件を解決させた。
その怪我人の中にも命に別状があるような者はおらず、流石は名門校に籍を置く魔術師である、というところを見せ付けていた。
「でもやはり、念には念を入れて。ということなんだろう。引き受けてくれるか?」
「むしろ隊長こそ、私に行かせていいんですか? 私は喜んで行きますけど、私が抜けてこっちは大丈夫なんですか?」
「お前くらいいなくても余裕じゃ、ボケ」
シッシッ、と虫を払うように手を振る上司を半目で見下しながら彼女は上司の手から依頼書を受けとり、内容を確認する。
そこには自分の予想していた内容とは別にもう一つ、こちらは予想していなかったことが書かれていた。
「ははぁ~。なるほど。適任云々と渋ってた理由はこれのことですか」
「あぁ。な? お前にゃ無理だろ?」
「は? 何言ってんですか? 余裕ですよバ~カ」
「だから、俺、上司!」
やや切れ気味になる男を軽くスルーし、彼女は依頼書にくまなく目を通す。
「……はい。了解しました~。では早速現地に向かいま~す」
「あっ、ちょっ、待て! ついでにアレをあいつに──」
男の制止も聞かず部屋を出ていく彼女の背を見て、またもや大きく溜め息を吐く。
彼女と話すだけでこの様だ。彼女に絡まれたら男はストレスで禿げるかもしれないと本気で思う。
だからミスリル魔法学院にいる、とある一人の少年のことを思い浮かべながら、男は心の中でその者に詫びた。
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依頼書を握り締めながら廊下を早歩きで進む彼女の目はキラキラと輝いていた。
最近はめっきり連絡も寄越さなくなった彼にようやく会えると思うと心が踊る。彼女自身も最近は仕事に忙殺されていたので、その思いは計り知れない。
ミスリル魔法学院と聞いただけで任務の内容すら聞かずに即決したのはそれが理由である。
「にゅっふっふ。待ってろよ~。れーく~ん」
ニヤニヤと笑いながら歩く彼女を道行く他の隊員はやや引き気味に見つめてきたが、彼女はその視線に全く気付いてはおらず、頭の中では「れーくん」と呼ばれた者との感動の再会という妄想を抱きながら弾む心を膨らませていた。