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問題児達の稀少魔術《プレミアム・レア》  作者: いけがみいるか
一章 トライデント・プレミアム
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消えゆく炎と虚言と氷河 2

 練習場は静寂に包まれていた。

 先程まであれほど荒れ狂っていた魔力はその姿を消し、その中心にいたギャバルは魔力が(から)になったのか、静かに気を失っている。

 キャサリンは自分の後ろに並べて寝かせていた四人の生徒の無事を確認し、次に悪党達の姿も確認してからギャバルの近くに倒れ込んでいるグレイとそのグレイの側に座り込んでいるミュウの元へと走った。


「無事ですかグレイ君!」

「は、はぃ……。なんとか……」


 グレイの微かな声からは疲労の色が見てとれたが、どうやら無事なようだった。


「あぁ~。体中が痛い……」

「それはそうですよ! あんな危険な真似、やめてくださいっ! 寿命が縮まるかと思ったじゃないですか!」


 キャサリンは怒りながら回復魔法を掛ける。


「それに、マスターは三つのアークを一度に使ったのと同じなのです。だから疲労が大きいのです」

「……なるほど、魔力切れしてもバテない俺がここまでへとへとになってるのはそのせいか……」


 グレイは納得したように頷き、思い返す。

 確かにグレイは《ミュウ》を顕現し、そのミュウは《空虚なる魔導書エンプティ・グリモワール》と《蜃気楼の聖衣(ミラージュ・ローブ)》を同時に発動していた。

 アークは本来、一人に一つしか持つことが出来ない。しかし、それを同時に三つも発動したと同義なグレイはアークを発動している間は魔力消費も少なく済むが、アークを解除した後の反動もその分大きくなってしまったのである。


「それと、すみませんマスター。わたしも、限界、ふわあ~。……みたいでしゅ…………」

「あぁ、おやすみ。ミュウ。今日はありがとな」

「は、い……。おやしゅみ、なしゃい……」


 かくんっ、と首が落ち、眠るように消えたミュウは、グレイの魔力中枢(エレメンタル・コア)に戻る。


「先生、俺もやばめ、です……。寝そう……」

「わかりました。あとは私に任せて、安心して眠ってください」


 グレイも魔力の使いすぎの反動で眠気が襲ってきて瞼が重くなる。キャサリンはグレイに回復魔法を掛け終え、優しい笑顔でグレイに微笑みかける。


「あと、これだけ伝えときます……。あいつら──」

「…………そう、ですか。はい。そちらも私に任せてください」


 グレイはキャサリンに自分の得た情報を伝え終えて、キャサリンがしっかりと聞き届けたのを見て安心したのか、グレイもそのまま静かに寝息を立て始めた。


「決闘、終了。勝者は《プレミアム》です。……皆さん、お疲れさまでした」


 そして、また練習場は静かになった。


 キャサリンはまず魔法で悪党達を拘束し、生徒六人を水のドームで守り、通信用の魔道具でイルミナに事情を説明し、中央塔付近にいるであろうエルシアとアシュラが倒した悪党の捕縛と逃げ出したもう一人の捜索を頼んだ。

 

