消えゆく炎と虚言と氷河 4
かつてのミスリル魔法学院に一人の生徒あり。その者、水属性の派生型である、氷魔法の使い手なり。
その者は水属性でありながら、水魔法より氷魔法を得意とし、それどころか水魔法を使う時、氷魔法を使う時より多くの魔力を必要とし、四属性の中で水属性が一番特化しているはずの回復魔法を苦手とし、通常より更に多くの魔力を必要とした。
そんな彼女は常に氷魔法を使い、冷たく鋭い瞳をしながら一切合切全ての者をことごとく凍てつかせたことから、付いた二つ名が《氷河鬼》。
彼女はミスリル魔法学院に在籍していた間、常に《セイレーン》の序列二位の座に君臨し続けた。
だが、決して優等生だったわけではない。それどころか、色々と騒ぎを起こす問題児だった。
ことあるごとに騒ぎの中心にいて、決闘ばかりしていた。
いつしか《氷河鬼》は恐怖の代名詞として恐れられるようになっていった。
そんな彼女が学院を卒業してから数年後、一体彼女に何があったのか、全く性格の変わった状態で再びミスリル魔法学院に訪れた。
そして、かつて同じ寮の部屋に住み、親友として学院生活を共にした、当時の《セイレーン》序列一位であったイルミナ=クルルに彼女はこう尋ねた。
「講師になるにはどうしたらいいんですか?」と。
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キャサリンは《イフリート》の生徒達を迎えに来た講師達を玄関先まで見送ってから寮に戻った。
共有スペースにグレイとエルシアとアシュラの三人が寝かされていて、全員静かに寝息を立てている。
いつもは騒がしい問題児達も寝顔は可愛いものだと三人の顔を見渡してから一人、部屋の明かりも付けずに椅子に座ってしばらく遠くを見つめていた。
「明かりも付けずに何やってんですかキャシーちゃん」
「うひゃあっ!?」
キャサリンは話し掛けられるとは予想もしていなかったのでかなり驚いて、椅子ごと引っくり返ってしまった。
「大丈夫っすか?」
「いたたた……。だ、大丈夫です……。それより、グレイ君こそ大丈夫なんですか?」
「はい。俺は魔力枯渇でバテたりしませんから。魔力はまだ戻ってないですが、動くことくらいは余裕ですよ。どうやら回復魔法を掛けてもらったみたいですし」
グレイは明かりを付けてから軽くジャンプしてみせる。どうやら本当に大丈夫なようだった。
「全く、デタラメですよね。グレイ君も」
暗に他の二人もデタラメだと言うキャサリン。
「ま、でしょうね。俺自身よくわかりませんからね。んじゃ、この二人を部屋まで運んで来ます」
「ん? あぁ、そうですね。お願いします」
流石に一晩中居間に寝かせておくのも可哀想だと思っていたキャサリンはグレイにお願いした。
「よっ、と」
グレイはまずエルシアをお姫様だっこで運ぶ。一応、キャサリンも着いていく。
「別に変なことしませんよ? アシュラじゃあるまいし」
「わかってますよ。扉を開けてあげようと思っただけです」
いかにもそれっぽいことを言って誤魔化す。
「それにしても、お姫様だっこなんて。エルシアさんが起きたら電撃攻撃されるでしょうね」
「やめてくださいよ。そんなこと言ってると今にも目ぇ開けそうで怖いじゃないですか」
キャサリンはそんなことを言いながら、そういえば自分もエルシアにお姫様だっこされていたことを思い出した。あの時は回復魔法の使いすぎで全然魔獣と戦えなかったということも同時に思い出し、今度から気を付けようと気を引き締め直した。
そして二人は三階のエルシアの部屋に入り、ゆっくりとベッドに寝かせる。
少しだけ部屋の中を見渡してみた。アシュラの言っていた通り、ぬいぐるみで一杯だった。
「こ~ら! 女の子の部屋をジロジロと見ない」
「へ~い」
グレイはキャサリンに叱られ、さっさと部屋を出る。
次はアシュラを部屋まで運ばなければならない。
「アシュラ君もお姫様だっこで運ぶんですか?」
「運びませんよ。気色悪い」
グレイはすごく嫌そうな顔をしながらアシュラを右手に抱えた。
