四人目の《プレミアム》 2
「あれが貴様のところの」
「おうよ。まあ、見た通り難儀な性格をしちゃおるが紛れもない本物じゃ」
リールリッドはゴルドフと観覧席に座りながらリングに立つティアラを凝視する。ティアラを見ているとリールリッドの脳裏にはデジャヴのようなものが過るが、表情には出さず鼻を鳴らす。
「難儀な性格なのはこちらの三人も同じだがな。もしや《プレミアム》には難儀な奴にしかなれないという法則でもあるのかもしれんな」
「だっはっはっ。その法則、お前さんが《プレミアム》じゃない時点で破綻しておるじゃろうて。お前さん以上に難儀で面倒な女などそうそうおらんからな」
「はっはっ。確かにな。貴様みたいな偏屈ジジイも《プレミアム》ではないのだからこの仮説は成り立たないな」
互いに笑いあってはいるが、この場には目には見えない火花が大量に散っていた。
「とまあ、それはともかく。今更ながら本当にあんなルールで良かったのか?」
「あぁ。男に二言はねえ、と格好の良いこと言いたいところではあるが、あれは儂が言い出したことじゃなく、あやつ本人からの強い希望でな」
「ふっ。どれだけの自信があるのか知らんが、あまりこちらを舐めるものではないぞ」
「わぁっとるよ。それでも尚、最終的に儂が許可を出した。それがどういう意味かは、当然わかるであろう?」
ゴルドフの口角がつり上がった余裕で強気な笑みに、嘘が混じっていないことを直感する。
「そうか。それは非常に楽しみだ」
リールリッドは素直にそう感じ、リングに立つグレイ達の複雑そうな表情を楽しそうに見つめた。
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「……おいおい。ふざけてんのか?」
「ふざける? 何のことだ?」
「たった今聞かされたこのエキシビションマッチのルールのことだよ! てめえ一人で俺ら三人を相手にするって、舐めるのも大概にしやがれ!」
アシュラはきょとんとするティアラに怒鳴り散らす。だが無理もない。自尊心の強いアシュラのことだ。三対一で掛かってこいなどと言われて黙ってられなかったのだろう。
それにアシュラほどわかりやすくはないが、エルシアも多少不満を感じていた。別にティアラのことを軽視しているわけではなかったが、それでも三人同時に相手をすると言われればプライドにも傷が付く。それは暗に三人掛かりでも余裕だ、と言われているのも同じで、つまるところ自分達は弱いと言われているようなものだからだ。
「だがそういうルールだと決まったではないか。仕方があるまい。それとも何だ。お主達はルールを聞かされておらぬのか?」
話が食い違うことに疑問を覚えるティアラを見てグレイは悟る。恐らくこの齟齬はリールリッドがあえてルールの説明を怠ったことで起こっているのだろうと。理由はたぶん、というよりほぼ百パーセントの確率で「君達の驚愕、困惑した表情が見たかったから」だろう。
よく嘘を吐き生徒を困らせることが好きなリールリッドである。十分にあり得る話だった。先程まではまともだったというのに、ここに来てとんでもないものをぶっこんできたものだと頭を抱えた。
「アシュラ。もういい。これはたぶんあの嘘吐き学院長が仕掛けたことだろう。その子に非はない」
「はぁっ? …………ちっ。そういうことかよ」
「ふむ。何やらわからんが解決したのか?」
「あぁ。悪かったな。どうやらうちの学院長が何か仕組んだみたいだ。お前も大変だな、俺ら三人同時に相手しろだなんて」
グレイは同情するように言ったが、ティアラはそれをすぐに否定した。
「いや? 三人同時に相手をすると提案したのは間違いなく妾だぞ」
「なっ……?」
それを聞いたアシュラの瞳は再び怒りの炎を燃え上がらせ、エルシアの瞳にも静かな闘志が宿る。
「ほう……。上等過ぎんぜお前。いくら美少女だろうと馬鹿にされんのは好きじゃねえんだ」
「これがエキシビションマッチでポイントには関係ないとは言っても、舐めてたら怪我するわよ」
「む……。別に妾は馬鹿にも舐めてもおらんぞ? ただ実際問題としてそうした方が良いと判断しただけだ」
「んだと……!」
ティアラはまるで悪気は無さそうで、自分がアシュラを煽っていることにも気付いていなさそうだ。嘘が吐けないというか素直というか、少なくとも空気読めない子ではあるようだ。
「あ~、はいはい。そこまで」
ティアラが発言する度に怒りのボルテージが上がっていく二人をグレイが間に入って落ち着かせる。
「てめ、なんだよ!」
