ミスリル最強の男 5
魔競祭に向けて生徒全員それぞれの競技の練習に励む中、中央塔にある一室に全学年の序列上位者のみが集まり『シミュレーション・ストラテジー』の第一回目の作戦会議が開かれていた。
その中には《プレミアム》の三人の姿もあり、端の方で固まって座っている。が、会議はもっぱら二、三年が中心となって進めており、一年生はその作戦を聞いているだけだ。
会議が始まって早々にアシュラは興味を無くしたのか、先輩女子の方ばかり見ており、グレイは腕を組みながら船を漕いでいる。根は真面目なエルシアはそんなを二人を軽蔑の眼差しで一瞥した後、もう一度手元のプリントに視線を走らせる。
『シミュレーション・ストラテジー』はまず四クラスの三学年、計十二人の大将を選ぶ。その大将を倒せばそのクラスは全員が戦闘不能扱いとなり退場になる。そして全ての大将を倒すのが一つ目の勝利方法。
二つ目はターゲットの破壊。こちらは自陣に用意される各学校の旗印を模したターゲットを破壊すればその時点で数で劣っていようと無条件で勝利する、一発逆転の勝利法だ。つまり最後まで気を抜くことは許されず、また最後まで勝負を諦めないための配慮だ。
ちなみに《プレミアム》の三人の扱いはまだはっきりと決まっているわけではないらしく、恐らくはどこかのクラスと一まとめにして扱われることになるだろうとの話だった。最近何かと《イフリート》と一緒になることが多かったので、《イフリート》と一緒になるかもしれない、とエルシアは考えていた。
「よし。それじゃ基本は四色の陣で展開するとして、《ハーピィ》の皆には同時に各班との連絡係をお願いすることになるからよろしく。旗は《ドワーフ》の皆を中心として防衛。《セイレーン》は各戦場に散らばって支援を担当してくれ。僕ら《イフリート》は当然、各大将とターゲットの撃破に全力をそそぐ」
この会議を取りまとめているのは三年のアーノルドだ。少し軟派なところがあるにはあるが、上に立つことに慣れているのか、会議はスムーズに進んでいく。
他の三年生達も様々な提案を出したりと積極的に動いている。流石は年長者だと感嘆していると、アーノルドが一年生達の方を向く。
「一年生の皆も、何か提案とかあったら積極的に言ってくれていいよ。さぁ、遠慮せずに」
と言われても、とエルシアは考え込む。今のところ、手堅い作戦でいちいち突っ込むようなことは見受けられない。そもそもエルシア達はこれほどまでに大きな戦闘を行ったことはない。どんな案を出せばいいのかすらわからないのだ。
そんな一年生達の思考を読み取ったのか、アーノルドは気楽に考えてくれていいとは言ったが、そう簡単にはいかない。
「何かないか? 今年の一年生達、その中でも君達にはすごく期待しているんだ。何せ、あの《水賊艦隊》と戦って生き残っているんだからね」
その話題が出た途端、場の空気が少し変わったのを感じた。
この話題は未だ彼らの心のうちに巣食うトラウマのようなものだ。勘違いしている者は多いが、別に彼らは《水賊艦隊》に勝ったわけではない。正確には見逃してもらった、が正しいのである。
「特に《プレミアム》の三人の活躍は目覚ましいものだったらしいからね。君達からは何かアドバイスとかないかな?」
「えっ?!」
「あん?」
「…………」
突然矢面に立たされたエルシアは戸惑い、アシュラは威嚇するかのように鋭い目付きで睨む。一人、グレイだけ反応がなかった。
「この事件で称号保有者にもなったわけだしね。今大会でも君達の動きは非常に重要になってくるはずだ」
称号保有者とは偉業や貢献を成した者に与えられる二つ名を持つ者のことを指し、現在一年生の中では《プレミアム》の三人と、他にレオンとウォーロックを合わせた五人が二つ名を保有している。
