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問題児達の稀少魔術《プレミアム・レア》  作者: いけがみいるか
五章 ティターニア・ファミリア
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灰色の少女と虹色の少女 4

 『プライム・ファイト』は、魔力封じの結界内で、大会側が用意した殺傷力のない武器を用いて戦うトーナメント式の競技だ。各学校八名ずつの十六人がそれぞれ一対一で戦うのだが、組み合わせによっては同じ学校の者同士が戦うこともある。

 その『プライム・ファイト』の第七試合、グレイは数ある武器の中からコンバットナイフを選び取り、リングに上がる。リングの対面には初戦の相手であるオーソドックスな片手剣を持つブリードの少年がへらへらと余裕の笑みを浮かべていた。


 競技説明を終えた司会者は早速試合開始の合図を出し、両者とも武器を構える。


「最初の相手が雑魚プレとか超ラッキーじゃん! 楽勝だなこりゃ」

「雑魚プレ……? あぁ、今俺そう呼ばれてるのか。まぁそれは別にいいんだが、わりいな」

「あん? 何突然謝って──って危ねぇっ!?」


 嘲るように笑っていた少年は突然目前に飛来してきたナイフに慌てながらも、何とか剣を振り上げてナイフをはじく。だが次の瞬間、腹部に強烈な痛みが走り思わずその場に踞まって苦悶の声を漏らす。

 胃の中にあるものを吐き出しそうになるのを必死に堪え、苦しそうに表情を歪ませながら顔を上げると、グレイがまるで温度の感じられない冷めた目で見下ろしていた。


「俺も最初はある程度手を抜いてやるつもりだったんだが、優勝しなきゃいけねえ理由が出来てな。こんなところでダラダラと余計な体力を使うつもりねえんだわ」


 そう言うとグレイは少年の剣を踏みつけ、くるくる回転しながら落ちてきたナイフを見もせずキャッチし、踞ったままの少年の首元に突きつけた。


「だからとっとと降参してくんねえか?」


 首の後ろ数センチのところにナイフを突きつけられた少年は微動だに出来ず、やがて震える声で降参した。

 その一瞬の出来事に観客はおろか、審判までもしばらくの間呆けていたが、すぐにグレイの勝利を高らかに告げた。

 グレイはそのアナウンスを冷ややかに聞き流しながら会場をぐるりと見回す。観客席の客入りは寂しいことこの上なく、ほとんどが第一競技場の『ディメンション・シューター』の観戦に行っているのだろう。しかし予想していたほどガラガラというわけでもなく、所々にはどこぞの有名魔術師団の制服を着た者達の姿も見受けられた。そしてその誰しもが驚愕の表情を浮かべており、グレイはうんざりしたように溜め息を吐いた。


〜〜〜


「ふふ〜ん。流石はれーくん、圧勝だったね。どう? 君も一年生の頃はこの競技に出てたんでしょ。少しは見直したんじゃないかな。……でも、珍しい。れーくんが少ないとはいえ、こんな人目のある所で縮地まで使うなんて」


 第二競技場で直接グレイの試合を見ていたシエナは自分のことのように誇らしげだが、彼との付き合いの長さから故に多少の違和感も感じていた。

 だがその違和感の正体に気付く前に、隣に立つアーノルドが疑問を呈する。


「その縮地とは何なんです? 先程の瞬間移動のことですか?」

「ん? う〜ん。ま、いっか。縮地っていうのは様々な武術が追い求める歩法の極み、瞬時に相手との間合いを詰める技術のことだよ。しかも速さだけじゃなく、死角、足捌き、呼吸のタイミング、様々な要素が絡み合って初めて完成されるの。れーくんが最初にナイフを投げたのは、相手の注意をナイフに向けさせて、その隙に相手の懐に潜るためだったってわけ」

「あの彼がそれほどの技術を……? ですが、唯一の武器を投げるなど愚かにも程があります。ナイフならば投げて使うよりも近付いて斬った方が確実ですし、例え投げて使うにしても一本しかないのなら、貴重な近接戦の武器を失ってしまうだけです」

