初めての連続 5
「あぁ~あ、やっちまったな。だから余計なことすんなって言ったんだよ。この自己中偽善者娘が」
「ぐ……くぬぅ……ッ」
その夜、肩を落として帰ってきたエルシアから話を聞くと、どうやらティアラと接触したが誤解を解くことには失敗したらしくそれどころか余計に警戒されてしまったらしく、それでエルシアはアシュラから散々小言を言われ続けている。
エルシアはグッと歯を食い縛りながら押し黙っている。いつもなら何倍にもして言い返すところだが、今回はアシュラの言う通り、ただただ余計なことをしてしまっただけなのだ。反論のしようがない。やはりこれは当人同士が解決すべきことなのだと思い知らされる。
「ミュウちゃん。ほんっとにごめんなさい! 私が勝手なことをしたばっかりに」
「そうそう。もっと反省しやがれ」
「うるさいわね……。あんたはもう黙ってなさいよ!」
説得に失敗した苛立ちと先程までの鬱憤が溜まっているのか、いつも以上にピリピリしているエルシアに、ミュウはいつもながらの無表情で首を振る。
「いえ。わざわざわたしのために、ありがとうございました」
「ミュウちゃん…………。まだよ……。まだ明日があるわ! だから仲直りするチャンスはあるはずよ」
ミュウの瞳の奥にうっすら見える悲しみの色を見てとったエルシアは明日に最後の望みを託すべく奮い立つ。
「おいおい。まだ反省してねえのかよ……。つーかチャンスって言っても明日は最終競技と結果発表だけで、しかもそのどっちもが選手全員参加なんだぜ? ミュウちゃんがあの虹色娘に会えるチャンスがまずねえじゃねえか」
「それはそうだけど……。でも競技前とか、大会が終わった後でだって──」
「んじゃ大会が始まるまでの短けえ時間だけでこのややこしい話に決着をつけられるのか? それに大会が終わった後は勝った方はこの街で祝勝会。負けた方は速やかに学校に帰る。そういうスケジュールなんじゃなかったか? 勝っても負けても会う時間は取れねえだろ」
「………………そう、だったわね……」
今日のアシュラは珍しく正論ばかりで、逆にエルシアはことごとく空回りをしている。
そもそもエルシアは長い間、人里離れた山奥で師匠と二人で暮らしていた。そのせいか、少しばかり人間関係に関して疎くなっているのかもしれない。いや、むしろ敏感になりすぎているせいでお節介とも取れる行動を取ってしまっているのかもしれない。
グレイもアシュラも、エルシアの過去を詳しくは知らない。だが姉と再会した時の彼女を見ていたグレイは感じた。
エルシアは人との繋がりをとても大切にして、そして大切にしている人達との別れを恐れているのだと。
だからミュウとティアラがこのまま喧嘩別れみたいになってしまうのを阻止しようとしているのだろうと。
ここまで静観していたグレイは、意を決したように二人に相談を持ちかけた。
「一つだけまだ方法がある。協力してくれないか?」
「またそれかよ、ったく。聞くだけ聞いてやる!」
「私は協力するわよ。だから早く教えなさい」
グレイは二人に今日得た情報を話ながら、自らが考えた作戦を伝える。
その作戦は必ずしも二人が仲直り出来るというものではなく、しかも相当な無理難題だった。
だが、ほぼ確実に二人がじっくり話す時間は取れて、明日一日だけという残り少ない時間でティアラの誤解を解くことが出来るかもしれない唯一の作戦でもあった。
「んだそりゃ。随分ぶっ飛んだ作戦だな、おい」
「でも確かにこれ以外に方法なんてないんじゃないかしら。別に怖いならあんたは別の場所で震えててもらってもいいけど?」
「ハッ、抜かしやがれ! んな面白そうな話、乗らねえわけがねえだろうが! 正直俺ァ全然暴れ足りねえって思ってたんだ。付き合ってやるぜその馬鹿げた作戦によ!」
アシュラはパキパキと拳を鳴らしながらグレイの考案した作戦に協力することにした。
暴れ足りないと言いつつも恐らくアシュラもどこかで二人のことを何とかしてやりたいと考えていたのだろう。
だからこそ普段は気にしない明日のスケジュールをああも完璧に把握していたのだ。本人に尋ねても彼の性格上決して本心を語らないはずなので、グレイは心の中でだけ礼を言う。
何せ、アシュラの力なくしてこの作戦は成り立たない。それどころかアシュラの協力があっても成功するかはわからないし、ティアラがどう判断するかもわからない。
言ってしまえば行き当たりばったりの作戦──いや、もはや作戦と呼べるほどのものでもないのかもしれない。
それでも今日一日考えて、これしか方法はないと思い至った。
