消えゆく炎と虚言と氷河 3
今日はとても大変な一日だった。
リールリッドは学院長室の椅子に深く座りながら今日一日を振り返る。
まずミーティアへ調査依頼に朝早くから出掛け、その先でファランが犯人としか思えない証拠が飛び出し、そうこうしているとAランクの魔獣アルゴ・リザードが学院を襲撃したと聞かされ、急いで学院に戻ると、アルゴ・リザードは既に倒されていて、安心したのも束の間、町で発見された物と同じ魔力の残滓を見付け、それを辿っていけば縛り上げられていたカーティスを見付け、彼が何者かに襲われたことを知り、カーティスを安全な場所に隠してから校内を探し回ると、カーティスの姿を真似た人物を見付け、得意の虚言で罠に嵌め、ファランの正体をさも簡単に見抜いたかのように更に嘘を吐き、そこから考えられるファランの正体と目的を言い当て、逃げるファランを魔法で撃墜し、侵入者達を魔術師団に引き渡すまで、色々とあった。と溜め息を吐く。
そんな時、扉をノックする音が聞こえた。リールリッドは入るように促し、扉が開く。
「学院長」
「おや、キャサリン先生。どうかしたのかい? ……と、聞くのも野暮な話だな」
「はい。御察しの通り、今日の事件と侵入者達の件についてです」
キャサリンは魔術師団やグレイ達から聞いた情報を元に犯人の特定をしていた。
「今回の魔獣及び襲撃者の主犯は差別主義の犯罪集団である《閻魔》。手引きした者は学院の内部の人間。これは、少し言いにくいのですが、恐らく《イフリート》の誰かかと──」
「そう。正解だ。ファランが犯人だったよ。実に残念な話だがね」
「えっ?」
キャサリンはリールリッドがさも平然と言ってのけるので、一瞬、自分の耳がおかしくなったのかと思った。
「にしても、よく内通者がうちの学院の者だと断定出来たね。どうしてだい?」
「え、あ、はい。敵の人間がグレイ君の妹のことを知っていたからです」
「あぁ、なるほど。彼女はつい最近学院で産まれたのだから外部の人間が知るはずがない。そして、キャサリン先生は今朝、魔術師団に出向いていたのだったね。なら、そこで私の入れた報告である《閻魔》の情報を持っていても不思議はない」
リールリッドは納得したように手をポンと叩く。
だが、聞き逃せない一言があった。
「学院長。ミュウちゃんのこと、知ってたんですか?」
「キャサリン先生。私は学院長だよ? それくらいわかる」
リールリッドはまた平然と言う。まるで学院内のことで知らないことはないと言わんばかりに。
「まさか人型のアークがあるとは、私も予想外だったがね」
そしてリールリッドは楽しそうに笑う。だが、キャサリンは笑ってはいなかった。
「……学院長」
「なんだね?」
「そこまで明察な貴女なら、ファラン先生が差別主義者であったことも、先月の彼のことも最初から知っていたのではないのですか?」
キャサリンの目は真剣そのものだった。
「それに貴女は学院長であるのと同時に魔法の探求者にして研究者でもありますよね。もしかして、自分で手を下すのは体裁が悪いから、ファラン先生達のような人達をわざと野放しにして彼らに差し向けたわけではないですよね?」
それは普段弱気なキャサリンからは考えられないほどの強気な発言と、学院長が悪の親玉ではないのかという暴論だ。
ここでリールリッドは真剣なキャサリンの目を見て悪い癖を出す。
「……ふふ。もし、そうだとしたら──」
瞬間。学院長室の室温が零度にまで急激に下がり、窓ガラスには、扉にも、床や天井にすら氷が張り付き、リールリッドの首元には無数の氷柱が突き付けられた。
「リールリッド学院長。それが貴女のいつもの《虚言》だとしても、その発言は見逃せません。そしてもし、それが《事実》なら。今ここで──」
「わ、悪かった! 謝罪する。嘘だ。いや、全てが嘘というわけではないが、まず言い訳をさせてくれ!」
リールリッドは先程までの余裕は既になく、零度の室内で冷や汗を流す。
キャサリンは魔力を抑えて、首元に突き付けていた氷柱を消した。
リールリッドはほっと白い息を吐き、首をさする。
「キャサリン先生。まずは本当にすまなかった。真剣な表情を見るとつい、な。悪癖だと自覚はしているのだが、これが治らなくて」
「別にそんなことどうでもいいです。それよりも」
「あぁ、わかった。まず、二人のことだが、薄々感付いてはいた。まあ、待て怒るな。確かに気付いてはいた。だが、そこまでのことをやらかす連中だったとは知らなかった。ファランに至っても軽い差別思想を持っていることは感付いていたが、《閻魔》の人間だったとはついさっきまで知らなかった。これは本当だ」
その言葉に偽りはないと感じたキャサリンは室内に張り巡らせていた氷を消した。
「そうですか。しかし、私には報告しておいて欲しかったです。確かに貴女に半ば無理矢理彼らの担任を押し付けられた形ではありますが、それでも私はれっきとした《プレミアム》の担任講師なのですよ?」
