問題児の集う場所 5
──世界は魔素に満ちている。
そして魔素とは魔術師、魔獣、魔道具、魔鉱石、魔法薬物、ありとあらゆる魔力を宿すモノにおいて必要不可欠な物であり、それらの中にある魔力中枢に魔力を貯め、その魔力を外に放出すること。それが所謂魔法である。
その魔法はかつてこの世に存在したとされており、世界に魔力が満ちる要因となった四大精霊、《サラマンダー》《ウンディーネ》《シルフ》《ノーム》の宿していた火、水、風、土の四属性とされている。
しかし、稀に光、闇といった特殊な魔力も確認された。
──と、そこまでは魔法を学んだ者にとっては常識の話である。
だが、疑問に思わないだろうか。我々魔術師は心の目で、魔力の色を見分けることが出来る。
火なら赤、水なら青、風なら緑、土なら黄、光なら白、闇なら黒、と。
これもまた常識であり今更語る必要もないことであるが、しかし、私はここで問いたい。
世界に満ちている魔素とは、一体何の属性を帯びているのか、と。
属性主義者や差別者なら自身の宿した魔力と同じ属性だ、と答えるだろう。
普通の魔術師なら、そんなこと気にも留めないだろう。
魔法研究者ならそれぞれの持論を語るだろう。
ある学者はこう言った。四属性全てを混ぜ合わせたら色が見えなくなるのではないかと。
またある研究者はこう語った。大気に満ちているというのは偽りで、魔力中枢から魔力が生成されているのではないかと。
だが、そのどちらでもなかった。
現在では、魔素の濃度が薄すぎて色を確認できないのではないか、という説が一番広く伝わっている。だが、事実かどうかはわからない。
そう。魔術師は魔力を使い、魔法を発動させるくせに、大気に漂う魔素の色を認識出来ないのである。つまり、よく知らないものを、適当に使っているということである。
そんな謎を抱きつつも放置しながら、魔法世界は発展していった。
だが、ここに一つ新たな仮説が生まれた。
この世に満ちる魔素とは『色が薄くて見えない』のではなく『そもそも見ることが出来ない無色透明』なのではないのかと。
つまり、この世に満ちる魔素とは全て無属性なのではないのかということだ。
ここで私は一つの持論を述べることとしよう。
魔術師は、魔獣も、魔素を体内にある魔力中枢に集めて魔力に変換する。
そこで無属性の魔素をそれぞれの属性の魔力に染めるのではないか。
この過程を魔力生成と仮に表現するとしよう。
もうひとつとして、まず魔法を風船として例えてみる。大、中、小の風船。大きさは魔法の階級を表している。
その風船に空気、つまり魔力を貯めることを、魔力を練ると仮に表現する。
練り方が弱ければ風船は膨らまず、つまり魔法の威力も弱くなる。膨らませ過ぎたら自爆する。
成長すれば、もしくは薬物を使えば風船の強度、全体の大きさも変わっていき、小さな風船でも高威力を出せるようになるだろう。
そして、風船の空気穴を塞ぐ。そうすれば魔法が発動する、ということだ。
《リバース・ゼロ》が発動した際に響く破砕音はその風船が割れた音である。とすればあの謎の破砕音の説明もつく。
と、言っても風船の割れるような音ではないので、風船を魔法陣と置き換えれば、わかりやすいかもしれない。
そしてその風船──魔法陣に込められていた魔力を無色の魔素へと戻し、無属性のアークである《空虚なる魔導書》がそれを吸収する。
無属性魔法には魔法陣がない。だから魔力を練る必要もなく疲労も少ない。
そして魔力中枢で魔力に色を付ける行程も不要なので、魔力切れの後に魔力回復する時間が他より短い。
と、こう説明できる。
こう言ってしまうと無属性魔法がとても有能なように聞こえてくる。
だが、欠点として、魔法の数が圧倒的に少ないことが挙げられる。
一つは《リバース・ゼロ》。
魔法を無色の魔力へと戻す魔法。
火、水、風、土、光、闇。その全ての魔法を無効化させることが可能。しかし、両手足のどこか一部分にしか発動できない。
もう一つは《ミラージュ・ゼロ》
体を透過させる魔法。
ありとあらゆる物を透過させることが可能。しかし、この魔法を発動している間は他の魔法を使えず、体を動かすことが出来ない。
現在確認されている無属性魔法はこの二つだけである。
だが、《空虚なる魔導書》の力があれば、無属性魔法を無限に精製することが可能であることが判明した。
時間はかかるだろうが、いずれどんどん無属性魔法は増えていくだろう。
故に俺はこう結論付ける。
無属性を持つ俺こそ、この世で最強である──
~~~
「「う~わっ。何言ってんだか」」
「うおおおっ!? ビ、ビックリしたぁ~! お前ら勝手に人の部屋に入るなよ!」
「いや、どの口が言ってんのよ。この覗き魔」
「あ、い、いや! あれは不可抗力であって!」
「ならこれも不可抗力よ」
「くっ、言い返したいけど言い返したら自分の不利になるというこの状況……ッ!」
「ラッキースケベとは羨ましいもんだな、おい。俺の裸もちゃんと拝めたしな」
「「キモい」」
「……やめろよ。そういうこと言うの。下手すると泣いちゃうだろ」
学院魔獣襲撃事件が解決して三日目。本日は学院は休みで、明日からはまた授業が通常通り、とは流石にいかないが、再開される。
そんな中、事件の中心にいた《プレミアム》三人は、事件のことなど既に忘れたかのようにいつも通りの生活を送っていた。
「で、それはなんだよグレイ。恥ずかしいポエムでも書き綴ってんのか?」