もしかしたら他にもっと良い方法もあるかもしれないし、ティアラとはたった一日二日共に行動しただけの間柄なのだから、このまま何もせずともやがて時間が解決してくれることだってあるかもしれない。
それでもやはり、あのミュウの涙を見たグレイは何とかしてやりたいと思うのだ。
魔競祭最終日にして最後の競技『シミュレーション・ストラテジー』。全学年参加の模擬戦争であるこの競技は明日、前代未聞の出来事が起きるのだが、 今は誰もそれを知らず夜はゆっくりと更けていく。
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「明日の競技では生徒共は全員街の外へ出る。生徒に危害さえ加えなければあの魔女も我らに手を出してくることはないだろう。故に明日、強行手段に出る。諸君らにこの私、《人馬宮》の名と誇りを託してあるのだ。決して抜かるではないぞ!」
「「「了解っ!」」」
ケイロンは部下を鼓舞するように活を入れ、窓際に腰掛けて夜空を仰ぐ。
現在サムスの街の周囲を取り囲むように包囲網を敷いている。陸路、空路の両方にも監視の目を行き届かせており、まだこの街からあの者達が脱出したという報告はない。
十中八九まだこの街に潜んでいるはずだ。決して逃がしはしない。
テーブルの上には指令書とサムスの街の見取り図が乗っている。
生きて捕らえよと書かれた指令書には続けてこう書かれていた。
『《白羊宮》の名を貶め、国に反旗を翻した裏切り者、カルナ=セレナイトの娘。ナタリア=セレナイト、セフィリア=セレナイト両名を捕縛せよ。しかしエルシア=セレナイトに関しては《魔女協定》により一切の手出しを禁ずる』
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「あはは~。というわけで私の素性が彼にバレちゃいましたという報告でした~」
『クソが! どうせてめえがくだらねえ好奇心働かせて余計なことまで言ったんだろ。いい加減な仕事してんじゃねえぞ。殺すぞ』
「うわぁこわぁ~い。女の子にそんなキツい言葉を向けるだなんて団長は本当人間失格ですよね~。普通なら泣いちゃいますよ。えーんえーん」
『うぜぇ黙れ。嘘泣きをやめろ気色悪い!』
「……こ~んな美少女をつかまえて気色悪いはないんじゃないですか~? そんなことばっか言ってるとうっかり寝首掻いちゃいますよ?」
『やれるもんならやってみろガキが。で、素性がバレるまでやって手に入れたその情報はそれに見合っただけの価値があるんだろうな?』
やっぱりこの人嫌いだな、と思いつつシュエットは今日新たに得た情報を報告する。
『ふん。魔法を消す魔法、ね』
「ちゃ~んとこの目で確かに見ましたから間違いはないかと。最初聞いた時はただの噂かデマだと思ってましたけど、実際に目の前にすると今まで信じてきた常識ってなんなんだ~って混乱しそうになっちゃいましたよ~」
ティアラの情報と引き換えにグレイが見せた魔法は《リバース・ゼロ》。触れた魔法を無色透明なただの魔力に戻す力。
どれだけ強力な魔法も一瞬にして消し去ることの出来るこの力は、彼らにとって非常に有効利用出来る魔法といえる。
何せ彼ら《カノープス》は別名、粛清の魔術師団と呼ばれ、全ての魔術師団の内部調査を行い、不正や犯罪を犯した魔術師団を粛清の名の元に断罪するのが任務なのである。
そこならグレイの魔術師殺しとも言えるその力は大いに役立つはずだ。
しかしそれと同等の危険性も孕んでいた。
《カノープス》団長もその考えに行き着いたのか、物凄く嫌そうにシュエットに指令を出した。
『じゃ、あいつと一緒にそのグレイって奴を試してこい。最悪、始末してもらって構わねえ。だがあの魔女とやりあう気はねえからあくまで競技中の不慮の事故を装え。以上だ』
《カノープス》団長は指令を伝え終えると一方的に通話を切る。まるで反論などさせないと言わんばかりだった。
通話が切れた途端、はぁ~っと長く溜め息を吐くとベッドに倒れ込みながら別の者に連絡を取る。
部屋はクラス序列二位の権威で一人部屋を選んだため気兼ねなくその相手と連絡を取れるのだが向こうはそうもいかないのか、なかなか繋がらない。
しばらく待つとようやく相手と繋がった。映像はなく、向こうから聞こえてくる声も小さい。加えて別の誰かが騒ぐ声が雑音となって聞こえてくる。
あまり長く話すと迷惑だろうと、シュエットは要件だけを伝えた。
──明日の『シミュレーション・ストラテジー』でグレイ=ノーヴァスを殺すつもりで襲え、と。
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様々な者達の様々な思惑が渦巻く中、とうとう魔競祭最終日の朝を迎えた。




