三人の稀少な問題児達 2
「ったく、説教長いんだよあの講師。もう昼休みじゃねえか」
「あなた達二人が先生を怒らせたのが悪いんでしょ。それなのに何で私まで一緒に怒られないといけないのよ」
「いやいや。そういうエルシアだって結構生意気な態度取ってただろ」
アシュラ、エルシア、グレイの三人はぶつくさとつまらない言い争いをしながら少し遅めの昼食を取っていた。
大食堂の一番端にある四人掛けのテーブル。その席が彼ら三人の指定席となっており、大食堂がどれだけ混雑していても、その席とその付近の席には他の生徒はほとんど近付こうとしない。
だが、別に何か取り決めがあるわけでもなく、ただ気付けば自然とそうなっていた。
そんな少し浮いた存在である三人を、やや馬鹿にしたような目で見たり、たまに嘲笑のようなものもこぼしたりする者もいれば、畏怖の念を込めながら怯えたような目で見てくる者もいた。
しかしそんな少しばかり普通でない環境に既に慣れたのか、彼らは誰一人としてそのことを気にしていなかった。
エルシアは昼食のサンドイッチを食べながら、ふと何かを思い出したかのように声を上げる。
「そういえば、今日よね。私達の魔法武器の鉱石が届くの」
「ん? そうか。そういや今日だったな。あんまり遅いから忘れてた」
「ようやくだな。全く待ちくたびれたぜ。おっし! なんかみなぎってきたぜぇ~!」
エルシアの言ったエレメンタル・アークとは、特殊な魔法鉱石に魔力を注入して作り上げる固有の魔法武器のことである。
実は彼ら三人だけ他の生徒と違い、入学して二ヶ月経った今でもアークを持っていなかったのだった。その理由は彼ら自身の特殊な魔力が原因だった。
グレイ=ノーヴァス
エルシア=セレナイト
アシュラ=ドルトローゼ
彼らはこの学院──ミスリル魔法学院始まって以来の超問題児であるのと同時に、超稀少な人材でもあるのであった。
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ミスリル魔法学院。設立してから二百年以上が経ち、数多くの有力な魔術師を輩出した名門の学院である。
しかし、そんなミスリル魔法学院だが、彼らが入学してきた時は大変な騒ぎとなったのはまだ記憶に新しい。
だがそれも無理はないことであった。何故なら彼らは今までの魔術師の常識をひっくり返すような存在であったからだ。
そのことが発覚したのは入学式当日のことだった。
ミスリル魔法学院では入学してきた新入生全員に魔力検査を施すことになっている。
そこで新入生は体内に宿す魔力の属性によってクラス分けをされるからだ。
属性とは四体の精霊と同じ、《火》《水》《風》《土》の四つを指す。
つまり、クラスも四クラス存在する。
火の魔力を持つ者達のクラス《イフリート》。
水の魔力を持つ者達のクラス《セイレーン》。
風の魔力を持つ者達のクラス《ハーピィ》。
土の魔力を持つ者達のクラス《ドワーフ》。
クラスの名は精霊に仕える眷属──人間は妖精と呼んでいるが、その名を借りている。
こういったクラス分けの主な理由としては、クラス同士での切磋琢磨を望んで、と言ってはいるが、本来の理由は違っている。
本当の理由は、別属性の者達を同じクラスに入れると衝突が起こるからであった。
何故かと言うと、属性にはそれぞれ打ち消しあう四つ巴の関係にあることに原因があるとされている。
火は風に強く、風は土に強く、土は水に強く、水は火に強い。
つまり、火の魔力を持つ者は水の魔力を持つ者を本能的に苦手としている。
成長すればいくらか平気にはなるのだが、魔法に初めて触れる学生達にとっては些かの反発を覚える者も多く、つまらないいざこざが起こることが度々あった。
なので、平穏に授業を進めるべく、属性によってクラスを分けるようになったのであった。
などという理由から、属性別にクラス分けを行っているわけだったのだが、しかし、今年に限って少々問題が発生した。
グレイ=ノーヴァスは大きな欠伸をしながら、魔力検査をするために列に並んでいた。