「うんそうだね。でもだからこそ効果がある場合もある。君の言う通り、唯一の武器を投げ捨てるなんて本来ならあり得ない。そう思い込んでいるから実際に目の前で起きれば、人の脳は一瞬冷静な判断力を失い、隙が出来る。それに、ナイフが真っ直ぐ(・ ・ ・ ・)自分の目に向かって飛んでくれば誰だって冷静ではいられないでしょ。だから無意識のうちに視線はナイフへと誘導され、回避もしくは迎撃のため反射的に体が動く。そして一瞬でも冷静さを欠けば、体が硬直すれば、隙が生まれたら、れーくんはその一瞬を的確に突く」


 シエナはとても簡単に説明したが、ナイフを矢のように真っ直ぐ飛ばすことも相当至難の技である。何故なら投げられたナイフはほとんどの確率で回転しながら飛んでしまうからだ。余程の鍛練を積まなければ出来ない芸当である。

 体術に縮地に投擲術。よほど魔術師に似つかわしくない才能を持つグレイを見て、彼に対する評価が若干変わりつつあったアーノルドだったが、やはりどうしても納得出来ないことがあった。


「……ならば何故これほどの才能を持ちながらあの男はふざけたような態度ばかり取るのです?!」

「それは……元からの性格って理由もあるけど、その性格を形成した特殊な生い立ちが関係してるの。でも、これ以上は秘密かな」


  シエナはそう言って少し哀しそうに目を伏せる。その様子から何かを察したのか、アーノルドはそれ以上は追求してこなかった。


〜〜〜


「お見事です〜。相手が油断しきっていたとはいえ、ああも容易くねじ伏せるとは」


 選手用控え室へと続く廊下の先で待ち伏せをしていたシュエットに声を掛けられ、グレイは眉間に皺を寄せ辟易する。


「……またお前か。今は用もないだろ。いちいち出てくんなよ。一応敵同士だろうが」

「そんな硬いこと言わないでくださいよ〜。私達、仲良しのお友達同士じゃないですか」

「仲良くなった覚えねえんだけど?」

「照れなくたっていいんですよ、れーくん。異性同士でも友情は芽生えるのですから〜」

「だからその呼び方はやめろ。それよりさっきの約束、忘れんじゃねえぞ」

「えぇもちろん。お友達と交わした約束は出来る限り守るタイプですから、私」

「その一言で一気に心配になったんだが?」

「あはは〜。まあそんなことは置いておいて。どうやられーくんの決勝の相手はうちのギャッツ君になりそうですね」

「……はぁ? まだ一回戦しか終わってねえのにわかるわけないだろ。それにそいつの次の相手はうちの序列上位者だぞ」

「残念ながらゴーギャン君では彼には勝てないでしょうね。もう一人、カナリアさんも勝ち上がってくるとは思いますが、ギャッツ君にはわずかに劣るでしょうし」


 シュエットは自分と同じ学園の仲間を高く評価しているという風でもなく、ただ淡々と事実のみを述べているようだった。聞けばギャッツの眷獣はサポート中心で、ギャッツ自身が前線で戦うスタイルを取っているらしく、それで序列一位にまで登り詰めたらしかった。

 それと一回戦で得た各選手のデータを元に、シュエットはギャッツが勝ち上がると予想したのである。


「そりゃまた随分な分析眼をお持ちのようで」

「お褒めに預かり光栄です〜。私の数少ない特技の一つですから。ま、流石にれーくんみたく実力を隠している人がいるという可能性もありますけどね」


 シュエットの情報収集能力と分析力には目を見張るものがあり、グレイはどこか自分と似た匂いを感じていた。だが、だからこそわざわざ貴重な情報をペラペラと話すシュエットという人物が、そしてその狙いがわからない。


「本当に何が狙いなんだ、お前は……?」

「さっきからお前お前って。しーちゃん、って呼んでくださいよ。いい加減泣いちゃいますよ?」

「はぐらかすな」


 のらりくらりとグレイの追求から逃れようとするシュエットに、グレイは少し語調を強くする。するとシュエットはニンマリと笑みを浮かべる。


「女の子の秘密を聞き出そうだなんて、えっちな人ですね〜。でも特別に一つだけ教えてあげます。私は──あなたの全てを知りたいだけです」


 シチュエーションが違っていれば少しはドキリとしただろうが、今の状況でのその一言はグレイの警戒心を引き上げるだけだった。


「なので、ちゃんと優勝・ ・してきてくださいね」


 敵であるグレイにエールを送るシュエット。グレイはシュエットの手のひらの上で踊らされていることを自覚しながらも、言われた通り優勝を目指すしかなかった。

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