「グレイ君。アシュラ君の足、引きずってますよ」
「いいんすよ」
「グレイ君。アシュラ君なんか苦しそうに呻いてるけど?」
「いいんすよ」
グレイは同じ台詞を繰り返し、アシュラの部屋の扉を開け、適当に中に放り込んだ。
「グレイ君。アシュラ君の扱い雑過ぎない?」
「いいんすよ。ふわあ~あ。なんかまた眠くなってきました……。俺ももう一回寝ますわ」
「あ、はい。そうだ。明日は学校臨時休校になりそうなのでゆっくり寝ても大丈夫ですよ」
「そうなんですか。わかりました。じゃ、おやすみです」
「お休みなさい」
グレイは自室に戻り、キャサリンも今日は疲れたのでそのまま部屋に戻った。
そうして、騒乱の一日がようやく幕を閉じた。
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翌日。キャサリンは学院長室に呼び出されていた。
キャサリンは学院長室の前で何度も扉を叩こうとして、やめる。を繰り返していた。
「だ、大丈夫。大丈夫ですよ。まさか昨日のアレのせいでクビ! なんてことにはならないはずですよ。うん。……で、でも減給される可能性は、大いにありますね……」
キャサリンは昨日の自分を激しく呪い、部屋に入るのを躊躇い続けていた。
『何をしているんだい? 早く入りたまえ』
「はっ、はいぃっ!!」
どうやら部屋の中にいるリールリッドに気付かれていたようだ。
悲鳴を上げそうになったのを必死に堪え、部屋に入る。
部屋にはリールリッドが一人、いつものように豪華なドレスを身に纏いながらでかい椅子に偉そうにふんぞり返りながら座っていた。
「随分と待たされたよ。キャサリン先生」
「も、申し訳ないです……。それで、今回はどのような用件で?」
キャサリンは恐る恐る尋ねる。リールリッドはそんなキャサリンを楽しそうに眺めながら話を切り出す。
「昨日の件についてだ。ファランの事情聴取の内容を、君には聞く権利があるだろうと思ってね。どうする?」
どうやらクビや減給の話ではないらしい。キャサリンは安堵の息を吐き、小さく頷く。
「わかった。それで、この話はオフレコで頼む。だが、《プレミアム》の三人には話しても構わない。話すかどうかは君が決めてくれ」
それだけ付け加えてリールリッドはゆっくり話し始めた。
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ファラン=アラムストは属性主義者ではなく、属性差別者だった。
しかし、そうなってしまった原因があった。
ファランの家は貴族の中でもあまり力のない家だった。しかし、ファランは頭も良く、魔法の才能もあり、将来を有望された。アラムスト家の未来をその小さな背中に背負っていた。
だが当時の彼女が通っていた学院では属性主義の思想の強い貴族がたくさんいた。
それに加えて、当時は魔術師は貴族社会の風潮が大きかった。家の力が弱いファランはその実力を僻まれ疎まれた。
故に他属性の者達からだけでなく、同じ火の属性を持つ者達からも偏見の目で見られた。
だから他属性の者を激しく嫌い、自属性の者にも心を開けずにいた。
アルゴ・リザードを倒した後、イルミナに回復魔法を掛けられたことも内心、気持ち悪くて仕方なかったという。
そんな彼女に手を差し伸べたのが、不幸なことに、差別者集団《閻魔》だった。
《閻魔》はファランの魔法、《陽炎》の能力の高さに目をつけて声をかけたのだ。そんなことは当時のファランには関係なかった。一人で孤独に耐え続け、家からのプレッシャーと自身のプライドと周りからの偏見の目に屈しかけていた彼女にとって彼らは唯一の救いだった。
《閻魔》に入り、ファランは数回《陽炎》を使って仕事をしたことがある。
砦の番人に幻覚を見せ、その間に魔獣を町に放つ。今回使ったものと同じ手だ。
当時はまだ未熟な部分もあり、火の魔力を検出されてしまい、《閻魔》が犯人であると特定されてしまったが、月日が経つに連れて《陽炎》の能力も向上し、今ではほとんど証拠を残すことなく完璧に《陽炎》を使えるようになった。