魔力を持つ者は必ず何かの属性を持っている。が、それが判別できるようになるのはちょうど思春期にあたる十四~十五歳の時期であり、新入生である彼は今日初めて自分の属性が何なのかを知ることになる。
だが、殆どの生徒に取っては意味の無い行事でもあった。何故なら属性は遺伝でほとんど決まるからだ。
属性主義の思想の高い者が多いこの時世では、魔術師は同じ属性を持つ者同士と結婚するのが常識となっている。
だが勿論、例外も存在し、別属性同士の間で産まれる子供も存在する。その場合は、より強い魔力を持つ親の方の属性になる。
あと、更に珍しい事例として、両親のどちらの属性でもない子が産まれることもあるが、それは突然変異か先祖返りのようなものだと言われており、そんな事案が発生する可能性はほぼ皆無といっていい。
だから原則、父か母の属性のどちらか二択でしかなく、おおよその予測が出来るのである。
しかし、グレイは本当の親を知らない。なので、そういった予測が出来ないのだ。
期待半分、不安半分の気持ちで眠れぬ夜を過ごしたグレイは、今頃眠気に襲われていたのだった。
「それでは次。この水晶に手をかざしてください」
気付けばとうとうグレイの順番になっていた。感じていた眠気が一気に飛び、緊張した面持ちで講師に言われた通り、水晶に手をかざす。
この水晶は魔力の属性に反応して色が変わる性質がある。
火なら赤色に。水なら青色に。風なら緑色に。土なら黄色に。といった具合だ。
グレイは目を閉じ、じっと測定が済むのを待った。だが、何故か講師がざわめき始めた。不安になったグレイはゆっくり目を開ける。
すると、水晶は『無色透明』なままだった。
「…………あれ?」
グレイはしばらく手をかざし続けたり、別の水晶に代えてもらったりしたが、結局水晶に色が付くことはなかった。
グレイはそのまま違う部屋へと連れて行かれ、先程とは別の検査を受けた。
魔力を持っているかどうかの入学式以前に行われる、魔法学院に入るために必ずしなければならない検査だ。
だが、勿論グレイはこの検査を既に行っている。その時確かに『魔力あり』の判定を受けている。
故に今回も『魔力あり』の判定が出るのは当然のことであった。
何だかめんどくさそうなことになってきたな、と内心疲れ始めてきたグレイは、また眠気に襲われ、意識が朦朧としていた。
そんな時、講師達の騒ぐ声が遠くから微かに聞こえてきた。
「……られん。こんな結果、今……もない」
「ですが、事実……している……」
「しかも……や……の子もいて。何がどうなって……」
だが、隣の部屋での会話であり、更に頭もぼ~っとしていたので、それが彼自身の話をしているのだということは気付かなかった。そこで、彼の意識は完全に夢の世界へと旅立っていった。
「──君。……レイ君。グレイ=ノーヴァス君」
「はぇ?」
どうやらわずかな間ではあったが完全に眠ってしまっていたらしい。先程検査を監督していた講師がこちらを覗き込んでいた。
「やっと起きましたか。検査は一応終わりましたよ」
「あ、はい。お疲れさまです」
まだわずかに意識がはっきりしていないせいか、うつらうつらとしていた。
そんなグレイを見ながら講師は話を続ける。
「それで、グレイ君。君の属性のことなんだがね」
「はい? あっ、そうだ。結局俺の属性は何だったんですかね?」
今日の夕飯は何か、と聞く時と同じくらいのテンションで聞いたグレイだったが、講師からは予想もしていない言葉が返ってきた。
「そのことなんだが、結論だけを言うと、君の属性は『無い』」
「…………は?」
今日は夕飯抜き、と言われた時よりも大きな衝撃を受けたグレイは目を丸くしながら講師を見て説明を求めた。
「君は確かに魔力を持っている。年齢も君の経歴を見る限り、ちゃんと十五歳になっている。それにあの水晶は確かに反応を示していたから、既に魔法が使える存在になっているのも確かだ。にも関わらず君には属性反応が出ない。これが属性が付くのが遅れているだけなのか、そもそも属性が無いのかは今の段階では判断出来ないんだ。だから我々はこれを『無属性』と仮称することにした」
講師が説明していることが何だかよくわからなかったが、本当に面倒なことになったんだということだけは理解出来た。