ミスリル最強の男 3
「こりゃまた、随分と騒がしい音がするな……」
グレイは《イフリート》校舎の近くに来てからずっと聞こえてくる爆発音に辟易しながら歩みを進める。
ようやく練習会場に着くとすぐ半円状の結界が目についた。その中では黒い髪の少年が暴れまわっていた。
「待ちやがれくそったれがぁっ!!」
「……何やってんだあいつ?」
よく見るとアシュラは拳ほどの大きさの球体を追い掛けているようだった。
「あれ? グレイ君じゃん。どうしたの?」
「おうメイランか。なぁ、あいつ今何してるんだ?」
「え? 『パワー・ブレイク』の説明聞いてないの?」
「あぁ。たった今ここに来たばかりだからな」
メイランは「そうなんだ」と納得し、律儀に説明してくれた。
『パワー・ブレイク』の基本ルールは、半円状の結界の中を飛び回る球体のターゲットを如何に多く破壊するかを競うというものだ。そのターゲットは非常に頑丈で、必然的に攻撃力の高い火属性が有利となる。
だが、そのターゲットは受けた攻撃力の高さに応じて飛び回る速度が増していく。半端な一撃は逆に不利になりかねない。すなわち馬鹿正直に攻撃するだけでなく、その辺りも計算してやらなければならないのである。
その計算を怠った結果が、今のアシュラの無様な状態だ。とても良い反面教師である。
縦横無尽に飛び回るターゲットを何とか破壊しようと後を追いかけ回すアシュラだが、次第にイライラが募っていっているのが傍目に見てもわかった。
「おぉ、哀れ哀れ」
「はは……。何もそこまで言わなくても」
意地の悪い笑顔を浮かべるグレイを見て、メイランは苦笑する。だがすぐに「それよりも」と話を切り替えた。
「グレイ君は一体何の競技に出るのさ?」
「俺か? 俺は『プライム・ファイト』だな。つか、それくらいしか無理」
「そうなんだ。う~ん。どうしよっかな……」
グレイの話を聞き、何故か悩みだすメイランを見て首を傾げていると、向こうから誰かが走ってやってきた。かと思うと、グレイ達の目の前で急停止し、その勢いでわずかに砂煙が上がる。
「うわっ!? って、何だゴーギャンか。どうしたのさ?」
「グレイ君は『プライム・ファイト』に出るんスかっ?!」
驚くメイランは視界に入っていないのか、興奮気味にグレイに話しかけてきたのはゴーギャン=バグダッドだった。やや距離がある場所にいたというのにどんな地獄耳をしているのかと呆れながらグレイは首肯する。
「おおっ!? それならオイラと一緒ッスね」
「そ、そうなのか?」
少し驚きはしたが特に違和感は感じなかった。ゴーギャンはバリバリの肉弾戦を得意としているし、体も十分鍛えている。魔法を使わなくてもそれなりに戦えるのだろう。
「つまり、オイラ達はライバルってことッスね!」
「ま、そうなるわな」
『プライム・ファイト』はトーナメントだ。運が良ければ、もしくは悪ければゴーギャンと戦うことになるかもしれない。
「うっし! 俄然燃えてきたッス!」
「何でだよ。何がお前をそこまで駆り立てるんだ?」
「そりゃ当然ッスよ! 何せグレイ君はあの《シリウス》にいたんスよ!? そんな相手と戦えるんスから燃えるに決まってるッス!」
《シリウス》とは国内最強と謳われる魔術師団で、グレイはかつて《シリウス》に所属していたのである。
「そういうもんかね?」
「そういうものッス! って、あれ? メイランはなんでオイラを睨んでるんスか?」
「……べっつに~」
メイランは何故か膨れっ面のまま顔を背けると、そのままどこかへと去っていってしまった。その様子はまるでおもちゃを取られた子供のようだった。
「オ、オイラ、なんか怒らせるようなことしちゃったんスかね?」
「さあな? でもメイランのことだし、飯でも食ったら機嫌も直るだろ」