「ふぅ……。ひとまずはこれで。あとは誰か来るまでここで待ちますか」


 キャサリンは一人そう呟きグレイ達の近くに腰を下ろす。

 イルミナはグレイ達の回復をしに今から行くと言っていたので、彼女が来るまで少し休憩することにした。

 しばらくすると扉の方から足音がしたのでイルミナが来たのかと思い、扉の方を向いたが、キャサリンの予想していた人物とは違う人物がそこに立っていた。


「はぁ、やっぱしくじったのかよ。使えねえ。こうなりゃオレっちが殺ってやるよ」

「……誰です?」


 キャサリンはその男を睨み付ける。その男は黒いフードを被っていた。


「オレっちが誰かとか知る必要はねえよ。目撃者であるあんたはここで殺すから。心配はいらねえ。すぐにその三人も殺してやるからよ」


 黒服の男、つい先程グレイと戦ったフーは手のひらの上で赤い丸薬、イビルフェアを転がしながら近付いてくる。


 キャサリンはゆっくりと立ち上がり、魔力を練る。


 フーは手のひらに乗せていたイビルフェアをポンと投げ、口の中に放り込んで噛み砕く。


「うぇっ、まずっ。いつ食ってもこの味には慣れねえな……」


 フーは思わず吐き出しそうになるのを我慢し飲み下す。

 すると、体内の魔力中枢(エレメンタル・コア)が通常以上の魔力を生成し始める。


「その魔薬……」

「ん? あぁ、そうさ。オレっちがそいつらにイビルフェアをくれてやったのさ。ちょいと改良して人格破綻が更に進むようにしてあるがな」

「そうですか」


 フーは愉快そうに笑い声を上げていたが、キャサリンの表情は氷のように冷めきっていた。


「じゃ、死ねやチビ」


 フーは爆発的に上昇した魔力を惜し気もなく放出し、巨大な火炎球を発動させた。


~~~


「やれやれ。フーにも困ったものだ。任務を放り出して逃げ出そうとするとは」


 中央塔のバルコニーで一人の男が旧校舎の方角を見つめながら独り言を呟く。


「しかし、こうも上手くいかないとは。奴等の力を舐めていたな。次はもっと──」

「もっと、何だ? 気になるな。続きを聞かせてくれないか?」


 突然発せられた声に、男は取り乱すことはせずにゆっくりと後ろを振り向く。

 そこにはミスリル魔法学院の学院長であるリールリッド=ルーベンマリアの姿があった。


「おや、学院長。たしか今日は学外に用事があったのでは?」

「あぁ、そうだな。よく知っているな。っと、そう言えば今朝会ったんだったかな、カーティス」


 リールリッドは男、カーティスに向かって笑いかける。


「ええ。確か、次回の大会場所の下見に行かれたはずでしたな」

「はは。確かにそう言ったな。だが、実はそうじゃない。本当はミーティアに行っていたんだ」

「ほう? して何用で?」

「魔獣侵入事件に関して調査依頼があってな。色々と調べてきたのだよ。そこで炎の魔力の残滓(ざんし)を確認して、今回の事件は《閻魔》が関わっているのではないか。という仮定を魔術師団と話していた」

「それはお疲れ様でしたな。学院長」


 カーティスは決して取り乱すことなく隙を探る。

 だが、それを見抜かれているのか、リールリッドはすかさず話を続ける。


「そして、私が魔獣が運び込まれたと思われる砦の門にて調査を続けていたら今度は学院に魔獣が出たというではないか。いやぁ驚いたよ」

「そうでしょうね。私も本当に驚きましたよ」


 飄々としているくせに全く隙を見せないリールリッド。カーティスはどうするか考えているところに、リールリッドは不意打ち気味にこう言った。


「ところで、どうしたカーティス。何故まだそんな口調をしている?」

「……はい?」


 カーティスは初めて焦りの声を漏らす。


「カーティス。私は今、お前と二人で話しているんだ。いつも通りにリールリッドと呼びたまえよ。長い付き合いだろう?」

「あ。あぁ……。いえ、今はそれどころではないかと思っていまして」

「ははは。確かに今こうしてゆっくり話している場合では無いわな。だが構わんだろう。で、カーティスよ」

「な、何です? リールリッド」

「……何故今私をリールリッドと呼んだ?」


 カーティスは完全に思考が停止した。


「カーティス。お前は私が学院長になった時から私のことを学院長としか呼ばなくなった。何があっても、私が何を言っても聞かなかったな。だが何故、今、私を、リールリッドと呼んだ?」


 冷や汗が背中を流れ落ちる。


「そう。知るわけがないよな。若い君(・ ・ ・)が、私達のことを知っているわけがないよなぁ……。ファラン先生」


 カーティスが、いや。カーティスの姿を真似た人物が心臓を掴まれたかのような感覚を覚え、静かに自身に掛けていた魔法を解いた。


