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問題児達の稀少魔術《プレミアム・レア》  作者: いけがみいるか
五章 ティターニア・ファミリア
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ミスリル最強の男 2

 次にグレイは《セイレーン》校舎に向かった。

 すると既に練習が始まっているのか、賑やかな声が聞こえてきた。校舎の角を曲がると、そこには《セイレーン》の生徒達が三列に分かれて並んでいるのが確認出来た。

 見たところ競技用のセットは学年別に一セットずつしかないらしく、皆一列に並んで順番待ちをしていた。グレイは一年生の列を後ろから順に見ていくと、中間辺りにようやく一人見知った顔を見付けて声をかけた。


「ラピス」

「……? 何故貴方のような人がここに? 確か貴方は回復魔法は使えないはずでは?」

「ただの見学だよ。やることなくてな」

「そうですか。それは結構ですが騒がしくはしないでくださいね」

「大丈夫だって。俺らのクラスが騒がしいのは大抵あとの二人のせいだからよ」

「いえ。貴方一人だけでも十分騒がしくなる恐れがあるからこそ、こうしてわざわざ釘を刺しているんです」

「はは……。こりゃまた手厳しいな……」


 根っからの委員長タイプみたいな性格をしている眼鏡の少女、ラピス=ラズリから忠告を受けグレイは頬を掻きながらすぐに話を逸らそうと練習風景に視線を移す。

 見るとちょうど知り合いの順番が回ってきていた。


「さあさあ! みんなのアイドル、エコーちゃんの出番だよ~! 全員エコーちゃんの輝かしい姿をその目に焼きつけちゃってねぇ~!」

「喧しい! 後が控えているんだ。さっさとやれっ!」


 自称アイドルの女装男子、エコー=アジュールと、そのエコーを叱りつけている眼鏡の少年、クロード=セルリアン。二人とも《セイレーン》の序列上位者なのだが、ラピスの悩みの種でもあった。


「……お前も苦労するな」

「言わないでください……。惨めになります……」


 ラピスは深く溜め息を吐く。ずば抜けた問題児が集う《プレミアム》を前にすれば掠れてしまうが、恐らく《プレミアム》の次くらいに大変そうなクラスがこの《セイレーン》だろうなとグレイは思っていた。そこでもう一人いるはずの知り合いの姿が見えないことに気が付き、ラピスにそのことを尋ねた。


「そういや、もう一人が見当たらないみたいだけど?」

「もう一人……アルのことですか? アルなら三年生の方達と練習をしています」


 ミスリルでは学年が上がるごとにわずかではあるが生徒数が少なくなっていく。その理由の大半は転校である。ミスリルは実力主義であり、また戦闘方面に特化した教育を推進している。だが、魔術師の全てが戦士となるわけではないため、それが肌に合わない者達も当然出てくる。

 どの学校でも最初は基本的な座学と基礎魔術の実技訓練しかしないため、そこまで厳しいものではなく、転校する生徒は少ない。

 しかし三年ともなると、将来どこかの戦闘系の魔術師団等に就職を考えている者達ばかりのため他の学年より多少人数が少なくなるのだ。

 そのため学年別で練習するとなると三年生達は必然的に一人一人の練習時間が長くなる。

 ラピスがアルと呼ぶ少女、アルベローナ=アラベスクは一年の序列一位なので、三年と共に練習し、勝率を上げるのは実に利に叶っている。


「ほぅ。優秀なんだな、あいつ」

「そうですね。普段は天然なところばかりが目立ってますが、アルは紛れもない天才ですから」


 そう呟くラピスの表情は友人を自慢している、という感じではなく、どこか陰が指していた。

 ラピスは序列二位、つまりアルベローナにわずかながら劣っている。そのことを悔しいと感じているのかもしれない。

 そういった感情の機微をすぐに感じ取り、グレイはあえてラピスから視線を外しながら言った。


「俺は、お前だって十分凄い奴だと思うけど?」

「……何です急に?」


 突然のことにラピスは怪訝そうな顔をする。しかしグレイはそんなこと気にせずに続ける。


「だってこのクラスを実質的に仕切ってるのはお前なんだろ。アルベローナは天然、クロードは堅物、エコーは厄介者。クラスを引っ張っていかなきゃならない序列上位者の中で、一番真面目で優秀なのはお前だ。三人の問題児と五十人近いクラスメイト。それらをまとめてる。その能力は間違いなく将来役に立つだろうぜ。自信持てよ」

「…………そ、そうですか。では、誉め言葉として受け取っておきます」

「事実誉めたからな。是非そうしてくれ」


 グレイの手放しの評価にラピスはわずかに赤くなってすぐにそっぽを向く。あまりこういうことに慣れていないのであろう。その二人の前に、厄介な者が介入してきた。


「あっれあれ~? どうしたのかなラピスちゃ~ん? お顔が真っ赤っかでございましゅよ~? もしかして落ちちゃったのかな~? 優しくされてす~ぐに攻略されちゃったのかな~? チョロインさんだったのかな~?」


