ミスリル VS ブリード 3
魔競祭一日目の競技が全て終了した現在、街中で興奮冷めやらぬ人々の話題は《プレミアム》のことで持ちきりだ。
しかしそれも当然のことだろう。今日行われた四競技全てで《プレミアム》の誰かが最高新記録を出して一位となったのだから。
それを如実に表すように街のあちこちでは本日のハイライトが映し出されているが、そのほとんどがアシュラ、エルシア、ティアラの三人を映していた。
ホテルへ戻ったグレイ達はその映像を見ながら夕食を食べていた。エルシアはどうにも恥ずかしいらしく、顔を赤くしながらもそもそと夕食を食べている。
「何今更恥ずかしがってんだよエリー。ついさっきあの大勢の前で大立ち回りしてたんだろうが」
「それとこれはまた別でしょ。何で食事中にまで自分の競技中の姿をずっと見てないといけないのよ……」
「仕方ないですよ。ここの自律撮影機材は強力な魔力を追尾するらしいですから。必然的に皆さんのことを多く撮影されてるんだと思います」
キャサリンは苦笑しながらエルシアの肩を叩く。恥ずかしそうにしているエルシアを見て、グレイはふと何かを思い付いたかのように笑う。
「そういや帰り道に『エルシアたんマジ天使!』って言ってる集団を見掛けたぞ。それとファンクラブ結成だぁ~、とも言ってたな」
「えっ……ちょ、何それ!? 今すごい鳥肌立ったんだけど!? 嘘でしょ!? 嘘よね!? 嘘と言って!!」
「……そうだな。嘘だと、いいな……」
「その含みのある物言いは何なのよ!? やめてよ! 何だか急に物凄い身の危険を感じるようになっちゃったじゃない!」
「おいグレイ。俺のファンクラブはねえのかよ? 勿論会員は美少女限定だが」
「あるわけねえじゃんそんなの」
「即答かよッ!? 少しは夢を見させろや!」
グレイは二人をからかいながら、映像に映っているティアラの動きを観察していると、そのすぐ側にアーノルドがやって来た。
それを感じ取りながらもあえて無視していたグレイだったが、やはりアーノルドはグレイに用があるようで、わざとグレイの目の前に立つ。
「あの……邪魔なんで退いてもらえます?」
グレイはめんどくさそうにアーノルドの顔を見上げる。その顔を見てすぐに機嫌が悪そうなのがわかって、グレイは小さく溜め息を吐いた。
「で、何か用ですか? 手短にお願いしたいんですけど?」
「何か用かだって? わからないのかい? 今朝のエキシビションマッチのことに決まっているだろう。何なんだいあの不甲斐ない戦いは? いやそれどころか戦ってすらいなかったじゃないか。確かにあれは余興であってポイントが加算されるわけではないが、ああも無様に負かされてはミスリルの沽券に関わるんだ。やる気が無いなら明日の競技は辞退してくれないか?」
語気の強い口調でほぼ命令みたいに言うアーノルドにグレイは対照的に冷めた口調で返す。
「お断りします。競技に参加するのは生徒の自由意思ですから例えミスリル最強のアーノルド先輩の言うことでも聞く必要はないかと。それに先輩も言ったじゃないですか。あれはただの余興だと。しかも俺は道化師ですよ。道化が道化を演じて何が悪いんだか。それでも俺のせいで生じたマイナスイメージが気に食わないなら、見事それを払拭してみせてくださいよ。可愛い後輩の些細な失敗くらい完璧にフォローしてくださいよ。ミスリル最強のアーノルドせ・ん・ぱ・い」
そう言ってグレイは大仰に肩を竦めて鼻で笑う。その憎たらしい態度にぶちギレ寸前のアーノルド。すぐさまキャサリンが二人の間に割って入ろうと立ちあがったが、アーノルドと共に来ていたリンスがそれより先にアーノルドを何とか宥める。
そのリンスもグレイに向かって苛立ちの混じった鋭い視線を飛ばすが、グレイはそっぽを向いて軽く受け流した。そして去り際、アーノルドは小さく小言を呟いた。
「……やっぱり、勘違いだったようだね。君は…………相応しくない」
その言葉の真意まではわからないが、どうやらグレイはアーノルドのお眼鏡にかなわなかったようだ。
アーノルド達が立ち去っていくのを見届けてからようやく傍観していたアシュラが口を開く。
「お前、やけにあの先輩に噛み付くじゃねえか。何かあったのか? 確かに俺もイケメン野郎はいけ好かないが」
「ん~。顔はともかくとして。何だか妙な感じがするんだよ」
「妙な感じってどんなのよ?」
「どんな、って聞かれると答え難いんだよな……。まあ、用心に越したことはないってことだ」
「「……?」」
グレイが何を言っているのかよくわからなかったエルシア達だったが、とりあえず場の空気を変えようと話を変える。
「そういやミュウちゃんは俺がエリーの姉さん探してた時一体どこ行ってたんだ?」
「あんた……。やっぱりそんなことしてたのね。見付からないよう気をつけてって姉様達に言ってて良かったわ」
エルシアは汚物を見るかのような視線をアシュラに向ける。ちなみにエルシアの姉二人は今日は別の宿を取れたとのことでこちらには来ていない。
