四人目の《プレミアム》 3
ティアラの《プレミアム》たる由縁を目の当たりにしたリールリッドは、隣のゴルドフへと視線を向ける。その目は普段の彼女からは想像も付かないほど真剣なものだった。
「…………おいゴルドフ」
「お前さんの言いたいことはわかる。が、あやつ自身には全く関係のない話じゃ。いちいち突っつくこともあるまいて」
だがゴルドフは、こういう反応をされることをあらかじめ予想していたのかリールリッドの言葉を途中で遮る。
「……確かにその通りではあるが。まさかとは思うが、あの眼帯の下は──」
「お前さんの予想通りさ。だがまぁ、今のところ何の問題もない」
だから心配するようなことはない、と話を終わらせて、ゴルドフは観戦に意識を戻す。しかしリールリッドにはまだ気になっていたことがあった。
「そうか……。しかし何故あれほどの稀少度を持った彼女の情報が外に漏れなかったんだ?」
「そりゃ外部の手を借りながら徹底的に情報規制をしたからじゃ。あと、あやつ自身にも問題があったから今まで公式試合にも出ておらんかったのじゃよ」
「問題……?」
「いや。問題と言っても大した話じゃあない、っと。……おいおい。流石に冗談じゃろ……?」
「何だ急に? …………は?」
会話を中断し、試合に視線を戻した二人が見たのは、まるで予想してなかった展開だった。
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「驚いたか? これこそが妾の力だ。妾はこれを虹属性と呼んでおる。そしてこの者達が妾に仕えし眷獣だ。名をケイト、クオン、ホルス、エポナと言う」
ネコ、イヌ、ニワトリ、ロバ。四体の眷獣が返事をするように鳴き、ティアラを守るように整列しながら戦闘体勢を取る。
「なるほど。これで五対三。数ではこちらが一気に不利になったわけだな」
グレイはその光景を見て、何故ティアラが自分が不利にしかならないはずのルール提案をしたのかがわかった。というよりも、今なら公平さを保つために提案したルールだとすら思える。
もし、一人でこの四体の眷獣とティアラを同時に相手するとなると、こちらが非常に不利となる。つまりティアラは自分の有利なルールを捨てたということでもある。
「はっ。数で勝ってようが関係ねえ! 力尽くで押し通るだけだっ!」
「馬鹿ね。その力でも押し返されてた癖に」
「るっせえ! てかグレイ! てめえも戦えや!」
「ん? …………そうだな」
「何よ今の間は?」
「いや、何でもねえ」
「絶対ロクでもないこと考えてるわねあんた!」
ぎゃいぎゃいと騒ぐ三人を遠巻きに見ているティアラは、一瞬どこか寂しそうな顔をしたがすぐに切り替えた。
「《四色の陣》展開! ケイトは夜叉を、ホルスは天使を狙え!」
素早い指示が飛び、眷獣達は迅速に行動に移す。そしてケイトはアシュラ、ホルスはエルシアへと攻撃を仕掛けてきた。
「来い! 次は容赦しねえぞ! 全力で叩き潰すッ!」
「天使って私のことっ!? その呼び方ちょっと恥ずかしいからやめて!」
迫り来るケイトに向かって突進していくアシュラとは対照的にエルシアはホルスから距離を取りながら迎撃する。
アシュラとケイトの激しいぶつかり合いと、エルシアとホルスの無数の弾幕が飛び交う中、グレイは未だに一歩も動いていなかった。
「眷獣を前線で戦わせるのは《調練魔術師》の典型的な戦術だ。でもまだ二体後ろに控えさせている……。《四色の陣》ということは、あの二体の役割は回復と防御だな。つまり一個小隊を相手にしてるみたいなもんか。それにティアラ本人は四属性全ての魔法を使用出来るオールラウンダー。うわ、厄介だな。どうする……?」
「おいこらグレイ! 何一人でぶつぶつ言ってやがんだ!? マジでいい加減動きやがれ!」
「そうよ! 一体何してんのよ!?」
「わかったっつーの! ……よし」
思考を巡らせているグレイは、アシュラとエルシアの怒声でようやく動き出す。
「来るか、道化師」
向かってくるグレイを見てティアラも魔力を練りながら身構える。
「エポナ! 道化師の動きを止めよ。《マッド・バインド》!」
エポナは高く上げた蹄を強くリングに打ち付け、グレイの足元に泥状の罠を張り巡らせる。
「おっとと……!」
その罠に足を取られたグレイ目掛けてティアラは練った魔力を全て使う勢いで魔法を放つ。
「《第二魔楽章》燃え盛れ、業火の旋風! 《フレイム・トルネード》!!」
火と風の魔法を合わせた強力な炎の竜巻が凄まじい勢いでグレイ目掛けて直進する。だがアシュラもエルシアも、ミスリルの誰もが思っていた。
グレイの魔法があればどんな魔法も無意味だということを。
どれほど強力で珍しい魔法でも、グレイの前では全て等しく無に還る──はずだった。だがグレイはその炎の竜巻に為す術もなく飲み込まれ、呆気なく場外まで吹き飛ばされる。そしてグレイはそのままリング外に落下し、しばしの沈黙の後アナウンスが鳴る。
『グ、グレイ選手! ティアラ選手の強力な一撃を受けて敢えなくリングアウトだぁぁっ!』
「……あぁっ?」
「なっ?!」
「「「な、なにぃぃぃぃぃ!?」」」
誰もが予想もしていなかった、グレイの一発リングアウトに会場中が不満の声で大きく揺れた。
「いってぇ……。流石に直撃すると堪えるな」