 ゆらゆらと揺らめいていた空気が、ようやくはっきりと、彼女の姿を成していく。

 リールリッドの目の前にいたのは、カーティスではなく、《イフリート》代表講師、ファラン=アラムストだった。


「何故、私だと気付いたのですか……?」

「何故、か? それは、勘だ!」


 ふざけた様子で笑いながらファランを見るリールリッド。ファランは魔力を練りながら再度尋ねる。


「仕方ないな。教えてやろう。リールリッド先生の特別授業だ。と、言っても極々簡単な推理だ。今回、町の砦で検出された魔力は火属性だ。だが砦が破壊されたような形跡はどこにもなかった。それはつまり炎の揺らぎで幻覚を見せる魔法、《陽炎》が使われたものだと推測出来る。しかも、その魔力の残滓は本当に僅かにしか残っていなかった。私でなければ見つけることが出来なかったくらいにな。つまり、かなりの使い手でなければここまで証拠を残さずにこの魔法を実行することは出来ない。そしてそれを可能にするほどの使い手に私は覚えがあった。君だよファラン先生」


 リールリッドの言う通り、ファランは炎熱系幻覚魔法の使い手で、この魔法のおかげで彼女は若くして代表講師となったのである。


「それだけ、ですか?」

「いや、まだあるよ。と、言ってもこちらは推理でも何でもなく、ただただ純粋に状況証拠が揃っていただけだ。つまりな、ファラン。私は既に薬で眠らされて監禁されていたカーティスを保護してあるのだよ。つまりだ。今、君は私の手のひらの上で馬鹿みたいに踊っていただけだということさ」


 リールリッドは一人何が楽しいのかクスクスと、まるで少女のように笑う。

 リールリッドをよく知る者達は、彼女のことを《虚言の魔女》と呼ぶ。

 嘘を吐き、人を騙すのが好きな彼女にとって、似合いの二つ名であった。


「学院長……。どこまで人を馬鹿にすれば……」

「まあまあ、そう怒るなよファラン先生。たったこれくらいのことで。むしろ、怒っているのは私の方だぞ……」


 リールリッドはスイッチが切り替わったかのように笑いを潜め、逆に怒りを露わにする。そのあまりの迫力にファランは思わず気圧された。


「私の学院で魔獣を暴れさせて、私の生徒達や講師達を傷付け、《プレミアム》の三人を殺そうと刺客を送り、(くだん )の《イフリート》三人を食い物にしようとした貴様らを、私は絶対に許さない」


 《閻魔》の真の目的をも見抜いていたリールリッドに、ファランは思わず息を呑む。


 《閻魔》の真の目的とは、《プレミアム》の抹殺などではなかった。それはあくまでおまけ。本当の狙いはむしろギャバル達だった。

 ギャバルの家は由緒ある火属性の貴族の家系である。

 その血筋、その権力、その財産。それら全てを自分達の仲間に、いや奴隷として欲した。

 ジェンダー家は多くの有能な魔術師を輩出し、ギャバル自身も将来有望だとファランは思っていた。

 属性主義の強い彼らは容易く自分達の仲間に引き込めるとも。


 だから今回の事件の共犯者として仕立て上げ、逃げられなくしてから仲間に引き込む。そういう手はずだった。

 だが計画通りにはいかず、目的は何一つ達成出来ないまま、フーは一人逃げ出そうとしていたので、最悪ギャバルだけでも誘拐してこいと命令したファラン。

 そこをリールリッドに見付かったのである。


「なぁファラン先生。いや、《閻魔》の幹部の一人、ファラン=アラムストよ。逃げられると思うのか? 私の聖域を土足で踏みにじった貴様が、私の目の前から」

「くっ。《聖域の魔女》……」


 《聖域の魔女》とは学院長としてのリールリッドに付けられた二つ名であり、この学院にいる限りリールリッドに勝てる者は誰一人としていない。と、いう噂があるが、真実は一部の講師しか知らない。

 ファランは真実を知らないが警戒はしていた。勝てないとも思っていた。

 だが、全力で逃げに徹したら。と考えたファランの思考さえも、リールリッドには読まれていた。

 だがファランはそれでも行動に起こし、即座に足元に爆発を発生させ、同時に煙幕も撒き散らし、足裏からは炎を噴射させ、その爆発力と推進力を利用し、空を飛ぶ。

 瞬時に三つの魔法を発動させたのは流石の一言に尽きる。だが──。


「かはっ──!?」


 空中で突然吐血したファランはそのまま受け身も取れずにかなりの高さからバルコニーに落ちた。


「な、に……が……?」

「わからんだろうな。そして、理解出来る日は一生来ない。残念だよファラン。君のような優秀な講師がいなくなるのは。だが、今日限りで君はクビだ。残りの人生は、牢獄で優雅に暮らすといい」


 リールリッドのその言葉を最後に、ファランは気を失った。

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