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問題児達の稀少魔術《プレミアム・レア》  作者: いけがみいるか
五章 ティターニア・ファミリア
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魔競祭前夜 4

 リールリッドの挨拶も早々に終わり、皆それぞれに食事を楽しむ中、バーバラは何度も何度もキャサリンに謝罪し、その隙にヤグラはそそくさと厨房に戻る。

 その様子を見ながらアシュラは思わぬところで親と再会したせいか、ばつが悪そうにしながらもヤグラが作った料理はしっかりと食べている。どの料理も本当に美味しく、やはりどこかアシュラの作る料理と味付けが似ていた。


 食事を終わるとアシュラはバーバラに首根っこを掴まれ、明日の料理の仕込みを手伝えと無理矢理引き摺られていく。女子風呂覗き計画を企んでいたアシュラは全力で抵抗したが、あえなく厨房の中へと放り込まれた。アシュラは最後にグレイに助けを求めるように喚いていたが、グレイは無慈悲な笑顔でそれを無視した。

 ミュウは食べたら眠くなったようで、人目につかないよう注意しながらグレイの魔力中枢エレメンタル・コアへと戻してから帰ってくると、既にエルシアの姿はなく、残っていたキャサリンも講師達で明日からの準備があるとのことで席を立った。

 一人取り残されたグレイはやることもなくなったので風呂にでも入ろかと着替えを取りに行こうとする途中でソファにぽつんと座っているエルシアを見かけた。


「こんなとこで何してんだ?」

「…………別に何だっていいでしょ」

「まあ、そうだけどよ」


 何故か機嫌が悪そうなエルシア。こういうときはあまりお節介を焼くものではないのだろうが、グレイは何となくエルシアの向かいのソファに座った。エルシアはどこか暗く憂いげな表情を浮かべていた。


「あんたこそ、何か用なの?」

「別に。何だっていいだろ?」


 先程のエルシアの真似をするように返答するグレイ。いつもなら怒られそうな場面だったが、珍しく今回はそれが逆に良かったのか、エルシアは小さく微笑み、自分からゆっくりと話し始めた。


「悪かったわよ。変な態度取っちゃって。……ただ、あの家族を見てたら、自分の家族が少し懐かしくなっちゃって少し感傷的になってたのよ……。まあ、私の家はあんなに騒がしかったわけじゃないんだけど……」


 エルシアの家庭、つまりセレナイト家は昔、クーデターの容疑をかけられ、それが原因か定かではないが、何者かによる襲撃を受け家族全員が離散状態になってしまい、実質セレナイト家は取り潰しとなっていた。


 元々セレナイト家は王家と国を守護する十二人の近衛兵団、《王道十二宮ゾディアック》の一角を担っていたため、当時は大きな話題にもなった。そのためグレイも大体の状況は把握している。だが知っているのはほんの上部だけの情報だけでしかない。

 当時、その事件の渦中にいたエルシアならもっと詳しいことを知っているのだろうが、無理に聞き出すつもりはなかった。


 その後エルシアは口を閉ざし、その場はシンと静まりかえる。グレイも何も言わずただボーッとロビーを見渡す。すると二人の女性がホテルの従業員と何やら口論になっているのが目に留まった。

 一人はかなり肌を露出させた装備を身に付け、頬に傷が付いている女性。もう一人はその美貌には似合わない、随分と質素な服を着た女性。その二人に共通しているのはどちらも滅多にお目にかかれないような美人であること。そして、腰に剣を差していることだった。


「困りますお客様。当ホテルは本日から魔競祭の期間中、ミスリル魔法学院様の貸し切りとなっていて──」

「私達は別に宿泊したいわけではないのです。ミスリルに在籍しているはずの生徒を一人呼び出して欲しいだけなのです! どうかお願いします!」

「わ、わかりました。では学校の先生方に聞いてきますので、その生徒さんの名前を教えてもらっていいですか?」


 あまりにも必死に懇願してくるため、従業員の方が先に折れた。その従業員は男性だったため、もしかしたら二人の美女に頼まれたから、という下心もあったのかもしれない。理由はどうであれ、その従業員は呼び出して欲しい生徒の名を尋ねた。

 すると女性はパッと明るくなり、やや興奮気味にその名を告げた。


「エルシア。エルシア=セレナイトです!」

「…………はっ?」


 そして女性の口から出た名は、グレイの目の前に座る少女の名だった。エルシアは物思いに耽っていたのか、自分の名前が呼ばれたことに気付いていないようなので、目の前で手を振ってエルシアの意識を呼び戻す。


