三人の稀少な問題児達 3
時はわずかに遡り、ちょうどグレイが別室へと連れられていった後、一人の少女が水晶の前に立っていた。
彼女──エルシア=セレナイトは同年代の者達から羨望と嫉妬の眼差しを浴びていた。
だが無理もない。彼女の美貌は余程少女のものとは思えないほど洗練されており、気高さと気品さを感じさせる、美少女と言ってなんら差し支えのない完璧な少女だったからだ。
エルシアを見ている生徒、特に男子は彼女と、その手元にある水晶を食い入るように見ていた。
自分と同じクラスになりますように。自分と同じ属性でありますように。そう全力で願いながら。
そんな邪な願いと視線を気にした様子もなく、エルシアは水晶に手をかざした。
その水晶はわずかに光りながら色を変えていく。しかし、誰もが予想だにしていなかった色に変わり、周りは唖然とした。
水晶は彼女の美しい髪と同じ、一点の曇りもない綺麗な『白色』になっていたのだ。
誰もがその結果に驚いている中、エルシアは、その中の誰よりも一番驚いていた。
「な、な、なんなのよこれはぁぁぁああ!?」
先程まで抱いていたイメージとは全く違う、気品さなど全く感じないほどの大声を上げるエルシアを、周りにいた生徒は目を丸くしながら呆然と見つめていた。
エルシアも何度か水晶を代えて試してみたが、結果は全て同じだった。講師はエルシアを別室へと連れていき、考えられる原因を説明した。
「エルシアさん。貴女はおそらく、『光属性』の魔力を宿していると考えられます」
「光……? 聞いたことないんですけど」
エルシアの疑問はもっともだ。属性は、四大精霊と同じ属性しかないというのが常識とされていた。だが、講師は首を横に振って否定する。
「確かに常識として、属性は四つとされています。でも、極々稀に君のような特殊な魔力を持つ者が現れることがある、とされているんです」
「されている、って言われましても……」
どうにも要領を得ない説明を受けてエルシアは困惑する。
「すみません。我々にしてみても、君のように特殊な生徒を見たことがなく、正直どうすればいいのかわからないのが現状です」
「はぁ……?」
よくはわからないが、何だか大変なことになってしまった、とエルシアはこれからの学院生活に不安を感じずにはいられなかった。
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再び時は遡り、何だか遠くで女の叫び声が聞こえてきた気がしたアシュラ=ドルトローゼだったが、特に気に止めることはせずおとなしく列に並んでいた。
だが、そのアシュラの前後はわずかに空いていた。しかし、アシュラの肌の色と顔付きの悪さを見て防衛本能が働いた結果であり、アシュラ自身鬱陶しくなくていいと思っていた。
ひそひそと、一緒のクラスになりたくないだのといった悪口が聞こえてきたのでそちらを軽く睨むと、咄嗟に口を閉じる同級生を見付けたが、いちいち絡むのもガキのすることだと思い、睨むだけにとどめた。
そうこうしていると、順番が回ってきたのでアシュラはさっさと終わらせようと、早速水晶に手をかざした。
周りの生徒が固唾を飲んで水晶を見る。エルシアの時とは真逆、一緒のクラスになりませんように、と心の底から祈りながら。
水晶はどんどん暗い色へと変わっていき、やがて水晶は一筋の光もないほどの圧倒的な『黒色』に変化した。
その不気味な色をした水晶を見る講師や他の生徒達は騒然となる。
「あぁ? ンだこりゃ?」
アシュラも自分が普通ではないことに疑問を感じ、水晶にかざしていた自分の手のひらを見つめることしか出来なかった。
アシュラも別室、エルシアがいる部屋の隣の部屋へと連れられて、やや遅れてから講師が部屋に入ってきた。
「すみません。遅れました。君と同じような生徒さんの対応をしていまして」
「そっすか」
別に興味もないので素っ気なく返事をするアシュラに対面する形で椅子に座る講師はゆっくりと説明を始めた。
「君は長ったらしい説明を好んで無さそうだから結論だけ言わせてもらうと、君は『闇属性』の魔力を持っていることになる」
「ほほぅ。闇、ねぇ」
アシュラは不敵な笑みを浮かべて再び己の手を見た。まさか自分がそんな珍しい存在だとは露ほども考えたことがなかったアシュラは、講師の簡単な説明を聞き流しながらこれからのことを考え始めていた。
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ミスリル魔法学院の長い歴史に刻まれた今年の入学式。四属性以外の属性を持つ三人の存在がわずか一日で全校生徒と講師に知れ渡ってから二ヶ月。色々なことがあったが、ようやく最近落ち着いてきた。
グレイ達は昼食を終えた後、彼らの教室がある旧校舎へと戻っていた。
学院は彼ら三人の扱いを審議した結果、四属性のクラスに入れると何かと問題が起きるかもしれないと危惧した。
しかしだからといって入学して早々退学にするわけにもいかず、何よりこれほどまでに稀少な人材を手放すわけにはいかないということで、特別クラスを編成することになり、今は使われていない旧校舎へと半ば隔離するような形の処置を行ったのである。
特別に作られたクラスの名は《プレミアム》。彼らのような稀少な魔力やその魔力を持つ者のことを総称して《プレミアム・レア》、またはそのまま《プレミアム》と呼ぶことからその名が付けられた。
最初は大いに反発した三人だったが、今では諦めの境地に達し、逆に旧校舎を自由に使えるようにするということで学院と利害を一致させた。
いつも使用する比較的綺麗な教室に戻ると、このクラスの担任が教壇の前で腕を組んで立っていた。時間を見ると既に授業開始時刻を過ぎていた。
「もう! 遅すぎますよグレイ君。アシュラ君。エルシアさん。授業はとっくに始まってるんですよ」
「すみません先生。この二人が悪いんです」
「普通に俺らを売るんじゃねえよエリー」
「エリー言うな。このがんぐろ」
「てか、戻ってたんですねキャシーちゃん」
「グレイ君! キャシーちゃんじゃなくてキャサリン先生と呼びなさい!」
魔法講師、キャサリン=ラバー先生は新任でこのクラスを任された若きエリート。ではなく、どう考えても厄介な案件を押し付けられた可哀想な先生である。
背が低く童顔でありながら巨乳というアンバランスな存在であるキャサリンを三人は親しみを込めてキャシーちゃんと呼んでいるが、本人はそのことを気にしているらしい。
キャサリンはプンプンと憤慨しながら着席を促す。三人はそれに素直に従い、もはや定位置である席にそれぞれ座る。
それを確認してからキャサリンはお説教を続ける。
「それにですね! 先程あの優しいカーティス先生が怒髪天を突いた顔でわたしに、『もう二度とあのクラスの代理を頼んで来ないで下さい!』って言いにきたんですよっ!? 貴方達は一体何をやらかしたんですかっ!?」
カーティスとは先程三人の授業を担当した初老の講師のことだ。何をしたか、と問われて彼らそれぞれこう返す。
「私はいくつか質問をしただけです」
「俺も素朴な疑問を聞いただけだぜ」
「俺は心からの懇願をしただけっス」
嘘は言っていなかった。が、その質問の後の態度や、疑問の内容や、何を懇願したのかは言わなかった。
だが、キャサリンは既にカーティスから話を詳しく聞いていたので誤魔化すことは不可能だった。
その後もキャサリンの説教が続き、ついでに仕事の愚痴も混ぜ込んできたが、三人はそれを適当に聞き流しながらそれぞれ自習したり、妄想したり、夢の世界へ旅立ったりしていた。