そんな会場中の不満の声などまるで聞こえていないのか、リングの外に落ちたグレイは上体を起こして服に付いた煤を払い落とす。
「ちょっと何してるのよあんたはっ! あんなの普通に対処出来るでしょうがっ!」
リングの上からエルシアの怒鳴り声が飛んできてグレイは思わず耳を塞ぐ。
「無茶言うなっつの。無属性の俺にそんなこと出来るわけねえだろ?」
「何ふざけたこと言って……」
と、再度声を荒げようとしていると、グレイが何度か瞬きしてアイコンタクトをする。
話を合わせろ。という合図を受け取り、エルシアはようやくグレイのいやらしい目論みに気付く。そしてその目論みに気付けるようになった自分に対しても若干悲嘆しながら大きく溜め息を吐く。
「…………はぁ~。あんたって、ほんっとに役に立たないわね」
「おいエリー。そんなクソ雑魚ほっとけ! まだ試合は終わってねえんだぞ!」
「わかってるわよ!」
それっきりエルシアは試合に意識を戻し、グレイはやってきた医療班に連れられその場から離れる。その途中、会場からグレイを嘲笑う声があちこちから聞こえてきた。
「おいおいなんだよ!? 無属性って、無能って意味だったのか?!」
「あれが魔術師かよ? 俺より弱いんじゃねえか? ギャハハハ!」
「ふざけんなよ! 魔術師の恥だぜあんなの。あれで称号保持者だとか何考えてんだ?」
「あれだろ? 物珍しさから特別に与えられただけのお飾りの称号なんだろうぜ」
「う~わ、ガッカリだわマジで。つかあいつ本当に魔術師なのか? まるで魔力を感じないんだが」
嘲笑と侮蔑の声を聞きながら、グレイは内心ほくそ笑む。作戦通りだ、と。
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「何とも呆気のない……。道化師の二つ名を持っているというからどれほど楽しませてくれるのか期待していたのだが。お主らはあまり妾を幻滅させてくれるなよ。夜叉、天使」
「当然だろ。あんな奴と一緒にすんじゃねえよ」
「性格最悪のアレと一緒とか、本当にやめてくれない?」
「お、お主ら……。友人に対して中々辛辣だな……」
アシュラとエルシアの非情とも思える対応に若干戸惑いはしたが、これで五対二と更に有利になったティアラは作戦を変更する。
「作戦を《二正面の陣》へと移行。エポナはケイト、クオンはホルスのサポートへ回れ!」
ティアラの指示通りに陣を変化させ、後ろに控えていた二体がそれぞれの相棒のサポートに付く。二対一の状況を二つ作り出し、ティアラは後方へと下がる。
「ちっ。よりめんどくせえことに! あの野郎、後で覚えてやがれ……ッ!」
アシュラはケイトの猛攻を躱しながら攻撃を仕掛けるが、その度にエポナの防御魔法に阻まれ、非常にやりづらい状況になり、エルシアもまた、ホルスの攻撃を受け流しながら何度か攻撃を命中させるも、クオンが逐一回復魔法を使ってきて仕留め切れない。
こうなったら、と直接ティアラを狙おうとも試みたが、四体が上手く連携を取ってまるで隙が出来ない。その間にティアラは膨大な魔力を練り上げて両手を前に突き出す。
「戻れお前達! アレをやるぞ!」
その指示を受けた四体はすぐさまティアラの元まで下がって両脇に二体ずつ並び立つ。それと同時にティアラと眷獣四体から強烈な魔力が迸る。
「《第四魔楽章》四色のエレメントの輝きをもって、現れ出でるは虹彩の架け橋! 解き放て! 《アルカンシエル》!!」
ティアラは火、水、風、土。四つの属性全てを融合させた究極魔法を撃ち出し、それに合わせるように四体の眷獣もそれぞれ強力な魔法を放つ。
それはまさしく虹色の架け橋の如く駆け巡り、アシュラとエルシアへと迫る。
「喰い尽くせ! 《暗影咬牙》!!」
「輝き照らせ! 《ライトニング・ボルテッカー》!!」
四色の虹に対抗するように放たれたのは黒き闇の顎と白き光の柱。その三者の魔法が衝突した時、大気は尋常ではないほどに震動し、リングには亀裂が走り、会場は大きく揺らいだ。拮抗する虹と光と闇の魔力はリングに張られていた結界をも破壊しそうな勢いでぶつかり合う。
ちょうどそのタイミングで試合終了のゴングが鳴り響く。しかし、だからときってすぐに魔法を抑えられるわけもなく、それどころか全員ゴングの音すら聞こえていないようだった。
このままだと結界が壊れ、周囲に被害が出かねないと思っているとついに結界にも亀裂が入り──。
「いたっ!?」
「なっ!?」
「きゃっ!?」
突如リングに立つ三人と四体の眷獣が同時に地面に勢いよく倒れ伏す。それと平行して彼らが放っていた膨大な魔力の塊が急に角度を曲げ天に向かって飛んで行き、ちょうどその上空に浮かんでいた雲を弾き散らせながら彼方へと消えた。
「そこまでだ。エキシビションにしては、何とも刺激の強いものになってしまったが、開幕の狼煙にしては上等だ」
そう言いながらリングに降り立ったリールリッドは司会者席に向かって合図を送る。
『あっ、し、試合終了です! 結果はタイムアップの両校引き分け。あまりの驚きの連続で私、実況するのも忘れてました! 実に素晴らしい、まさしく神話のような試合でした!』
こうして歴史的な一戦、四人の《プレミアム》の試合が終了した。エキシビションとは思えぬほどの迫力に会場は大いに沸き立った。
その試合が実に素晴らしいものであったからこそ、裏ではグレイの評判だけが着実に下がっていくのだった。