そんな彼女は表向きではアラムスト家の当主として魔法技術の更なる発展に努め、新たな法も生まれ、世間にも認知されるようになっていった。
そして彼女にも、ようやく転機がやって来た。それが、ミスリル魔法学院の代表魔法講師として来てほしいという知らせ。
ファランはこの時、過去と決別するため《閻魔》を抜けた。
本来ならそんなこと出来るはずはないのだが、《閻魔》は色々な思惑があって、《閻魔》の情報を決して口外しないことを条件にそれを許可した。
それからの彼女は躍進を続けた。他属性の者達とはほぼ交流はなかったが、火属性に限って言えばとても熱心に教鞭を取り、生徒達にも厳しい人と思われながらも慕われていた。
だが、今年。つまり《プレミアム》が入学してきた年の最初のクラス対抗戦。《イフリート》は三位だった。
入学してまだ日の浅い生徒達にとって、この大会はいわば遊戯会と大して変わらないのだが、ファランは悔しく感じていた。
そんな中、《プレミアム》との決闘が決まり、苛立ちながらあの場に立った。
ファランはギャバルと同様に《プレミアム・レア》という響きが気に入らなかった。
だが、それと同時に彼らのことを甘く見ていた。だから、《イフリート》の三人が一瞬で倒されたことによる、その決闘を見ていた周りの生徒や講師からの嘲笑に、《閻魔》にいた頃の、あの黒い感情が蘇ってしまった。
その後、彼女は《閻魔》の幹部の一人であるヤンバークと連絡を取り、今回の計画を考えたのであった。
実は《閻魔》の者達はいずれこうなるであろうと予測していたのである。そして、ちょうどギャバルという有名貴族を仲間に引きずり込むことが出来るとあって、そして火属性を侮辱した者も消せて一石二鳥だと考えた。
ファランが学院の講師になることを認めたのはこういう狙いがあったからである。
まず、ファランは《陽炎》で自分の姿をヤンバークに見せかけ、ギャバル達と接触後、ミーティアにヘルベアーを運んできた本物のヤンバークと合流し、検問を抜けた後、素早く学院に戻り、報告を待った。
だが、ヤンバークから来た連絡は作戦は失敗したという驚きの結果を伝えるものだった。
しかしヤンバークは新しく作戦を立案した。それが学院襲撃だ。
Aランクのアルゴ・リザードを学院内に放ち、混乱の最中に実行部隊が《プレミアム》を狩る。それにギャバル達を同伴させ、より強く共犯意識を持たせてやれば、より確実に仲間に出来ると考えたのだ。
そして、作戦当日。校門付近にはカーティスがリールリッドを見送っていたのを見たファランは、カーティスに全ての罪を被せようと企み、彼を拘束し、自身はカーティスの姿に見せかけて、教材を受けとるためという嘘の理由でアルゴ・リザードを運び込もうとした。
途中、キャサリンに話し掛けられてしまったが、《陽炎》を使いこなす彼女にとって、変化した者の真似をすることは容易かった。だからキャサリンにも何も不自然に思われることなくその場をやり過ごした。
そしてアルゴ・リザードの乗った車を《イフリート》校舎の近くに置き、《プレミアム》達の動向を探った。
放送室には監視用魔道具の映像があり、アシュラが食堂にいることを確認した。
旧校舎の映像は無かったが、旧校舎にエルシアを呼び出す放送を流したら、別の映像にエルシアの姿が映ったので作戦を開始した。
まず、アルゴ・リザードを乗せた車を遠隔装置で爆発させる。
麻酔で眠っていたアルゴ・リザードは怒り狂いながら暴れだす。
《イフリート》校舎を選んだ理由は、同じ属性である《閻魔》が犯人だとわからなくさせるため。ファランも複雑な感情はあったが、最終的にはそれを認めた。
しばらく放送室で報告を待っていたファランはアシュラとエルシアの抹殺報告を聞いた後、アリバイ作りのため、自ら放ったアルゴ・リザードを討伐しに向かった。
あとは、グレイ達の話とリールリッドがファランと対峙したという話を付け加えて、キャサリンはようやく全ての概要を知った。