後期始業式 1
第38話
夏の暑さが和らぎ、過ごしやすい気温になりだした今日この頃。ミスリル魔法学院の始業式が行われていた。
夏期休暇でそれぞれの実家へと帰っていた生徒達も学院に戻ってきており、全員大聖堂に集まっている。その面持ちを見比べてみると、前期の頃より逞しく、また凛々しく成長している者が多く見られた。
そんな生徒達が久方ぶりに再会した友人達と繰り広げる話題はとある三人のことで持ちきりだった。
やがて壇上に学院長、リールリッド=ルーベンマリアが現れ、生徒達は話を止めて壇上を見上げる。
生徒達の話し声が聞こえなくなったのでリールリッドは始業式らしく、それらしい前口上から話し始めた。
「おはよう。私の愛する生徒諸君。夏期休暇はどうだったかな? 有意義な休暇を過ごしてくれていたなら幸いだ。これから始まる後期の授業や大会で君達がどれほど成長したのかを見せてくれることを楽しみにしているよ」
豪奢なドレスを身に纏い、長く伸びた優麗な髪をたなびかせるリールリッド。その髪の間から覗く彼女の美貌はどんな絵画より美しく、洗練されている。誰しもが彼女に魅了されること間違いないのだが、やや性格に難があるため、全員少し身構えていた。
だが、意外なことに今回はふざけた話をする様子はなく、神妙な面持ちで話を切り出した。
「さて。後期のことを色々と話す前に、君達に報告がある。どうやらほとんどの者がもう既に知っているようだが、夏期休暇中に行われた一年の合同合宿が《水賊艦隊》の襲撃を受けた」
リールリッドの口から出た《水賊艦隊》という名を聞き、大聖堂内は一気に騒がしくなる。リールリッドはそれを制してから続きを話す。
「その際にホーク先生が負傷された。幸い命に別状はないが、退院がやや遅れている。《ハーピィ》の者達には何かと面倒をかけるかもしれんが、代理として数日はカーティスが窓口として対応するので把握しておいてくれ」
生徒達、特に《ハーピィ》の動揺は大きかったが、命に別状はないと聞いて安堵しているようだった。そうなってくると次に気になるのが、その事件に関係するとある三人の噂である。
リールリッドはそんな生徒達の心の内を悟ったのか、暗い雰囲気を切り替えるように声のトーンを上げる。
「そして今回の事件で特に目覚ましい活躍をした《プレミアム》の三人に、二つ名を与えることとなった。授与式は既にやってはいるのだが、この始業式にもう一度することとなった──のだが……」
と、そこまで言ってリールリッドは言葉を止めて、本来なら白と黒と灰色の生徒が並んでいるはずの空間を凝視する。
だが、やはりどれだけ目を凝らして見てみても、そこに彼らの姿はなかった。
「あの問題児三人はこともあろうに始業式をサボっているため、中止にする」
笑顔が引きつっているリールリッドは彼らの担任講師の不甲斐なさを嘆きながら、再度話題を変えることにした。
「では最後に連絡事項がある。次の月別大会についてだ。しっかり聞くように」
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「早く! 早く走るのです!」
「朝っぱらから全力疾走とか無理です」
「どうせもう始まってんだろ。ゆっくり行こうや」
「涼しくなってきたとはいえ、走ると汗かきますし」
一方、その問題児三人と担任講師は急いで大聖堂に向かっていた。とは言っても急いでいるのは問題児クラス《プレミアム》の担任講師、キャサリン=ラバーだけ。始業式に遅刻した原因である三人はまるで焦る様子もなく、急いで走る様子もなかった。
「あぁ~あ。また今日から机に座ってのお勉強が始まるのかと思うと憂鬱だぜ」
黒髪で褐色の肌を持つアシュラ=ドルトローゼは、これから始まるであろう座学を思って辟易する。
「何言ってんのよ。あんたみたいな馬鹿こそ勉強しないといけないんじゃない。どうせあんたのことだから前期にやったテストの内容もほとんど覚えてないんでしょ」
そんなアシュラを蔑むように哀れんだ白髪碧眼の美少女エルシア=セレナイトの言葉に、アシュラは無意味に胸を張って答える。
「はっ。舐めんな。テストどころか夏期休暇の宿題の内容すら忘れたわ!」
「そこで何故にどや顔が出来るんだよお前は……」
意味不明のどや顔をしたアシュラを小馬鹿にしたのは、灰色の髪と瞳の少年、グレイ=ノーヴァスだ。見ればすぐに寝起きなのだとわかるほど、彼の目は眠たげで先程から何回も欠伸をしている。
そんな何とも学生らしい会話を繰り広げながら歩く三人。状況が違えばただの微笑ましい光景なのだが、今はそんな気持ちになれない人物が一人。
当然のことながらキャサリンである。何せ現在進行形で始業式に遅刻しているのだから。既に手遅れな感じはビシビシと感じているのだが、気持ちは急いて仕方ない。
「そんな一般的な学生の日常会話なんて止めて走るのですよ! 駆け足! 駆けあーーーーし!!」
後期の授業が始まって早々に給料カットの危機に怯えるキャサリンの慟哭は、しかし彼らに届くことなく、虚しく空気に溶けて消えた。