「はぁ? 課題だよ。お前らにも出てるだろ?」
「あぁ、あの卒業までに自身の属性について書けっていうレポートね。なに? もう書いてんの? もしかしてもう卒業するの?」
エルシアはいつだったか、キャサリンが言った課題のことを思い出していた。
《プレミアム・レア》はその名の通り稀少で数が少なく未だに知らぬことが多く残っている。
だから学院は彼らにそれぞれの属性のことについて、色々と書き残して貰いたいと考え、このような課題を与えたのだ。
期間はこの学院を卒業するまでに提出しろ。とのことだ。
三人とも、学院に良いように使われている気がしないでもなかったが、特別にこの学校に入学することが出来たという理由もあって、あまり文句は言わなかった。
ただ、素直にやるとも言っていないのだが。それでも律儀にやる辺りがグレイの損な性格をよく表していた。
「確かに卒業前日に出せ、って言われてるけど、別に今書いてもいいだろ? それにこういうのは何回も書いて一番出来のいいのを作り上げるもんだろ」
「まあ、確かにそうね」
「え? そんな課題あったのか?」
アシュラは課題のことすら忘れていたようである。
「にしても、最後の一文は何よ? アシュラじゃないけど、これじゃ恥ずかしいポエムと大して変わらないわよ」
「う、うるせぇ。ふざけて書いただけだっての!」
「割と真面目にそう考えてたんじゃねえの~?」
「違うっての! てか、何しに来たんだよ?」
グレイは不利な状況を立て直すために話題を切り換えた。二人もそのことを思い出し、説明する。
「あんたが遅いからでしょ。もうそろそろ時間でしょうが」
「早くしねえと席無くなるかもな」
「いや。そもそも席なんかないでしょ。立ち見よ、立ち見」
「特等席くらいは確保しておいてもらいたいんだがな~」
エルシアとアシュラの言葉でようやくグレイも思い出す。
「あっ、悪い。集中し過ぎてた。もう時間だったんだな」
「もう出た方が良いわよね」
「だな。じゃ行こうぜ」
「そうだグレイ。ミュウちゃん呼んで」
「はいはい。《ミュウ》」
「……ふわあ。……むに。おはよう、ごじゃいましゅ……ますたー」
寝起きなのか、ミュウの滑舌が悪かったが、逆にそこに萌えたエルシアはミュウに抱きつく。
「さ、行きましょミュウちゃん」
「……どこに、ですか?」
「町よ。ミーティア。この前行ったでしょ?」
ミュウは少し考え、思い出す。また服を大量に買うのだろうか、また着せ替え人形よろしく大量の服を着せられるのだろうか。
ミュウが不安そうな顔でグレイを振り向く。グレイは苦笑しながら、その不安を取り除いてやる。
「今日ミーティアでキャシーちゃんの表彰式があるんだよ。ま、ささやかなもんだけどな」
そう。今日はヘルベアーからミーティアを救ったキャサリンの表彰式が開かれるのである。そしてそれと同時に魔術師団からも《閻魔》の幹部達を捕らえた者として表彰される。
というのも昨日、魔術師団の者が学院に訪れ、キャサリンを表彰したいと言ってきたのだ。
だが、キャサリンは断った。理由は《プレミアム》の三人が必死になって戦っていた時に自分は間に合わなかったからだ。
手柄を横取りするような真似はしたくなかった。
だが、その当事者であるグレイ達が勝手にそれを了承したのだ。
キャサリンは理由を尋ねると。
「俺達の力をあまり口外するのはねぇ……」
「それに俺らの担任が《閻魔》を倒した、ってのは俺らの自慢になるわけだし」
「キャシー先生も実際一人倒したわけですし」
と言って押しきられた。そして、とどめの一言。
「それにどうやら金一封も貰えるようですよ」
今月の給料全カットとなったキャサリンに、この誘惑を耐えられるわけがなかった。
といった経緯があり、キャサリンは既に町に向かっていた。ちなみにキャサリンは何度も一緒に壇上に上がろうと誘ってきたが、三人とも断った。一人ぶーぶー言っている姿はまるで子供そのものだった。
時計を見ると、あと三十分くらいでその表彰式開始される時刻となっていた。
「やば、早く行かねえと始まっちまうぜ」
「あぁ~もうっ。あんたのせいで!」
「悪かったって。走ればまだ間に合うだろ」
「……マスター。町についたら、起こしてください」
「「「あっ。ずるいっ!」」」
ミュウは眠気に勝てず、グレイの中に戻っていった。
三人は慌てながら玄関を出て、小走りになりながらミスリル魔法学院の校門をくぐる。
ちなみに外出の許可は得ていない。届け出すら出していない。
だが今更その程度のことを気にする問題児達ではなかった。
「なあ? どうせだから町まで競争しねえ?」
「はあ? 嫌よ。子供じゃないんだから」
「何だエリー。負けるのが怖いならそう言えば──」
「やってやるわよ!!」
「お前も充分子供だよ、エルシア……」
「オッケ決まりな。あと当然魔法は無しだからな。で、最下位は今日の昼飯奢ること。じゃよーいドン!」
フライング気味に駆け出すアシュラに、そのことを咎めるエルシアが続き、やれやれと呟きながら二人を追うグレイ。
ミスリル魔法学院が誇る、特異で特殊で特質で特別で、そして稀少な問題児達。
グレイ=ノーヴァス
エルシア=セレナイト
アシュラ=ドルトローゼ
彼ら三人がこれからどんな未来を歩むのか。それを知る者はまだ誰もいない。
これは、夢を無くした少年と、希望の光を探し求める少女と、絶望の闇を生き抜いた少年の物語──
──今はその物語の、ほんの序章に過ぎないのだから。