 にやにやにや、といやらしく笑いながらからってきたのは練習を終えて列に並び直そうとしていたエコーだった。

 エコーはわざと大きな声でそんなことを言うものだから、他のクラスメイト達もざわざわと騒ぎだしてきた。


「えっ、嘘っ? そうなの!?」

「マ、マジかよ……ッ?」

「あんのプロブレム・バカが……ッ! 俺達のラピス嬢をよくも……!」

「きゃあ~。ラブコメですよラブコメ!」

「そうでしたのラピス!?」


 女子達の黄色い歓声と、男子達の黒い怨念。どこか遠くからアルベローナらしき声も聞こえてくる。そして四面楚歌の状況で冷や汗をかくグレイと、先程から無言のラピス。

 無言の理由は照れているから、ではないことはラピスから放たれる怒りのオーラが物語っていた。


「うん。確かにお前の言った通りだったな……」


 ラピスの危惧した通り、グレイ一人だけでも十分に騒がしくなってしまっていた。だがこれだけは理解してほしかった。この原因は自分ではなく、エコーのせいなのだと。


「……全員、静粛に。でないと、全員の記憶を消し去りますよ?」


 静かに、しかしはっきりと強い意志を持ってラピスがそう忠告する。そのただならぬ雰囲気にたじろぎ口を塞ぐ生徒達。だがエコーだけはその空気を読まずに吹き出した。


「ぷふ~! やだも~ん。絶対に忘れないからね~! このネタだけでもご飯三杯は軽いよ~。冷淡眼鏡のラピスちゃんは即デレチョロイ~ン!」

「……そうですか。では、存在ごと抹消するのでそこに直りなさい!!」


 とうとうぶちギレたラピスとケラケラ笑いながら逃げ回るエコーの野外乱闘が起き、練習は一時中断となる。そのどさくさに紛れて、騒動の原因の一端であるグレイはこそこそとその場を離れるのであった。


~~~


 何とか気付かれることなく《セイレーン》校舎から離れられたグレイは安堵の息を吐き、後でラピスに謝りに行こうと思いながら今度は《ドワーフ》校舎へとやってきた。

 ここでもやはり屋外で練習が行われており、その一角では見知った二人が練習に励んでいた。


「はぁ、はぁ……。あ、あれ? グレイ君?」

「ん? なんだいあんた。『プロテクト・ディフェンス』に出場するのかい?」

「いや。ただの見物だから気にすんな」


 グレイに気付いて話しかけてきたのは背の低い気弱そうな美少年、マルコシウス=マルセーユと、長身の姉御肌な少女、カナリア=カスティールのでこぼこコンビだ。


「それで、二人は何してたんだ? 見る限りだとカナリアが一方的にマルコシウスに攻撃仕掛けてただけにしか思えないんだが」

「そりゃそうさ。『プロテクト・ディフェンス』は防御力を競うんだ。これは防御力向上のための練習だよ。競技で使う機材は今は別の奴等が使っているからね」

「ふぅん」


 防御を得意とする土属性。だが防御していたマルコシウスの方が息を切らしているのは、単純に実力差なのだろうか、それともカナリアは攻撃魔法も得意としているのだろうか。

 そんなことを考えていると、こちらに向かってくるもう一つのでこぼこコンビと目があった。


「ふむ、貴殿か。ここで何をしている?」

「見学。俺は防御魔法も使えないからな」

「そうか」


 同情、ではなくただ納得しただけというように頷いたのは同年代の中でも特に大きな体を持つ少年、ウォーロック=レグホーン。《ドワーフ》序列一位にして学年一位の男だ。

 そしてもう一人。ウォーロックと共にやってきた背が低いつり目の少女、クリム=エンダイブは可愛らしい猫撫で声で話しかけてきた。


「でもでも~。グレイ君はそれ以上に秀でた才能とかあるからそんなに落ち込まなくってもいいと思うな~」

「お、おう……そうだな」


 それを聞いた瞬間、背筋がゾワッとした。寒々しいという感覚。背中に氷でも入れられたのかと錯覚しそうになった。


「それじゃ代表。練習付き合ってくれてありがとうございました」

「うむ。我もよい練習になった。礼を言う」

「そんな~。いいんですよ~。わたしだったらいつでも付き合いますんで、また誘ってくださいね?」

「あぁ。ではすまないが、三年の先輩方に呼ばれているのでここで失礼する」


 そう言い残し、ウォーロックは三年生が集まっている方へと行ってしまった。すると途端にクリムの雰囲気が変わり、目付きも更に鋭くなった。


「……で、あんたはいつまでここにおるんや? やりもしない競技の練習風景なんざ見とってもおもろないやろ」


 先程までの猫撫で声はどこへやら、ガラの悪い口調を使っているのは、間違いなくクリム本人である。クリムは恋するウォーロックの前でだけ先程のようなぶりッ子のフリをしているが、地はこちらなのだ。


「クリムちゃん。グレイ君はただの見学なんだし、そんなに突っ掛からなくても」

「せやからいい加減ちゃん付けで呼ぶんはやめろ言うとるやろマルコ!」

「いたっ! やめてよクリムちゃん!」

「ほんま、何度言うたら理解すんねんこんの鳥頭はッ!」

「こらこら。やめときな。他の奴等も見てるんだ。やるんなら練習をやりな」


 小さい二人の喧嘩、というよりかはクリムの一方的な暴力が始まったのでカナリアは二人の仲裁に入り、グレイは面倒に巻き込まれる前に逃げるようにその場を後にした。

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