魔競祭前夜 3
「いやぁごめんなさいね。この馬鹿ときたら夏期休暇中、連絡一本寄越しただけで、一度たりとも顔を見せに来なかったもんですから、こう、つい手が……」
「はっ。何がつい、だっての。この暴力馬鹿力ババア……」
「なぁに? ま~だやろうってか? 次は本気で容赦しないからね? 頭蓋骨が砕け散ってもいいのかなぁ?」
ガシッ、とアシュラの頭を掴みかかるバーバラ。するとさっきまでの威勢はどこへやら、アシュラは借りてきた猫のように押し黙った。そんなアシュラを見るのは初めてなグレイ達はポカンと口を開けながら恐る恐る質問する。
「あの。バーバラさんは、その……。アシュラ……君の母親、なんですか?」
「まぁ一応ね。でも見てわかる通り、血は繋がってないから、義理の親ってことになるんだろうけど」
そう言ってバーバラは自分の顔──肌を指差す。バーバラの肌はグレイやエルシア達と同じで、アシュラの褐色の肌とは似ても似つかない。もしや父親の方が、とも思ったが、バーバラは先回りしてその可能性を否定した。
「ウチの亭主も、この馬鹿とは血の繋がりはないよ。ま、たま~に実は血が繋がってんじゃないかと疑ってしまうほど性格は似てるんだけどね」
「へぇ。そうなんですか」
「ちょ、お、おい。ババ──」
「んん?」
「………………バーバラ」
笑顔で睨まれ、アシュラを掴む手の力が増し、アシュラは大人しく訂正する。それに満足したのか「なに?」と尋ねる。
「まさかジジイの奴も来てんじゃ──」
「ふんっ!」
「いでででっ!? やめっ! やめろくそ馬鹿力ッ!!」
「反省の色がまるで見えないねあんたは昔から本当にぃぃッ!」
メキメキッ、と何やら人体から鳴ってはいけなさそうな音が聞こえてくるが、恐らくこれがこの二人の家族としてのスキンシップなんだろうと、無理矢理納得しながらその音を聞き流す。
そうこうしていると、とうとう限界に達したのかアシュラの意識が消え、椅子の背もたれにもたれ掛かるように倒れ込んだ。
パンパンと手を払うバーバラに、グレイはアシュラの質問を引き継いで尋ねた。
「それで、アシュラの親父さんも今ここに?」
「ん? あぁ、そうだよ。今は厨房だろうね。ちなみにこの料理もウチの亭主が作ったものさ」
先程アシュラが運ばれてきた料理を見て怪訝そうな顔をした理由がようやくわかった。
アシュラの親は定食屋を営んでいる。その親に料理を叩き込まれたアシュラだからこそ、親の作った料理に気付いたのだ。
だが一つ疑問なのが、何故その定食屋の親父さんが今ここにいるのかということだった。そのことを聞いてみるとバーバラは自分のことのように胸を張りながら自慢げに言った。
「ウチの亭主はそれなりに腕が良くてね。こういうイベントなんかによく呼ばれるんだよ。いつもなら断るんだけど、今回はこの馬鹿が世話になってる学校の皆さんがお客だってことでこうしてわざわざ来たんだよ」
白目を向きながら気絶する馬鹿を指差しながら人の良さそうな笑みを浮かべるバーバラ。その表情だけを見ているとつい先程腕力のみでアシュラを沈めた人物と同じ人物とは思えない。まだ若そうに見えるが肝っ玉母ちゃん、というワードがピッタリと当てはまりそうだった。
と、そんなところにコックコートを着た男性が近付いてきた。それに気付いたバーバラがその男性を手招きする。
「あんた。ほらここ、ここ」
「おっと。お前さんらがあいつのダチか? 俺はヤグラってんだ。よろしくな。で、あの馬鹿は……っと、何だぁこのきったねえ屍は? おいおいこんなとこに屍なんざ置いてんなよ。折角の俺の料理が台無しになるじゃねえか」
「あぁ、そうだったね。ごめんごめん。すぐ片付けるよ」
「……おいこら。誰が屍だ、このくそジジイ」
「うわっ、まだ生きてやがる。ゾンビかよ。怖ぇ~」
