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問題児達の稀少魔術《プレミアム・レア》  作者: いけがみいるか
一章 トライデント・プレミアム
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問題児の集う場所 1

第7話

「あの……大丈夫すか?」

「………………」


 返事がない。ただの子供のようだ。むしろだだをこねる子供のようだ。いや、キャサリンだが。


 今日は昨日のこともあり、学院は一日休校となったので、グレイは寮の一階でゆっくりくつろいでいた。


 そんな時、突然勢いよく扉が開いたかと思ったらキャサリンが飛び込んできて、そのままソファに突っ込んできた。


 思わずソファから飛び退き、その光景に呆気に取られていたグレイだったが、ようやく我に返り恐る恐る話し掛けてみたのだが、どうやら泣いているらしかった。


「キャシーちゃ~ん。どうしたんですか~?」

「……う」

「う?」

「うわああああああん!!」


 子供をあやすような口調で再度話し掛けたのだが、マジ泣きしながら今度は階段を登っていき、扉が勢いよく閉まる音がした。

 どうしたもんかとしばらく悩んだが、お腹が空いたら時期に降りてくるだろうと思い、そろそろ昼食の時間なのでグレイは料理を作り始めた。


 と、言ってもアシュラとエルシアは魔力切れの反動で今体が自由に動かせないようなので、わざわざ部屋まで持っていかなければならなかった。


「おいアシュラ。飯だぞ」


 グレイはアシュラの部屋の扉を蹴り開ける。

 アシュラはどうやら着替えの最中だったらしい。上半身は裸で、よく見るとあちこちに大きな傷跡があった。アシュラは自分の体を隠すように腕を交差させる。


「きゃあ~。グレイさんのエッチ~」

「キモい」

「……知ってるかグレイ。たった一言だけで人の心を砕くことが出来るって……」


 そう言ったアシュラは暗い表情になったが、グレイは軽く無視した。


「ほれ。お粥だ」

「おいおい……。別に俺は風邪引いたわけじゃねえんだから普通に何でも食えるんだけど?」

「まあ、そうだな」


 だとは思ったが、あまり凝った料理を作る気にもならなかったので、簡単に済ませられるお粥にしたというだけなのであった。


「で、何か? ふーふーしてあーんしてくれるってか? 俺そっちの趣味ねえから。野郎のあーんとか、気色悪くて吐き気するわ」

「そのネタしつこいんだよ! 俺にだってねえよ!」


 ここで、アシュラは何やら思い付いたのか、にやりとしながらグレイに一つ頼み込んだ。


~~~


「エルシア~。飯だぞ~」


 グレイは次にエルシアの部屋に向かった。本来なら男が三階に上がるのは禁止なのだが、今回は特例だろう。キャサリンも未だに部屋から出て来ないのでどうしようもない。


 そう思ったグレイはエルシアの返事を聞く前に扉を開く。


「……えっ!?」

「……んっ?」


 グレイは軽いデジャヴを感じた。

 エルシアは着替えの途中だったのか、上半身は可愛らしい下着一枚だけだった。下半身は布団が掛かっていたのでどうなっているかはわからなかったが。

 エルシアの顔はみるみる赤くなり、腕はぷるぷると震えている。昨日の後遺症、というわけではなく、ただ単に怒りに震えているのである。


「こん、の、変態男があああああ! 今ここで詫びて死ねええええ!!」

「ごめんなさ──うわっぷ!? って、ぎゃああああっっついぃいい!?」


 グレイはエルシアに謝罪しながら、飛んできたぬいぐるみを顔面で受け止め、思わずお粥を落としてしまい、鍋が足に直撃し、中身が飛び散りグレイにかかる。


 足に火傷と激痛のダブルパンチを受けたグレイの悲鳴は寮全体に響き渡った。


 ようやく足の痛みが治まりお粥を入れ直して来たグレイがエルシアの許可を得てから部屋へと入る。


「で、何か言い残すことは?」

「お許しは出てなかったんですね……」


 魔力がまだ回復しきっていないため、エルシアは魔法を使ってくることはなかったが、代わりに目で殺しにかかっていた。

 エルシアのグレイを見下ろす軽蔑の眼差しはいつもの三割増しで怖かった。


「誠に申し訳ございませんでした!」


 もう土下座するしかなかった。


「…………はぁ。今回だけは許してあげるわ。アシュラみたく、やらしい目的で上がってきたわけでも無さそうだし。言っとくけど今回だけよ!」


 エルシアはそう言ってグレイの横に置かれたお粥を見る。


「でも別に風邪引いたわけじゃないんだからお粥なんて作らなくても」

「それ、アシュラにも似たようなこと言われたな」

「じゃあ前言を撤回するわ」

「わざわざ撤回しなくてもいいだろ……」


 似た者同士だなと思うグレイだったが、エルシアが心でも読んだかのようにグレイを睨むので黙っておいた。


「んじゃ、ほれ」

「は? 何よ?」

