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問題児達の稀少魔術《プレミアム・レア》  作者: いけがみいるか
一章 トライデント・プレミアム
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消えゆく炎と虚言と氷河 5

「それで、今ファランさんは?」

「牢の中で意気消沈しているようだ。まあ、無理もない。家も地位も名誉も、魔法すらも。一つ残らず無くしたのだから」


 リールリッドは惜しむような顔をして、窓の外を見る。


 大罪を犯した魔術師を閉じ込める地下牢獄には一切魔力(マナ)は届かず、更に魔法を使えないよう、魔力を吸収する特殊な枷を付けられる。

 それに《閻魔》ほどの組織にいた彼女だ。恐らく一生外には出られないだろう。


「そう、ですか」

「気に病む必要はない。どうせ、決闘場で彼女の様子がおかしかったことに気付いていたけど何もしなかった。とか、考えているんじゃないか?」


 思考を完全に読まれていた。が、慣れているキャサリンは少しだけ驚いたあと、小さく頷いた。


「例え君があの場で動いたとしても、無駄だったと私は思う。彼女はそれほどまでに染まってしまっていた。……それと、これも言っておいた方がいいか。《閻魔》の実行部隊のうち、四人死んだ。自決したそうだ。牢の中でな」


 薄々予想は出来ていた。しかし、やはり少し動揺するキャサリン。

 《閻魔》のような犯罪者集団は情報を引き出される前に自決するよう命令されている場合が多い。故に未だに壊滅には至っていないのが現状なのである。

 生き残ったのはスリューという女と、キャサリンが倒したフーだけだという。

 だが、その二人も実際に自決しようとしていたところを止められたらしかった。


「ヤンバークという男が最期に言った言葉があるそうだ。聞くか?」

「……はい」

「結構。では言うぞ。『いずれ我らが誇り高き《閻魔》が貴様らを地獄の底に引きずり落とし、獄炎の(ほむら)にて処刑する』だそうだ」


 キャサリンはヤンバークの呪いの言葉を胸に留め、静かに決心する。

 もしもの時は、この命に代えてでも。と。


「安心したまえキャサリン先生。既に手は打った。もちろん警戒は必要だが、気負い過ぎるな。そして、もしもの時は私が動く」


 リールリッドは険しい顔をしたキャサリンに釘を刺し、いつもと違い、真剣な表情をしながら言った。


「なら、少しは安心ですね。で、これで話は終わりですか?」

「あぁ。済まなかったな。長々と」

「いえ。私も知りたい話だったので。それでは失礼しま──」


 キャサリンがお辞儀しながら挨拶を交わした瞬間、リールリッドはにたりと笑う。


「おっ、と。忘れていたが、キャサリン先生。君の今月の給料は無いから」

「……………………えっ?」


 ビキッ、とキャサリンの動きが固まる。


「な、何故…………ですか?」


 声は震え、足もガクガクと震えている。

 まるで生まれたての小鹿のような姿のキャサリンを見て吹き出さそうになるのを必死に堪えながらリールリッドは窓の外を指差す。


「旧校舎の練習場に設置していた防護結界装置が完全に破損している。外壁もボロボロだ。君が承認した決闘で生じた損害なのだから、君の給料から修理費を出すのも当然じゃないかな?」


 何一つ言い返せなかった。キャサリンはリールリッドに《イフリート》三人が《閻魔》と少しだけ関わったということは伝えていない。ただ単に今言った通り、《プレミアム》と《イフリート》の生徒が決闘をしたとだけ伝えたのだ。

 しかし、そんな話が通じるわけがない。このタイミングでの決闘が、火属性の集団である《閻魔》と《イフリート》が無関係なわけがない。

 だが、キャサリンはあくまで《閻魔》とは全く関係のない、生徒同士の正々堂々の決闘だったと押しきった。


 その時の強い目をしたキャサリンは、今は全く別人のように減給どころの騒ぎじゃなかったという事実に半泣きになっていた。


「だがキャサリン先生。これでも私は随分と融通を効かせたつもりだよ? 練習場の完全改装は君の今月の給料程度で出来るほどのものではない。それを今月の給料だけで許してやろうという、私の親切心なのだよ。わかるね?」


 実際のところ、リールリッドはキャサリンが隠している事実に気付いている。そして、キャサリンもリールリッドが気付いていることに気付いていた。

 だが、それでも自分の言葉を貫き通し、自分の身も省みず生徒のために動いた彼女にリールリッドは敬意も感じていた。


 だから普通ならありえない処置であった。最悪、今月の給料どころか、講師人生すら終わりだったかもしれないのだ。


 感謝すべきなのは重々承知している。でも、泣きそうになるのを必死に堪えるキャサリン。


「うぅ……。でも仕方ないですよね」


 そして、やっと諦めがついたのか、そう呟いたキャサリンにリールリッドはこう言った。


「ちなみに今の話は嘘だ」

「……………………あっ?」


 キャサリンの口調が若干悪くなった。


「嘘だよ。う・そ。給料はちゃんとある。驚いたかね?」

「あ、貴女という人はぁぁっ!!」


 キャサリンは怒りを感じるのと同時に、しかし心の底から安堵した。顔は怒りの表情をしているが、唇の端がにやけてしまうのを感じるキャサリン。

 そのキャサリンを見て、リールリッドは今日一番の美しい笑顔を見せた。


「くふふふふふ。だが、残念ながらそれも嘘だッ!! 君の今月の給料は無い。一切無い! これは絶対だ。さあ、もう一度諦めたまえ」

「……………………」


 一度諦め、しかし、息を吹き返したキャサリンに再度死刑宣告を下したリールリッドは、無駄に偉そうにふんぞり返り、ムカつくほど美しいどや顔をしていた。それはもう心底楽しそうだった。


 そして、キャサリンの目から光彩が消え、部屋の温度が急激に下がった。


~~~


「うわああああああん!! 鬼ぃ! 悪魔っ!! 《虚言の魔女》おおおおおおお!!!」


 キャサリンは学院長室の扉をぶち破りながら飛び出し、号泣しながら走り去っていった。


 その学院長室の中は絶対零度の世界と化しており、巨大な氷の下敷きになっていたリールリッドが、氷から這い出てきてこう呟いた。


「鬼は君だよ、《氷河鬼(ダイヤモンド・オーガ)》。せめて片付けくらいしていきなさいよ」


 だがリールリッドはまるで平然としていた。体には一つの傷もなく、その豪奢なドレスも何ともなっていない。そして、次の瞬間には部屋の氷は綺麗さっぱり無くなっていた。


 しかし、部屋のあちこちが滅茶苦茶になっていた。特に扉など、もはや扉としての役割を果たしていなかった。


「全く、学院長である私にここまでのことを仕出かすのは君と、君の担当クラスの生徒達くらいなものだよ。この、問題児共が……」


 そう独り言を呟くリールリッドは、しかし、満面の笑みを携えながら、取り合えずキャサリンの来月の給料から部屋の修繕費を搾り取ろうと考えていた。

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