問題児の集う場所 3
「マスター」
「おっ、悪いなミュウ。わざわざ呼び出して。しかもアシュラの我が儘に」
「いえ。美味しかったです」
「そっか。そりゃ良かっ……ん? ミュウがお粥食ったのか?」
「アシュラさんが、残りを食べて良いと言ったので」
一階で洗い物を片付けていたグレイの元に、ミュウが空になった器を持ってきた。
ミュウは無表情ながらどこか満足げな顔をしており、口元にはご飯粒が付いていた。
グレイはそのご飯粒を取ってやり、そのまま口に運ぶ。誰かに見られたらまた変な誤解をされそうな光景だったが、幸いなことに今ここにいるのはグレイとミュウだけだった。
「ありがとう、ございます」
「ん。あぁ、そう言えばミュウ」
「はい?」
「お前、戦闘中の時と普段の時って随分雰囲気変わるのな」
「そう、ですか?」
グレイは昨日のミュウを思い出す。あの時はどこか、凛々しさのようなものを感じたのだが、今ではただぽや~、っとしているだけである。
「ま、誰でも戦闘になれば多少は変わるよな」
グレイはミュウの答えを聞く前に自分で結論を言った。
グレイ自身、普段の時と戦闘の時とは意識を切り替えるのだし、特別珍しいことでもないだろうと思い、この話はここで終わらせた。
「グレイく~ん。ご飯ください」
ちょうど二人分の洗い物を終えたタイミングで降りてきたキャサリンは、腹の虫を鳴かせながらキッチンへやって来た。
「やっと泣き止んだんですね、キャシーちゃん」
「キャシーちゃん言わないでください。それで今日のおかずはなんですか?」
「お粥です」
「おかずがお粥!?」
「冗談ですよ。キャシーちゃんには普通にチャーハン、って何ですか!? めっちゃ怖い顔して!?」
「グレイ君! そこに正座っ!!」
「ええぇっ!?」
キャサリンは今、冗談が通じない状態であることをグレイは知らず、そこから三十分間お説教コースに突入した。
途中うっかり寝てしまっていたので、さらに二十分追加された。
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「冷めてる……」
「そりゃそうでしょうよ……」
グレイは疲れきった声でツッコミを入れる。
結局、一時間くらい説教を続けたキャサリンは冷めたチャーハンを食べながら、目の前に座り同じようにチャーハンを食べるミュウを見つめる。
「……? どうか、しましたか?」
「あぁ、いえ。改めて見てもやっぱり不思議だなぁ、と思いまして。ごめんなさいジロジロ見て」
キャサリンは謝りつつもジロジロ見るのはやめない。
「一体ミュウちゃんって何なんですかね?」
「わかりませんよ。それに、生まれたばかりのミュウにそれを聞いてもですよ。赤ん坊に君の名前は? って聞くようなもんです」
「はは。ですよね──」
「わたしは《空虚なる魔導書》の第零項、無限目録です」
答えは得た。誰でもないミュウ本人から。
「「え……?」」
グレイとキャサリンの声が重なった。
「ミュ、ミュウ? お前の正体って《空虚なる魔導書》なのか?」
「はい。より正確に言えば、二つで一つのアーク。それがわたし、です」
「も、もっと詳しくお願いしますっ!」
珍しく興奮した様子のキャサリンがテーブルに乗り上げる勢いでミュウの顔を覗き込む。
それに一切怯まず、ミュウは淡々と話を続けた。
「わたし、《ミュウ》は、《空虚なる魔導書》の主です。この魔導書に書かれた全ての魔法と、アークを使うことができ、その能力も、全てを理解し、把握することが出来ます」
「そうか。だから初めて顕現させたはずの《空虚なる魔導書》の能力を知ってたわけか」
妙に納得したグレイはもう一つ気になっていたことを聞いた。
「それでミュウはたしか『新しい魔法を作る魔力が足りない』って言ってたけど、あれはどうやって魔力を蓄えさせればいいんだ? 自然に貯まるもんなのか?」
「いえ。方法は一つだけです。《空虚なる魔導書》に魔力を貯めるのに必要なものは、無属性魔法、《リバース・ゼロ》です」
グレイの初めての魔法、《リバース・ゼロ》。それが魔導書の重要な鍵であるとミュウは言う。
それはつまり、初めからグレイのアークがミュウに、ひいては《空虚なる魔導書》になることが決まっていたような、そんな運命と呼べるような偶然を素直に信じられるほど、グレイは純粋ではなかった。
「《リバース・ゼロ》は魔法を無色の魔素に戻す魔法。そして、その《リバース・ゼロ》によって戻された魔素のみを、《空虚なる魔導書》が吸収するのです」
「そうか。なるほど。じゃあ《蜃気楼の聖衣》は今までの分が貯まってたからってことか?」
「はい。エルシアさんと、アシュラさん。そしてヘルベアーの魔法を破壊し、魔素に戻した分を、わたしが吸収しました。補足しますと、第一項だからすぐに魔法や、アークが生まれましたが、次から必要になる魔力がどんどん増えていきます」
ミュウは戦闘時のように口数が増える。これは無限目録という自分の役割を果たしているからなのだとグレイは気付く。
「ちなみに今、キャシーちゃんからの魔法を破壊すれば魔素は貯まるか?」
「はい。ですが、極少量です。《空虚なる魔導書》はマスターの経験値に比例し、吸収率が変わります。だから、ただ、適当に魔法を魔素に戻すだけでは、ほとんど貯まりません」
ミュウの説明を頭の中で整理し、つまり、戦闘中以外に適当に魔法を魔素に戻しても量はあまり貯まらず、より多く魔力を吸収させるためには戦闘中に使った《リバース・ゼロ》の方が効果が高いというのとだろうか、と推理し、ミュウに尋ねるとどうやら正解らしかった。
グレイは何だかゲームのようだな。という感想を抱いた。
戦わずに手に入れた経験値、つまり魔素にはほとんど意味はない、ということだ。何がどう違うのか、正直わからなかったが、ミュウがそう言うならそうなのだろうと納得するほかなかった。
未知なる属性、『無』の魔力を宿すグレイとそのアーク、ミュウ。
知れば知るほど特異な存在だな、とキャサリンはグレイを見る。
それにグレイだけではない。光属性を宿すエルシア。闇属性を宿すアシュラ。
この《プレミアム・レア》を持つ三人が全く同じ時代に同じ場所にいるということ。それがどれだけ異常なのか、おそらく当の本人達は気付いていない。
だが、《プレミアム・レア》とは、百年に一人か二人、いるかいないかというくらいに稀少な存在なのだ。
そんな彼ら三人が今、共にここにいるという確率は一体どれくらいの可能性なのだろうか、考えるだけで気が遠くなる。
だけど、キャサリンはこうも思う。
その三人の担任に選ばれた自分も、相当な確率なのだろう、と。
ともすれば世界をひっくり返すことも出来るやもしれない彼らを、正しく導くことこそ、自分の講師としての使命なのだと、キャサリンは強く決心する。
「ごちそうさまでした。お皿は私が洗いますね」
「あっ。ありがとうございます」
腹を満たし、皿を片付けながらキャサリンはどこか使命に燃えていたが、顔にご飯粒が付いていて、全く格好がついておらず、グレイにはただの子供みたいに見えていた。