「エリーてめえやっぱ手ェ回してやがったのか! 道理で見付けられねえわけだ!」
「当然でしょうが。と、そんなことより。ミュウちゃんは今日何してたの?」
「……んむ」
ミュウは口に含んでいるものをゆっくり飲み込んでから、ようやく口を開く。
「………………秘密、です」
十分に間を取ってからの肩透かしな返答にガクッと古典的なリアクションを取るエルシアとアシュラは続けてグレイを見る。が、そのグレイも苦笑いをする。
「残念ながら俺にも秘密なんだとさ。結構色んなところを歩き回ったようではあるんだが」
グレイはミュウ探しに結構な時間を取られたことを思い出しながらミュウを恨めしげに見つめる。だがミュウはその視線をどこ吹く風とまるで気に留めていなかった。そんなところまでグレイそっくりだった。
夕食後、五人は談話スペースでティアラのことについて話し合うことにした。議題は、ティアラと一対一で遭遇したらどう戦うか、である。
ミュウがティアラの名を出た瞬間、ほんのわずかに反応したがそれに気付いた者はいなかった。
「それにしても虹属性ねぇ~。弱点がない、ってのは厄介だわ」
「加えて眷獣も四体従えているとか、もはや反則じゃね?」
「確かに、眷獣を召喚すれば召喚主の魔力も上がるから、四体同時召喚時の魔力量は相当なものだろう。それこそ反則級にな。とはいえ、四体同時召喚なんて体の負担もでかいだろうから長時間戦えないはずだ」
「なら長期戦狙いが一番有効ってわけね……。でもあの子だってそれはわかってんじゃないかしら。だから強力な融合魔法で短期決着を狙ってくると思う」
「たぶんそうだろうな。くそ……あともう少し情報が欲しいとこではあるが、ティアラは今日だけで二つの競技に出たからあとは最後の『シミュレーション・ストラテジー』にしか出ないはずだから情報も集められねえな」
「つまり、ぶっつけ本番しかねえってわけか。上等じゃねえか」
再戦に燃えるアシュラだったが、そこでふと、何かを思い出したかのように呟く。
「そういや──あの最初の名乗りの時にあいつが言ってた《なんちゃらファミリア》って一体何のことだ?」
「何って、ファミリア制度のことだろ。ミスリルにはない制度だから馴染みはないかもしれないが」
「ファミリア制度? んだそりゃ?」
「アシュラ君……。いくら採用されてないとはいえ、授業ではちゃんとやりましたよ。ファミリアとは謂わば部活動、サークルみたいなものです」
先程までは静かに話を聞いていたキャサリンだったが、相変わらずのアシュラの物覚えの悪さに辟易し、ファミリアについての解説を始めた。
「例えば──今日アシュラ君が戦ったネコの魔獣の属性は火でしたよね。でも種類や生息地の違いなんかによっては別の属性を持つネコもいます。他にもネコはネコでもチーターやライオンみたいに“ネコ科”という共通点があったりと、属性や種族が別であってもどこか共通する部分がある者達同士が集まって出来たグループ──それを《ファミリア》と言うのですよ」
「ふ~ん。用は仲良し集団みてえなもんか」
「その認識でだいたい合ってるのですよ。《ファミリア》の利点は、お互い魔獣の飼育方法を相談しあったり出来る。メンバー同士で戦闘訓練を行うことが出来る、等と色々あります。中には自分達の魔獣を愛でることだけが目的のファミリアもあったりと種類も様々みたいです。ちなみにミスリルでもこの制度を取り入れようという話も上がってるので、今度はちゃんと覚えておいてくださいね」
アシュラはキャサリンの臨時課外授業を聞き終え、だいたいファミリア制度というものが理解した。そこで疑問になるのが──。
「で、その……なんだったっけ?」
「《ティターニア・ファミリア》」
「そう。その《ティターニア・ファミリア》ってのは何を目的にした集団なんだ?」
「さ、さあ……? わたしもそこまで詳しくはわからないですよ。ファミリアの名前や活動内容は各自が決めるものですし」
「…………」
一番端のソファに座っていたミュウは、グレイ達の会話には興味なさそうに装いながらほんのわずかに聞き耳を立てていたことにグレイは気付いていた。
相変わらずのポーカーフェイスだが、グレイがミュウに隠し事が出来ないようにミュウもグレイに隠し事が出来ないのである。
流石に隠している内容までは把握出来ないが、ティアラに関する何かなのだろうと当たりは付けていた。
しかしこのことについてもグレイは特に何かを言うつもりはなかった。何せミュウがはじめてグレイにも秘密にしたいことが出来たのだ。
昔みたいな、どこか機械のようだったミュウを知っているグレイからすれば、それは成長だと感じたのだ。
「とりあえず作戦会議はここまでにしとくか。俺は明日は忙しいからな」
「おいグレイ。今日みてえな無様な結果出すんじゃねえぞ?」
「あぁ、一応努力はする」
「実を伴わない努力はいらないわよ?」
グレイは二人に半目で睨まれながら釘を刺され、明日に備えるために部屋へと戻っていった。




