後期始業式 2
「で、何か言い訳はあるかい?」
「「「こいつが悪いんです」」」
始業式終了後、グレイ達は学院長室に呼び出されていた。
そのリールリッドの問いに対し、グレイはアシュラを、エルシアはグレイを、アシュラはエルシアをほぼ同時に指差した。
「グレイの寝起きが悪いのがそもそもの原因なので、私は悪くありません」
「何言ってんだよ。そういうエリーこそ化粧の時間なげえんだよ。そのせいで出る時間が遅くなったんだろ?」
「とか文句言ってるけどアシュラにも責任あるだろ。今日から授業とかだりい~とか言って飯作るのめちゃくちゃ遅かったじゃねえか」
三人はやいやいと言い争い、醜い罪の擦り付けあいを繰り広げる。そんな三人の少し後ろに立つキャサリンは暗い顔をしながら俯いている。この部屋に呼ばれること事態に慣れ始めている自分に気付いてしまったからである。加えてこのあとに訪れるであろう展開も予想出来てしまうので嘆かずにはいられない。
「よぉ~し。上等じゃねえかてめえら! 今日という今日こそ決着つけてやんぜ!」
「望むところよ。格の違いってやつを思い知らせてあげるわ!」
「いい加減にしろよ二人とも。どうせ俺が勝つんだから無駄だっての」
「…………全く。君らは相変わらず過ぎて苦笑も出てこないな」
リールリッドは机に頬杖をついて溜め息をこぼす。先日の事件を経て少しは成長したのではと思っていたが、全くそんなことはなく、今まで通りの問題児だった。
「話を聞く限り、全員に落ち度があるようだし喧嘩両成敗ともいう。だから全員に等しく罰を与える」
「「「えぇ~!?」」」
「文句は受け付けない。これは決定事項だ」
三人の抗議も虚しく、懲罰を受けることとなってしまった三人は恨めしげに互いを見やる。その目はまるで「お前のせいで」と言わんばかりだった。反省の色、皆無である。
「で、その罰ってなんなんすか?」
グレイは早々に諦めたように尋ねると、リールリッドはにやりと笑う。嫌な予感しかしなかった。
「君達には次の月別大会の開会式でエキシビションマッチをやってもらう」
「次の? 次の月別大会ってなんだ?」
「何で知らないのよ。どこまで馬鹿なの?」
「うっせ。で、何なんだよ」
睨みあうアシュラとエルシアの間に入って仲裁するキャサリンを他所にリールリッドが説明する。
「他校と合同で行う総合魔術競技祭だ」
総合魔術競技祭とは魔術師によるスポーツ競技の集合体のことだ。八種類の競技があり、その合計得点を競うのである。
その競技祭のエキシビションマッチは、通例では有名な魔術師や、魔術競技選手の決闘やら試合やらが行われるのだが、今回それをグレイ達にやれと言っているのだ。
「何でまた俺達にそんなオファーが来るんすか」
「いやいや。むしろ当然のことだろう。グレイ君はまだしも、他の二人は既に世間に知られた有名人だ。君達は百年に一度現れるかどうかの稀少な存在、《プレミアム・レア》なのだからな」
「まあ、それはそうなんですけど……」
これはまた面倒くさいことになったなぁ、と内心で愚痴るグレイ。エルシアとアシュラは前回の月別大会で華々しい(?)デビューをしているため、今更な感じはするのだが、グレイの属性はまだそこまで世間に知られてはいないのだ。
秘密主義者のグレイからすればいい迷惑ではある。が、人の口に戸は建てられないという言葉もある。ミスリル魔法学院に所属する全ての者はグレイの属性を知っているので、その者達から噂は世界へと流れていき、遅かれ早かれグレイの属性も知られることになる。
それならば、逆に自分から世間に自分の属性を見せる方が、印象操作も出来て好都合かもしれない。面倒ではあるが、良い機会でもあるのかもと、考えを改めた。
