ミスリル VS ブリード 1
第42話
午前中の競技が終わり、グレイ達は昼食にしようと店を探し回っていたのだが、あまりにもアシュラが悪目立ちしまくるために余計な時間が掛かってしまっていた。
そんな中ようやく見付けた店に転がり込むとそこは大会期間中、学生しか入店出来ないよう規制されているらしく、野次馬は入ってこれないみたいだった。
ようやく一息つくとメイランが恨めしそうに小言を言う。
「もぉ~。アシュラ君のせいで無駄に時間掛かったじゃ~ん」
「俺に文句言うなっつの。てか、何だよあいつら。サインやら握手やら求めてくるわけでもなく、ただ遠くからジロジロとうざってえ視線向けやがって。相手が美少女なら全然ウェルカムだけどよ」
「でも実際アシュラ君は超稀少の存在ッスから注目を集めるのも無理ないと思うッス」
「それでも女の子達には興味を持たれないアシュラ君って、流石だよね」
「ホント何でだよ!? 一位だぞ! 歴代一位! 今ごろモテにモテまくっててもいいだろうがっ! なのに何で俺の方が近付いていったら一目散に逃げてくんだよ!?」
「そんな当たり前のこと、言わせるなよ。それにしても腹減ったなぁ……。ミュウは大丈夫か?」
「はい……。全然…………大丈夫、です」
「うん。全然大丈夫じゃなさそうなことはわかった。さっさと何か食おう」
ミュウの表情はいつもの通り無表情のままなのだが腹の虫は正直なようで先程から鳴りっぱなしだった。
店内を見渡すと、白と黒のユニフォームを着た者達がそれぞれ学校ごとに分かれて固まっている。
だがその中で一人、黒のユニフォームを着た少女がグレイ達の知り合いと口論しているのを見かけた。
「何故ランキング戦に出場なさるのですかっ! 兄様にはシュヴァインフルト家である自覚が足りなさすぎです!」
「そうかもな。だからお前が家督を継ぐことになったんだろ? それに別にあれは暗黙の了解ってだけで、絶対にそうしないといけないってわけじゃないし、これもうちの作戦の一つなんだよ。どうしても不出来な兄を自分の手でぶっ飛ばしたいってんなら最終日まで楽しみに待っとけって」
「~~ッ! もういいですッ!」
少女が激昂しながら店をあとに、その友人と思われるもう一人の少女もチラリとこちらを一瞥してから後を追うように店を出る。
そのあと暫しの沈黙が訪れたが、またすぐに店内はにぎやかな話し声に満たされていき、とりあえずグレイ達は今、激しく口論していたもう一人の元へと向かう。
「おいおいソーマ。何ブリードの奴と喧嘩してんだよ。あんまり面倒起こすなよ」
「それを問題児のお前に言われたくはないんだがな。それに問題ねぇよ。ありゃおれの双子の妹だ。だからただの兄妹喧嘩で済まされるだろ」
ソーマは妹が出ていった扉を眺めながら説明した。
「それと彼女、ソーラちゃんはどうやらブリードの《ハーピィ》序列一位で、しかも学年序列三位らしい」
そう説明を付け加えたのはソーマの向かいに座っていたカインだ。グレイ達はそのままカイン達の近くの席に座り、注文してから話の続きを伺った。
「それで、何で喧嘩してたのさ?」
「そんな大した話じゃねえぞ。妹はおれが三日目の個人戦に出ないでランキング戦に出るのが気に食わないだけだ」
「……あ? それだけか? くっだらねえ理由だな」
「はは。そうかもしれないね。でもアシュラ君はあまり気にしたことないかもしれないが、三日目の個人戦は上級貴族の子息が出場する、という暗黙の了解があるんだよ」
首を傾げたアシュラにまたカインが説明を加える。するとメイランは納得したように手を打った。
「そっか。ソーマ君の家って《王道十二宮》の一角だもんね」
「…………はぁああ?! んな話、聞いたことねえぞっ!?」
「それはお前が無知なだけだ。それどころか、ミスリルにはもう二人ほど《王道十二宮》の子息がいるだろ」
「マジかよ!? 誰だよそいつ!?」
「ほ、ほんとに知らないんだね……。一人はうちらの代表、バーミリオン家が《獅子宮》の称号を。そしてもう一人、ウォーロック君のレグホーン家が《磨羯宮》の称号を授かってるんだよ」
「ちなみにソーマ君のシュヴァインフルト家は《双児宮》の称号を持ってるッス。 これくらいのことは馬鹿なオイラでも知ってるッスよ……」