「それならいいんスけど……」
「それよりも、あとの二人はどこにいるんだ?」
「え? あぁ、レオンとアスカっスか? あの二人は優秀なんで先輩達と一緒に練習してるッス。なんなら見に行くッスか?」
「いや、いい。それに──」
と、そこで一度区切り、視線を横に滑らせると苛立ちながら大股で歩くアシュラがこちらに向かってきていた。
「──めんどくせえのに見付かったからな」
「おいグレイ! てめえなんでここにいやがる?」
「無様なお前の姿を笑いに」
「ほほぅ……。上等じゃねえか。なら『パワー・ブレイク』の対戦形式で勝負しやがれ。ギタギタにしてやるよ!」
「はぁ? 何でだよ。て言うか、自分の有利な条件でしか戦えないとかチキンだな。ぷぷ~」
「はっ! 抜かしやがったなクソが! こちとら競技じゃなくて決闘でボコボコにしてやってもいいんだぞ?」
「おいおい。何かあればすぐ暴力か? これだから脳筋馬鹿は困る」
「はいはい! 喧嘩はそこまでなのですよ!」
『パワー・ブレイク』で思うように成績を出せなかった苛立ちと合わさり、怒りのボルテージは最高潮にまで達し、今にも食って掛かりそうなアシュラだったが、寸でのところでキャサリンが介入してきた。
「ちょうど良かったぜキャシーちゃん。俺ら今からぶっころ──決闘すっから承認してくれ」
「駄目ですよ。そんな決闘は承認しませんっ! 早く練習に戻ってください。グレイ君も、あんまり挑発しないこと!」
「へ~い」
キャサリンに注意され、グレイはヒラヒラと手を振って去っていく。
そのグレイの後ろ姿を、遠くから見つめている人物に、その時は誰も気付かなかった。
~~~
とりあえず一通り見て回ったグレイは密かに安堵していた。
今回、グレイが他のクラスを見て回ったのは単に見学や冷やかしだけが理由ではない。先日起きた事件に共に巻き込まれた者達の様子を確認するためでもあったのだ。
──先日。夏期休暇中にグレイ達一年生の序列上位者のみで行われた強化合宿の際、突如として現れた属性差別主義団体《水賊艦隊》の襲撃を受けた。
幸い死者は出なかったが、負傷者は多数出て、ミスリルの講師であるホーク=スフィンクスも一度は足を食い千切られるという大怪我を負った。その足は同じくミスリルの講師、イルミナ=クルルによって何とか繋がりはしたのだが、現在まだリハビリの最中だ。
ただの学生が《水賊艦隊》に襲われるなどという、本来考えられない不運に見舞われて、精神や日常に支障をきたしてはいないだろうか。それが少し気になったのである。
だが全員ではないとはいえ、彼らの様子
を見て会話してみたところ、それほど深刻な状況になっている者は見受けられなかった。勿論、心の奥までは見通せないため、本人も知らないうちにトラウマになっている可能性もなくはないが、一先ずは大丈夫だろうと判断した。
むしろ、一番深刻に考えているのは自分自身なのかもしれない、と思い至る。
何せ《プレミアム》の三人とキャサリンは《水賊艦隊》の総督、レヴェーナ=コラルリーフとも戦い、そして完敗していた。
その時、他の者達はその場にはおらず、レヴェーナの戦闘を見ていたわけではないため、その分まだマシなのかもしれない。だがもし見ていたら、今こうして普通でいられる者は少なかったかもしれない。
しかし、その心配は仮定の話であり杞憂でしかない。残る問題は自分の心持ちのみ。この問題については自分でどうにかすればいいだけの話なので今は保留にする。
すうなると、次に問題となってくるのが──
「……やることなくなったな」
あともう一つ、『ディメンション・シューター』の練習風景を見ていないが、もうあちこち動き回るのが面倒くさくなり、図書室にいるであろうミュウの様子でも見に行くついでに惰眠でも貪ろうかと思い至り、図書室へと向かった。