月影の剣 光翼の銃 無限の拳 2
「《プレミアム・レア》の、エルシアの光速移動の魔法か。厄介だな、おいっ!」
ギャバルは焦点の合わない妖しい光を宿す目をグレイ達に向ける。
グレイはいくらか予想が出来ていたからか、そこまで驚きはしていなかったが、キャサリン含め、他の三人は少し驚いていた。
「おいおい……。随分と見覚えのある顔が出てきやがったな」
「そうね。確か昨日辺りに見掛けた記憶があるわ」
「ギャバル君……。ど、どうして……?」
そしてグレイ達は残りの二人の正体にも薄々見当が付いていた。
それを悟ったのか、残りの二人もフードを自ら脱いだ。
「サブ君……ニック君も……」
やっぱりな、とグレイは呟く。
新たに現れた黒服の正体はミスリル魔法学院の《イフリート》クラス一年の生徒であるギャバル、サブ、ニックであった。
「バレちまったらしょうがねえ。全員死刑だ! まあ、バレなくてもどうせ殺すんだから一緒だけどなぁっ! ひゃははははは!」
ギャバルは下品な高笑いをあげながら魔力を放出する。
そのギャバルの魔力は昨日とは比べ物にもならない程の質量を持っており、それはサブとニックも同様に魔力が跳ね上がっていた。
「なんで、昨日の今日であんなに魔力が……」
「考えられる可能性は一つだけですよ。キャシーちゃん」
「…………まさか、魔薬!?」
魔薬。正式名称、魔法薬物とは魔法使いにのみ作用する薬である。
魔法薬物は正しく使えば、魔力の回復や傷の治療、魔力欠乏による魔法障害に効く薬となるのだが、誤った使い方をすると、異常なまでの魔力上昇、魔力の暴走を引き起こし、最悪の場合、死に至るケースまである。
そのため使用するには専門の資格が必要となり、扱いは慎重に、保管は厳重にしなければならない。
そして区別を付けるため良薬の方を法薬と呼び、危険薬の方を魔薬と呼んだ。
「魔薬……」
「ちっ……!」
その魔薬という言葉に強い嫌悪感を覚えるエルシアとアシュラ。だが、今はそれを気にしている場合ではない。
目の前のギャバルの様子から見るに、魔薬の中でもかなり質の悪いものを服用したことは明白だった。
目は血走り、虚ろを見つめている。体は常にふらついており、性格もいつも以上に過激で乱暴で凶暴になっている。
何より魔力の上がり方が異常だった。そしてまだ魔力は上がり続けている。
「《閻魔》……」
「なっ……!? キャシーちゃん、今、《閻魔》って!?」
グレイはその名前を知っていた。嫌というほどに。
だが、同時に得心がいった。ギャバル達の飲んだ魔薬はおそらく──。
「イビルフェア、か。くそ! ……でも、それならまだ大丈夫か?」
イビルフェア。《閻魔》が独自で調合し、生み出した最悪の魔薬の一つで、火の魔力を持つ者のエレメンタル・コアを暴走させ、異常なまでの魔力を生成させる薬。
服用を続ければ死に至る魔薬だが、服用したのが一度だけならまだ助けられるはずだ。
「おい! ギャバル! お前その薬、どうやって手に入れやがった!?」
「はぁあ?! 教えるかよ!! こんな高揚感は初めてだ。こんなの教えてやるかっての!!」
グレイは今の発言でギャバルがイビルフェアを今日初めて飲んだということがわかった。
なら、心配事はあと一つだけだった。
「キャシーちゃん。一つお願いがあるんですけど」
「な、何ですか?」
グレイはにこりと笑いかけ、キャサリンに頼み込む。
「俺ら《プレミアム》三人は《イフリート》の三馬鹿に決闘を申し込む。だから、決闘の承認してくれない?」
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「どっ、どういうことですかっ!? こんな時に!?」
キャサリンはグレイの意図を汲み取れずに焦りながら聞き返す。