「落ち着けっての、この単純馬鹿。お前、もしこの挑発こそが相手の罠だとしたらどうすんだ。もしそうじゃないとしても一度冷静になれ。それにもうどうしたってルールは変わらない。なら、相手に吠え面かかせてやることだけ考えろ」
グレイに説き伏せられ、何とか試合前に暴走させることは避けられ、小さく安堵する。隣で共に話を聞いていたエルシアも冷静さを取り戻したように大きく深呼吸する。
「もう良いか?」
「悪いな何度も手間取らせて。さぁ、始めようぜ」
「うむ。……しかしお主、何やら──」
『さぁ! 両校の準備が出来たようです! 試合の制限時間は五分。アーク及び眷獣ありの変則バトル! ミスリルの三人対ブリードの対戦です! では両校選手、大きな声で名乗りを上げてください!』
ティアラが何事かを言おうとした瞬間、司会のアナウンスが響きティアラは首を振って気を引き締め直す。
「では改めて名乗ろう! ブリード魔術学園《ティターニア・ファミリア》所属。《虹冠の妖姫》のティアラ=レインフォードである!」
「ミスリル魔法学院《プレミアム》所属。《陽光の熾天使》のエルシア=セレナイト」
「同じく、《月闇の影夜叉》のアシュラ=ドルトローゼだ!」
「《星屑の道化師》グレイ=ノーヴァス」
『それでは──試合、開始です!』
開始直後、アシュラは大剣のアーク《月影》を顕現し、ティアラに迫る。
「《三日月ノ影》!」
速攻で仕掛けたアシュラは大剣を大きく振り下ろし、影の斬撃を放つ。一方ティアラは瞳を閉じ魔力を練って眷獣を呼び出す。
「いでよ。王に仕えし業火の爪! 《召喚》!」
本来必要のないはずの前口上を加えてから召喚されたのは、赤い毛並みをしたネコの眷獣だ。
「炎……? それのどこが《プレミアム》なん──」
「ゆけケイト! 闇の斬撃を焼き斬れ! 《バーニング・クロー》!!」
「シャァァアアッ!!」
ネコのケイトは魔力を炎の爪のように見立てて放出し、アシュラの斬撃を真正面から受け止め、相殺した。
「ちっ!? だったら、これでどうだよっ!!」
「躱せ!」
自分の攻撃を小さなネコ一匹に相殺されたことが悔しかったのか、今度はケイトに向かって斬りかかる。だが標的は小さく、更にちょこまかと逃げまくるためなかなか攻撃が当たらない。
「そこだケイト。もう一度《バーニング・クロー》!」
「ぐおっ!?」
焦りが生んだ一瞬の隙を突くようにティアラの指示が飛び、ケイトがアシュラの懐に飛び込んで攻撃を叩き込む。
何とか寸でのところで防御が間に合ったが、勢いまでは殺せずリングぎりぎりまで吹き飛ばされる。
「あんにゃろ……。ちっこいくせしてなんつー重てえ一撃だよ……!」
「当然だ。ケイトは妾達の特攻隊長だぞ」
「そう。だったらこれならどう?」
ティアラは大層自慢げに胸を張る。そこにエルシアはすかさず攻撃を加える。光速で飛来するいくつもの弾丸。
だが次のティアラの予想もしていなかった行動に、誰しもが度肝を抜いた。
「いでよ。王に仕えし疾風の翼! 《召喚》! ゆけホルス。向かい来る全てを撃ち落とせ! 《サイクロン・フェザー》!」
新たに召喚されたニワトリの眷獣、ホルスはエルシアの弾丸を羽の形を模した突風に弾かれた。
グレイは光速の攻撃が全て攻撃が撃ち落とされたことにも驚いたが、それ以上に驚いたことがあった。そしてそれはこの場にいるブリード勢以外の全員と同じ心境だった。
「二体目の眷獣、だと……!? それに、二つも属性を持ってるのか……?」
眷獣は一人に一体までしか契約出来ない。それは過去どれほど偉大な魔術師であっても覆せなかった常識だ。それに契約を結べる魔獣は自分と同じ属性でなくてはいけない。だが今新たに召喚された眷獣、ホルスは風の魔法を使った。それは即ち、ティアラは火と風、二つの属性を保有しているということになる。
属性を二つ持つ者のことを一般的に《ウルトラ・レア》と呼び、《プレミアム・レア》に若干の引けを取るが、それでも十分に珍しい存在だ。
「なるほど……。《ウルトラ・レア》であり前代未聞の二重契約者。それがあいつの……」
「道化師。何か勘違いしておらぬか?」
道化師、とは恐らく自分の二つ名のことを言っているのだろうと顔をあげたグレイの視線の先には、ニヤリと含み笑いをしたティアラが、よく見ておけと言わんばかりに両腕を広げた。
「いでよ。王に仕えし流水の牙。大地の蹄。《召喚》!!」
ティアラが新たに呼び出したのはイヌとロバの眷獣。ここまで来ると、嫌でも想像出来る。
ティアラ=レインフォードが《プレミアム・レア》に分類される由縁。それは──
「四つの属性を持ち、四体の眷獣を従える多重契約者……。なるほど、これは確かに超稀少だ……」