「それに君達はトレジャーウォーズでたった三人しかいないにも関わらず、たくさんの宝箱をゲットしたとも聞いた。数で圧倒的に劣っていた君達は異常ともいえるほどの成果を出した。今回の作戦も数ではこちらが不利な状況にある。だから君らの意見は非常に興味深い。どんな些細なことでもいい。だから──」
「アーノルド。そんなに詰め寄っては話せないだろ。少しは落ち着け」
「おっと、そうか。確かに君の言う通りだねリンス。いや、すまなかったね」
興奮気味になっていたアーノルドを横からリンスが諌める。エルシアは小さく安堵の息を吐く。
「まあ、でもアーノルドの言うことにも一理あるよな。せめてどういう作戦を考えたのかくらいは聞きたいぜ」
だが更に横からラチェットがアーノルドの話に乗っかる。再度エルシアに視線が集まるが、今度はちゃんと対応出来た。
「作戦、と言っても大層なことは何も。トレジャーウォーズの時の私達は好き勝手にやってただけですし、《水賊艦隊》の時はただただ必死だっただけです。もし作戦案を聞きたいということでしたら私よりも──」
エルシアはそこで一度言葉を切り、横で眠りこけているグレイを肘で小突く。
「……なんだよ」
熟睡してはいなかったのか、グレイはすぐに反応し脇腹を小突いてきたエルシアを恨ましげに睨む。
「先輩達があんたの話聞きたいって言ってるわよ」
そう小声で教えられ、グレイは半分以上閉じられている目で周囲を見渡す。
「……ノーコメントで」
「ちょ、ちょっと!?」
グレイはそれだけ言い残すと再びまぶたを閉じ、意識をシャットアウトする。そんなグレイを見てラチェットがバンッ、と机を叩く。
「おい一年坊。あんまり調子乗ってんじゃねえぞ」
「ラチェット、やめておけ。ふぅ……。しかし、これじゃ彼の話は聞けそうにないな。だったら……アシュラ君、だったっけ? 君は何かいい作戦はあるかい?」
「あぁ? んなもん攻めて攻めて攻めまくるに限るっつー話で──」
「よし。やっぱり皆で他にも色々意見を出しあっていこう」
「オイコラッ! シカトしてんじゃねえぞ!!」
アシュラのガンガン行こうぜスタイルは華麗にスルーされ、この後も会議は続いたが、エルシアはものすごく肩身の狭さを覚えたという。
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「ほんっとに信じられないわ。やる気無さすぎにもほどがあるわよ」
「別にやる気がねえわけじゃねえよ。ただ普通に眠かっただけで」
「俺だってやる気はあるぜ? ただチマチマとした作戦がめんどくせえだけで」
「駄目だわこの二人。早く処分しないと」
「「最早手の施しようがないってか?! 最低だなっ!」」
作戦会議が終わり解散となった後、最後に部屋を出た彼らは階段に向かって歩いていた。
エルシアは先程の二人の態度を思い返しながらやれやれと頭を抱える。そんな時、角を曲がった先にアーノルドが立っていた。
「あれ? どうかしたんですか?」
「あぁ、少しグレイ君と話をしてみたいと思ったのさ」
「……何の話っすか?」
会議は終わったというのに待ち伏せしてまで話したいことがあるというアーノルドにグレイは警戒心を抱きながら問う。そのアーノルドはキザっぽく笑うとエルシアとアシュラに先に行ってもらうよう頼んだ。
するとアシュラはアーノルドの話に微塵も興味ないのか、すぐにその場を去っていき、エルシアも何度か振り返ってはきたが大人しくアシュラの後を追うように階段を降りていった。
「…………で?」
「いやいや。そんな険しい顔をしないでくれよ。何もこの場で戦うわけでもないんだから。ただ一つ、君に聞いておきたかったことがあるだけなんだよ」
「何ですかね? さっさとしてくれません?」
寝起きだからか、あまり機嫌もよくないグレイは先輩相手でも関係なく乱暴に尋ねる。
だが次にアーノルドが発した言葉に、苛立ちもどこかへと吹き飛んでしまった。
「君は──シエナ先生のことをどう想っているんだい?」
「……………………は?」