「どういうこと、って。あいつらが喧嘩を吹っ掛けてきた。俺はそれにムカついた。そういう時は決闘で話をつける。それが、学院のルールでしょ?」
グレイが何を言っているのかキャサリンにはわからなかった。
だが、エルシアとアシュラはそれで理解したのか、グレイの隣に並び立つ。
「なるほど。そういうことね。全くもって呆れるわね。でも、あんたらしいわ」
「わざわざあんな奴等のためにめんどくせえこと考えるよなお前ぇは」
「えっ? ええっ?!」
一人取り残されているキャサリンに、加えてグレイが説明する。
「あいつらは、学院のルールに則って俺達が倒します。《閻魔》なんていう、くっだらねえ犯罪組織と戦うわけじゃないんですからね。学院の生徒同士が戦うなら、学院のルールの上で、ですよ」
それでようやく理解した。グレイは、ギャバル達を救うつもりでいるのだと。
この国では、《閻魔》のような魔法犯罪組織の人間には重い罰を与えることになっている。
そして、その組織に加担したとされる者にもそれ相応の罰を加えるのだ。
今回で言えばギャバル達がそうだ。どこまでのことをやらかしたかはグレイにはわからないが、おそらく目的は自分達、つまり《プレミアム》三人の抹殺なのだろうということは、今までの襲撃者のこともあって既にわかっていた。
ならまだ、目的を果たせていないギャバル達は犯罪に手を染めてしまったわけではないはずだ。
魔薬も、一度だけなら大きな障害を残すこともない。時間はかかるだろうが、ちゃんと回復するだろう。
そして、ここにいるのはグレイ達だけ。他に目撃者はいない。だから魔薬を使ったということが誰かに、魔術師団に知られることはない。
でも、このまま校内で暴れだしたら学校内で罰せられ、退学となることもあり得る。魔術師団に見付かれば投獄、重い罰が与えられる可能性も考えられる。
だから、ギャバル達を止めるために、ミスリル魔法学院が推奨している《決闘》というシステムの『建前』が欲しいのである。
「…………わかりました。責任は、全て私が取ります!」
キャサリンはグレイの覚悟と思いを受けて、顔を引き締め真剣な面持ちで前を向く。
「私、ミスリル魔法学院講師、キャサリン=ラバーの名の下に、《プレミアム》と《イフリート》の決闘を承認します。決闘のルールは無制限。相手を全員倒すことを勝利条件とし、アークの使用も許可します。では、両クラス。順に名乗りなさい」
しかし、《イフリート》の三人は名乗りを上げることなく魔法の詠唱を始めた。
だが《プレミアム》の三人はアークを構えながら順に名乗りを上げた。
「《プレミアム》闇属性 序列一位。アシュラ=ドルトローゼ!!」
「《プレミアム》光属性 序列一位。エルシア=セレナイト!!」
「《プレミアム》無属性 序列一位。グレイ=ノーヴァス!! そして相棒の──」
「ミュウ、です」
「これで死ねぇぇえ!! 《フレイム・バースト》ォオオオオ!!!」
グレイ達の名乗りと同時に放たれた昨日とは桁違いの魔力量と大きさの《フレイム・バースト》が練習場内で炸裂する。
練習場の結界が大きく揺らぎ、魔力が大幅に削られる。
だが、アシュラは爆風を剣圧で吹き飛ばし、エルシアは自分の周りに光のカーテンを漂わせて炎を退け、グレイとミュウは《ミラージュ・ゼロ》を発動させて攻撃を透過させた。
そしてアシュラは、エルシアも、グレイもわざとらしく笑って言い放つ。
「売られた喧嘩は買うのが俺の主義だ」
「仕方ないから付き合ってあげるわよ」
「もう一発ぶん殴ってやるぜこの野郎」
「「「《プレミアム》の力、とくと見せてやる!」」」
昨日と違い、真剣そのものといった表情をする三人は、打ち合わせしたわけでもないのに全く同じ台詞を吐き、全く同時に敵を倒すためでなく、学院の仲間を助けるために自身の力を解き放つ。