「おい。何か呼ばれてるぞ」

「誰によ…………えっ?」


 グレイがロビーにいる二人を指し、エルシアが背後を振り返る。

 その二人の姿を確認したエルシアは急にバッと立ち上がり、泣きそうになっているとすぐにわかるほど震えた声で言った。


「嘘……? ねえ、さま……?」


 エルシアはそのままよろよろと歩きだし、途中で駆け足になる。近付いてくるエルシアに気付いた女性二人は、エルシアの姿を見るや同様に瞳を潤ませて手を広げた。


「ナタリア姉様! セフィリア姉様っ!」

「エルちゃん!」


 姉の胸の中に飛び込んで涙を流すエルシアを二人の姉は優しく抱き止める。


「会いたかったわ。エルちゃん」

「私もです。セフィリア姉様」

「良かった……。元気そうねエルシア」

「ナタリア姉様も……。ご無事で何より、です……。で、でも、ぐすっ……。その顔の傷……」

「ん? あぁ、これね。気にしないでいいわよ。名誉の負傷というものよ……なんて。結局は最後までちゃんと守ってあげられなかった私が偉そうに名誉だなんて」

「そんなことはありませんよナタリアお姉様。今こうしてエルちゃんと巡り会えたのは紛れもなくナタリアお姉様のおかげなのですから」

「そうですっ! 本当に、あり、がとう……ございます……っ」


 三人寄り添いながら互いの無事を確認しあう姉妹の様子を遠くから眺めていたグレイは、機会を見計らってナタリアと呼ばれていた女性に声を掛けた。


「えっと。すみません。お二人は、エルシアのお姉さんなんですか?」

「……君は?」

「どうも。俺はエルシアのクラスメイトで、グレイって言います。あと唐突なんすけど、お二人は泊まるとこはもう決まってるんすか?」

「いいや。街に着いてすぐにここに来たから」

「ならちょうどいいっすね。話は俺が通しときますんでエルシアの部屋でゆっくり話されたらどうですか? ここだと何ですし」


 ナタリアは周囲を見渡し、自分達が注目を集めていることに気付き、しまったというように頬の傷を掻く。


「それはありがたい話だけど、同室の子とかいるんじゃないかしら?」

「その点もこっちで何とかするんで大丈夫っす。こうして家族と再会できたんですから今日一晩くらいエルシアと一緒にいてやってくださいよ」


 そのグレイの提案に、少し思案するナタリアだったがすぐに頷いた。


「そう。なら世話になろうかな。もし迷惑が掛かるようならすぐに出るようにするから」

「大丈夫っすよ。それじゃあエルシア。部屋に案内してやれよ」


 エルシアは泣き顔を見られたくないのか、セフィリアの胸に顔を埋めながら頷き、ゆっくりと立ち上がって二人を連れ部屋へと戻っていく。


「…………良かったな。エルシア」


 グレイはその後ろ姿を見送ってからキャサリンやリールリッド、ホテルの従業員に半ば強引に頼み込み、一日だけだが二人の滞在許可を得た。そのことをエルシアに報告してからようやく自室へと戻った。

 そのままベッドへと倒れ込んだグレイにミュウがコアの中から語りかけてきた。


『マスター』

「ん? 起きてたのかミュウ。で、どうかしたのか?」

『大丈夫、ですか?』


 急にグレイの心配をしだすミュウ。というのもミュウはグレイの魔力中枢エレメンタル・コアに戻っている時はグレイの心の声が直にミュウにも伝わっているのである。

 そして今のグレイの心の中では様々な感情が渦巻いていた。後悔、激情、思慕、悲哀、そして虚無感。

 エルシアとアシュラの家族を見て、エルシアと同じように昔のことを思い出したのだ。


「大丈夫だよミュウ。悪いな心配かけて」

『ですが……』


 ポーカーフェイスで自分の感情を隠すことに長けたグレイもミュウには何一つ隠し事が出来ない。しかしそれはほとんど本音を出すことをしないグレイにとって逆に助けになってもいる。感情の変化にすぐに気付き、こうしてフォローをしてくれる。

 ミュウを妹のように思っているグレイだが、それと同じくらいに頼れる相棒だと思っていた。


「今の俺にはお前がいる。だから本当に大丈夫だよ。それはお前にもわかるだろ?」

『はい……。ですが、マスターの心はまだ不安定なままです。これでは寝られません』

「そうか……。それなら一旦外に出てくる──」


 と、グレイが言い終わる前にミュウは自身の魔力を使って自らの意思で外に出る。

 ちょこんとグレイの傍らに座ったミュウは如何にも眠そうな目をしながらも、グレイの手をきゅっと握る。


「わたし、は、ずっと……マスターと一緒に……」


 そう言うとミュウは糸が切れたようにグレイの隣に倒れ込み、小さな寝息をたてはじめる。

 ミュウはわざわざグレイの顔を見て、グレイに触れながら今の言葉を伝えたかったのだ。だからこそ眠いのを我慢してまで外に出てきたのである。

 眠ってしまっても繋いだ手だけは決して離さなかったミュウの寝顔を見てグレイはあいているもう片方の手でミュウの頭を撫でる。

 この光景をアシュラにでも見られたらまたシスコンだのロリコンだのと囃し立てられるだろうと思いつつも、グレイはミュウの手を離すことも、コアに戻すこともせず、そのままゆっくりと目を閉じる。

 その時にはもう先程まで感じていた心の葛藤は無くなっていた。

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