「ほんっと~にすまなかった!」
リールリッドは机に頭を擦り付けるように謝罪した。
それはこの前、《プレミアム》に決闘を言い渡した時に対峙した二人とは全く違う雰囲気を纏っていた。
「では、私はこれで失礼します。まだ彼らは疲れで眠り込んでるのでちゃんと私がついてませんと」
「あ、あぁ。そうか。わざわざ済まなかったな」
「いえ。それでは」
そう言い残し、キャサリンは学院長室を出ていった。
「……本当に、昔から変わらないな。かつて、問題児と呼ばれた《氷河鬼》のキャサリン=ラバーは今尚健在、というわけか」
リールリッドはキャサリンの昔の二つ名を思い出しながら、心の中で謝罪する。
確かにリールリッドはファランが《閻魔》の一員だとは知らなかった。そしてあれほどの強行手段を行使してくるとも思っていなかった。
だが、差別思想があるのは理解していた。
そして、《イフリート》と《プレミアム》の面々と衝突させて彼らの実力を見てみたいと全く思っていなかった、と言ったら《嘘》になる。
彼女は多少なりともそういう展開になることを期待していた。それ故に彼らと《イフリート》を決闘させたのだから。
本当にリールリッドが求めたものは今回の事件みたいなものでは無く、《イフリート》序列上位者と《プレミアム》の決闘を求めていたのだが、結果的に彼らの力の片鱗は感じ取れた。
しかし、リールリッドが言い渡した決闘が謀らずとも今回の事件の火種を生んだようなものでもある。リールリッドは今回も危険な橋を渡りすぎたと普段は滅多にしない反省をする。
まだ肌寒い室内でリールリッドは肌をさすりながら小さくくしゃみをした。
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イルミナは一人、《プレミアム》の寮で生徒達に回復魔法を掛け続けていた。
だが、アルゴ・リザードとの戦闘もあり、流石に魔力の限界が来て、深く息を吐き、音を立てないように静かに椅子に座る。
全員を居間に寝かし、《イフリート》の生徒も同様に寝かせている。もうじき迎えの講師達が来るだろう。
イルミナは六人の生徒の顔を見ながら、ふと先程のキャサリンを思い出す。
「……久し振りにあの子の本気を見たわね。なによ。全然衰えてなんかいないじゃない」
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「……これはキャシー?」
時は練習場にフーが乱入してきた頃、イルミナはキャサリンに頼まれた通りに侵入者を見つけ既に捕縛していた。
まさか学院内に侵入者が入り込んでいたなどと魔獣と戦っていたイルミナは考えてもみなかった。
だが、冷静に考えればわかることだ。何せ学院には結界があり、誰かの手引き無しでは魔獣は学院に近寄ることすら出来ない。
だから少なくとも一人は内部に不届き者がいる計算になる。むしろ、それに気付くのが遅すぎるくらいだと自分を責めていた。
イルミナは侵入者を他の講師に引き渡した後、まっすぐ旧校舎へと向かった。
そして練習場の近くまで来たところで練習場の中からキャサリンの魔力を感じて急いで中に入る。ちょうどその時。
「じゃ、死ねやチビ」
フーは爆発的に上昇した魔力を惜し気もなく放出し、巨大な火炎球を発動させた。
「お前が死ね」
その絶対零度の言葉を放ったのは、フーでも、イルミナでもなく、顔を俯かせたままのキャサリンだった。
次の瞬間、練習場内は氷の世界へと一変し、フーの発動した炎は完全に凍り付いた。
イビルフェアを服用し続け、通常以上の魔力を有しているフーの火炎を意図も容易く、しかも全くの無詠唱でだ。
「は──」
フーは何が起こったのか理解する暇も与えられずに全身が氷付けとなった。
イルミナはそのキャサリンの圧倒的な光景を見て言葉を失う。
「ふぅ……。……あ、イルミナ。やっと来たんですね! 急いで早く皆に回復魔法をっ! 応急処置はしましたが、私は回復魔法苦手なんですからっ!」
だが、イルミナに気付いたキャサリンはすぐにいつもの表情に戻り、イルミナに半泣き状態で懇願した。
イルミナは生徒六人に軽く回復魔法を施した後、氷付けとなったフーを見た。
どうやら、まだ生きているようだ。良かったと安堵した。キャサリンの手を汚さずに済んで。という意味で。
それからひとまず《プレミアム》の寮に生徒達を運び、キャサリンが氷付けにした五人の侵入者を連行していったので、イルミナは自ら留守番を任されたのだった。
「ただいまです。イルミナ」
「お帰りなさい。キャシー」
そして、ちょうどキャサリンが寮に帰ってきた。イルミナはキャサリンに後を任せて、自分の家へと帰っていった。
外に出て、ふとイルミナが振り返り、寮を見つめながら小さく呟いた。
「あのキャシーが先生、か……」
イルミナの表情には柔らかい優しさと、懐かしい感情に溢れていた。
修正
カーティスの魔力の残滓を見付け
↓
町で発見された物と同じ魔力の残滓を見付け