「おいっ! あんま調子乗ってんじゃねえぞオラァッ! てめえを屍に変えてやろうか──って、やめぎゃあああああっ!?」
「わざわざ拾ってやった恩人に向かって何て口聞いてんのかね、この子はぁぁっ!」
「おう。そんな恩知らずはそのまま一思いに殺ってやれバーさん」
「誰がバーさんだ、この馬鹿亭主がっ!」
「ちょ、タンマ!! 待って! マジで待って!! 俺の腕が折れれば世界の損失だからあだだだだっ!? バーさん容赦無さすぎっ! あだぁぁあっ!?」
ドルトローゼ家の独特過ぎるコミュニケーションを目の当たりにしたグレイ、エルシア、キャサリンが唖然としている中、ミュウは一人だけ先に食事を始めていた。
床に二つの屍が転がる中、バーバラはグレイ達に申し訳なさそうに頭を下げた。
「お騒がせして本当にごめんなさいね」
「い、いえ……。大丈夫なのですよ」
キャサリンは苦笑いしながらもバーバラに頭を上げてもらうように頼む。
「たぶん君達にも迷惑ばっか掛けてるんだろうねこいつは」
「それは、えっと……」
「遠慮しなくていいよ。こんなのがクラスメイトじゃ大変だろうからね」
「クラスメイト……? ま、まあ、賑やかで、いいと思いますよ。はは……」
乾いた笑い声を出すキャサリンに、再度詫びるバーバラ。キャサリンは若干の違和感を感じつつも、バーバラがキョロキョロと辺りを見回しているのでどうしたのかを尋ねると。
「いや、担任の先生を探しててね。ほらアシュラ! あんたの先生はどこいるの? 親として感謝と謝罪をしなきゃならないんだから」
「おおっ。そういやそうだった! どの人が先生なんだっ?」
「あんた……。何でそんな急に張り切ってんの?」
「待て。俺まだ何もしてないからな!」
「まだ? まだって何さ? まだって?」
「そ、それは言葉の綾ってやつだよッ! ほ、ほらアシュラ。さっさと吐きやがれ!」
バーバラにギロリと睨まれながら後ずさるヤグラは、未だ倒れ伏していたアシュラに声を掛ける。アシュラはムクリと起き上がると、無言のままキャサリンを指差した。
「「………………いやいやいや」」
夫婦は同時に首を振り、再度アシュラに問う。
「ふざけてないで早くあんたの担任の先生が誰なのか教えなさい」
「そうだぞアシュラ。てめえ通話の時言ってたろ。ほれ、さっさと美人講師を出せコラ」
だがアシュラは頑としてキャサリンを指し続ける。見るとキャサリンは俯きながらプルプルと震えていた。そんなキャサリンを見てられなくなったのか、エルシアがとても気まずそうな顔をしながらバーバラに真実を話す。
「あの……。本当なんです」
「………………へっ?」
「あの人が、私達の担任の先生なんです……」
エルシアが震えるキャサリンを指し示す。それから数秒間、とてもいたたまれなくなるような無言の時間が経過し。
「おい! 美人講師じゃなくて子供じゃねえ──ぶぼらっ!?」
「三人もろとも死んで詫びますっ!」
「ふざけろ! 関係ねえ俺まで巻き込むなババア!! って、ごはぁっ!?」
バーバラは二人の後頭部を掴み、そのまま床に叩きつけ、自分も勢いよく頭を床にぶつけて土下座した。
「だ、大丈夫ですからっ! 慣れてますからっ! だから顔を上げてください! このままだとわたしが悪者みたいじゃないですかっ!! ホントもうやめてくださいぃぃぃ!!」
もはや軽く泣きそうになっているキャサリンに、一向に頭を上げようとしないバーバラ。ピクリとも動かないアシュラとヤグラに、苦笑いすることしか出来ないエルシア。そしてグレイはそんな一同を気に留めることなくミュウと共に料理を食べていた。
「…………そろそろ始めたいんだが、いいかね?」
そんな彼らを壇上から見下ろしながらリールリッドは大きく溜め息を吐いた。