アシュラと同様に学力低めなメイランとゴーギャンからも哀れみの目を向けられ、気恥ずかしさを紛らすためにわざと大きな声を出す。
「あぁ~はいはい! どうせ俺は大馬鹿だよ! で、ソーマの妹がシュヴァインフルト家の癖に~っつって怒ってたってわけか?」
「まぁそういうこった。しかしなぁ、あいつは次期当主なんだから、もう少し冷静さを身に付けて欲しいもんだ」
「当主っておいおい。双子っつっても一応お前の方が兄貴なんだろ? 妹に負けてていいのかよ?」
「あぁ。実際あいつの方が頭良いしな。それにもうどうしようもねえよ。うちは代々《調練魔術師》の家系だ。アークを取ったおれに家督を継ぐ資格はねえよ」
ソーマは淡々としながら事実だけ並べていく。本当に家督に興味がないようだ。アシュラはそんなやる気のないソーマをつまらなさそうな目で見ながら鼻を鳴らす。
「はんっ。何ともやる気のねえ兄貴だな。しっかし。まさかうちの学院に三人も《王道十二宮》がいたとはな。知らなかったぜ」
「まあ、所詮はそのせがれってだけだし、同年代に《プレミアム》みたいなのがいりゃ、《王道十二宮》の名なんざ掠れるに決まってらぁ」
「そういやアスカに聞いたんだけど、ブリードにもソーマ君の妹とは別にもう一人いるらしいよ」
「マジかよ。すげえ偶然だな」
アシュラは軽く驚くが、恐らくこれがどれほど天文学的確率なのか、正しく理解していない。
《プレミアム》が四人、現《王道十二宮》の子息、息女が五人。これらが同じ時代に産まれてきた、その異常過ぎる確率を。
~~~
「げっ。やっべ。そろそろ時間じゃねえか」
「午後から競技なんて大変ッスね」
「ボクらは午前中でよかったねぇ~」
「競技終わったてめえらは呑気そうでいいな、くそ。じゃおれ行くわ」
「ちょい待て。俺も行く。おっと誤解すんな。てめえの応援じゃねえぞ。『クイック・ヒッター』にはエリーが出る。となるとエリーの姉さん達もそっちの会場にいるはずだ。俺はあの美人二人とお近付きになるために一緒に行くんだからな!」
「なんで軽くツンデレ入ってんだよ気色悪ぃ……。来るんならさっさと食えよ」
「わかってるっつーの。だがな、料理っつーのは最後まで全部食べるのが礼儀なんだよ」
「だから喋ってる暇あんならさっさと食えっての!」
ソーマが軽く焦りながらアシュラが食い終わるのを待つ。先に行けばいいのに、と内心思いながらグレイもようやく食べ終わる。
「よし。んじゃ俺も一緒に行くかな。暇だし。メイラン達はどうする?」
「ん~。ボクはその辺の出店で食べ歩きしてくるよ」
「今食ったばかりだろ?!」
「それはそれ。これはこれだよ」
メイランの底無しの胃袋はミュウ以上かもしれない。恐る恐るミュウを見ると満足そうな表情を浮かべていたので、密かに安堵した。
「オイラは第一競技場に行くッス。例年『プライム・ファイト』に出場する選手のほとんどは火か土の魔術師なんで、敵情視察ってやつッス」
「そうか。じゃ後でどんな奴がいたか教えてくれ。で、カインは?」
「僕はホテルに戻るよ。明日からに向けて最終調整しておく」
「おめえは応援に来いよクラスメイト」
「ちなみにコノハとシャルルもホテルで応援しているって言っていたよ」
「人望ゼロか、おれは!?」
「信用していると言ってくれよ、ソーマ。それとも応援しに行った方がいいかい?」
「そんな哀れみの応援いらねえよ! とっとと帰れ! って、もうほとんど時間ねぇじゃねえかぁぁっ!」
気付けばもうすぐ競技が始まる時間になっていた。だが街の中で魔法を使えば事故の元になりかねないため、使用は厳禁。つまり走っていかなければならない。
「おいおい何してんだ。さっさと行けよ。シュヴァインフルト様ともあろう御方が遅刻する気か?」
「こんのクソッタレがっ! お前が待てって、あぁもう! マジ覚えてろよッ!」
アシュラに向かってそう吐き捨てたソーマは必死の形相で店から飛び出していった。全く、あれで上級貴族の息子だとは到底思えなかった。
それからグレイ達は店先で別れ、グレイ、ミュウ、アシュラの三人は第二競技場へと向かった。