それに遅刻した罰として決まったエキシビションだが、この話は既に決まっていたように思う。恐らく今日遅刻をしなかったとしても、いつかはこの話を持ち出されていたのだろう。なので、どう足掻いたところで無駄なのだと悟った。
「わかりましたよ。どうせ拒否権はないんですよね」
「あぁ、その通りだ」
「んで? 俺らは誰と戦うんだ? もしかしてこの二人とやんのか? もしそうだと相手にならなさ過ぎて白けると思うぜ?」
「そうね。どうせあんたは私に瞬殺されるでしょうから」
「はぁ? 逆だっての。妄言吐き散らしてんじゃねえよ!」
「あんたこそ現実見なさいよ!」
「あぁ~もうっ。喧嘩は止めるのです!」
口を開けば喧嘩する二人だったが、リールリッドが放った言葉でその喧嘩はぴたりと止まった。
「君らの相手か? 相手校は例年通り、宿敵ブリード魔術学園だが、君達と戦う相手が誰なのかは秘密だ。当日を楽しみにしていたまえ」
「「「「………………はぁっ?」」」」
相手校の名はブリード魔術学園。ミスリル魔法学院と並ぶ有名校であり、その学校に通う生徒達は皆、《調練魔術師》だ。つまり相手は契約魔獣、眷獣を使役してくるだろうことは予想出来る。が、これ以上の情報は明かさないという。
その意図がよくわからなかったが、どうせ問い詰めても口を割らないであろうことはリールリッドのにやけ顔を見てすぐ理解したので、噛みつくのはやめておいた。
「さぁ。君達三人への話はこれで終わりだ。エキシビション、楽しみにしているよ。で、次にキャサリン先生に話があるんだが」
名前を呼ばれたキャサリンはビクッと背筋が伸び、恐る恐るリールリッドの目を見る。
「な、何でしょう?」
「そう身構えなくていい。今回は減給は勘弁しておこう」
「が、学院長……! ありが──」
「だが、代わりにお願いがある」
「──ですよねぇ……」
何とか減給だけは回避したが、残念ながらタダで許されるはずはなかった。
~~~
それから数分後、大量の資料を持ったキャサリンはとある部屋に向かって歩いていた。
「もう。少しは手伝ってくれてもいいじゃないですかぁ……」
キャサリンは既に去った三人を思い、ぶつぶつと文句をこぼす。
慣れない場所、慣れない環境に少しだけ緊張しながら進むと、ようやく目的地の部屋の前に辿り着く。
その部屋の戸を開くと、部屋の中の騒ぎ声が聞こえてきた。
「何でお前がここに来るんだって言ってんだよ!」
「おいおいうるさいぞ、そこの。アシュラ先生の話を聞けやボケ。退学にすっぞ?」
「誰が先生だ、誰が!?」
「で、エルシア。これは一体何の冗談なのよ?」
「カリカリしなくても、どうせすぐキャシー先生が来て事情を説明してくれるわ」
「グレイ君。一応ここアウェーのはずなのによくそんな安らかに寝られるよね……」
「……すぅ」
五十人近くいる教室は、てんやわんやの大騒ぎだ。
教卓の前ではアシュラが大声で騒ぎ、最前列の席ではエルシアが我関せずの態度で勝手に自習を始めており、最後尾ではグレイが既に眠りこけている。
──キャサリンがやってきたのは《イフリート》の一年生が集まる教室だった。何かと縁があるクラスではあるが、まさかここに来ることになるとは思ってもいなかった。
「《アクア・バブル》」
「ごばぼっ!?」
キャサリンは取り合えず、一番喧しいアシュラを問答無用で叩き伏せることにした。
頭をすっぽり覆う泡の中でもがくアシュラを見て一瞬で教室内は静かになり、教卓の上に大量の資料を置いたキャサリンは、教室全体を見渡してから挨拶した。
「はい。今日から数日の間ではありますが、わたしがこのクラスを担当することになっちゃいました、キャサリン=ラバーです。よろしくお願いします」
きょとんとする《イフリート》一同。笑顔で挨拶したキャサリンの隣ではアシュラが酸欠になって倒れ伏していたが誰も気にも止めていなかった。