「何よ、って。食わせてやるから口開けな」

「ななな、何言ってんのよ!? それくらい出来るわよ! そ、それに! あんたにしてもらうくらいならミュウちゃんにしてもらいたいわ! グレイ、ミュウちゃん呼んで!」


 また顔が赤くなるエルシアを見てグレイは、こいつ、実は──本気で風邪引いてるんじゃ? と思った。


「悪いけど、ミュウは今はいない。アシュラにお粥を食わしてやってる」

「はああっ!?」


 先程アシュラがグレイに頼んだこと。それは、ミュウにあーんしてもらえるように頼んでくれ、というものだった。


 アシュラは──


「野郎にしてもらうのは御免だが、ミュウちゃんにならむしろ是非ともやってもらいたい」


 と言い、グレイはエルシアの分も料理を運ばねばならなかったので、ミュウを呼び出しアシュラにお粥を食わしてやってほしいと頼んだ。

 ミュウは快く引き受けてくれた。


「あ、あとアシュラがエルシアに伝えてくれって。何でも「貸し(いち)な」だとさ。何かやらかしたのか、お前ら?」

「あ、あんの変態がんぐろ馬鹿がぁ……ッ!」


 エルシアは手を強く握り締めていた。


「エルシア。何してんだ、早く食わねえと冷めて不味くなるだろ」

「あ、あんたはこういうことして平気なわけ?」

「え? 何が?」


 聞くだけ無意味だったわね、と一人呟くエルシアを見てグレイは首を傾げるのであった。


 エルシアは意を決して口を開く。グレイはゆっくりお粥をエルシアの口の中に運ぶ。


「どうだ? うまいか?」

「……ふん。まあまあね」


 エルシアはさっきから顔が真っ赤なままである。そろそろ本気で心配になってきたグレイは更にもう一杯お粥を掬い、息を吹き掛けて冷ましてからエルシアの口元に運ぶ。


 一度やってしまえばあとはもう、と諦めの境地に至ったエルシアは大人しく口を開く。


 そんなやりとりを何回か繰り返し、ようやく食べ終えた。

 エルシアの心臓の鼓動も、ようやく落ち着き始める。


「あの、その……ごちそうさま」

「ああ。食欲はあるみたいでよかったよ」


 グレイの口調は既に完全に病人と接する時の口調だった。


 エルシアはそれに気付き、それを利用してすぐさまグレイに部屋を出てもらおうと思った。が、先にグレイが話しかけてきた。


「そうだ、ほれ。全く、ぬいぐるみを投げんじゃねえっての」


 そう言ってグレイがエルシアに渡したのは、さっきエルシアが投げた一番のお気に入りであるコアラのぬいぐるみ。


「あり、がと」

「おう。あっ、そう言えばお前ぬいぐるみに名前とか付けるんだよな。そいつは何て名前なんだ?」


 グレイは単なる好奇心で聞いた。そして、若干思考が緩んでいたのか、素直にその質問に答えた。


「あぁ、この子はグレ──」

「グレ?」

「グレ…………グレネードよ!!」

「……やっぱお前のネーミングセンスはヤバイな」

「ほっとけバカ!!」


 思わず口を滑らせてしまったエルシアは、今まで以上に赤くなる。そして嫌な汗も出てきた。

 それに気付いたグレイは、こともあろうに自分の額をエルシアの額に当てた。

 目の前にあるグレイの顔を見て、エルシアは更に体温が上昇し、目の前がぐるぐると回り出す。


「おい。やっぱ熱あるんじゃねえかよ。薬持ってくっから大人しく寝て──」

「にゃあああああああっ!?」

「ええっ!? 何!? 何が起こった!? まさか呪いの魔法でも掛けられたのか!? なら俺が《リバース・ゼロ》で──」

「いいから! 薬とかいらないから! 風邪引いたとかじゃないから! いいからとにかく出てけぇぇええええ!!」


 エルシアは限界を超えた力でグレイを部屋の外に投げ飛ばし、扉が壊れるのではないかというくらい勢いよく閉めた。


「何がどうなってんだ?」


 エルシアの豹変ぶりに驚きながらも、結局グレイには原因はわからずじまいだった。


 そんな二人の声を階下の部屋にいるアシュラは苦笑いしながら自分でお粥を食べていた。


「やれやれ。エリーは純情(うぶ)だなぁ~。な、ミュウちゃん」

「……? わたしには、意味がよくわかりません」

「ははっ。まだわかんねえか。そりゃそうだろうな。それに実は俺もよくわからねえしな」


 人を本気で好きになる。その感情に覚えがないわけではないが、正直、意味はよくわからない。そもそも人を好きになる意味とはなんなのか?

 どれだけ考えても答えなんか出そうにないアシュラは、残りのお粥をミュウにやり、旨そうにお粥を食うミュウを眺めながら、ふと昔のことを思い出す。今とは違い、死に物狂いで生き抜いてきたあの頃を。

 そして、その時に捨ててきてしまった者達を。

 やがてミュウがお粥を全て食べ尽くし、部屋を出ていくのを見届けてから、アシュラはもう一度深く眠りについた。

 まるで闇が彼を引きずり込もうとしているかのように。

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