デザートウォーズ
閑話
(時系列は二章のすぐ後)
「ええっと……。ここだな」
「楽しみ、です」
グレイとミュウは先日行われた月別大会《トレジャーウォーズ》で、ミーティアで店舗を開いている有名店のデザート食べ放題チケットを手に入れた。
それから数日後。グレイはデザートバイキング、と書かれたチケットを握りしめたミュウを連れてミーティアを訪れていた。
甘いものが好きなミュウにとって、そのチケットは正しく宝物のようなものだった。ミュウは相変わらず無表情ではあるが、いつもよりテンションが高かった。
そして例の店の前に辿り着いたのだが──。
「何だか、入りづれえ……」
その店の外装はとても可愛らしいもので、如何にも女子が好きそうな感じだった。恐らく一人で来ていたなら店には入らずそのまま帰っただろう。だが今日はミュウのために来たので帰るという選択肢はなく、横目でミュウを見るとソワソワと落ち着きがなかった。
「…………行くか」
「はい」
覚悟を決めたグレイは静かにはしゃぐミュウの後を追う形で店に入っていった。
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店の中は意外と広く、清潔感に溢れた白で統一されており、テーブルの上には色とりどりのデザートが置かれていた。
「いらっしゃいませ~。二名様でよろしかったですか?」
「はい。ほらミュウ、そのチケット渡して」
ミュウはグレイに言われた通りに店員にチケットを渡す。店員は微笑ましいものを見るような目でミュウを見て席へと案内する。
「では特別チケットのお客様は本日に限り、時間無制限の全品無料サービスとなります。ごゆっくりお楽しみくださいませ」
時間無制限で全品無料とは太っ腹なことこの上ないな、と逆に店の経営状況が心配になってくるほどである。
恐らく、このチケットは《トレジャーウォーズ》の景品として特別に用意されたものなのだろうと察しがついた。こんなチケットが何枚も出回っているのであればそれこそこの店は簡単に潰れてしまうはずだ。ミスリル魔法学院の権力、恐るべしである。
何はともあれ、金も時間も心配しないでいいというのはありがたい。今日は頑張ったミュウへのご褒美なのだ。思う存分楽しんでもらいたい、と他の者が聞けば間違いなくシスコンだと言われるであろうことを思っていると、ミュウが座ったまま動こうとしないことに気付く。
「あっ、悪い。ミュウ、バイキングってのは食べたいものを自分で好きなだけ持ってくるもんなんだよ」
「そうなのですか」
思い返せばミュウにはバイキングのことを好きなだけデザートが食べられるところだとしか教えていなかったため、自分で持ってくるという発想は無かったのである。
早速立ち上がったミュウはどれから食べようか迷いながら店内をキョロキョロと見渡す。それに吊られてグレイを店内を見渡す。
「店に入ってきた時にも思ったが、本当に色んな種類のデザートが置いてあるんだな」
ケーキやアイスは勿論、タルトやプリン、チョコフォンデュ。果てはスナック菓子まで置いてあり、カロリーが非常に心配になる。
「……何だか見てるだけで甘ったるくなってくるな」
グレイは小さめのケーキを二、三個選び取り席に戻ってミュウの帰りを待っていると、向こうから何やら珍妙なものが近付いてきた。
よくよく見てみるとその者はまさしくデザートの塔と言えるほど大量に盛り付けた皿を持っていた。
「マジか……?」
そのデザートの塔はグレイの目の前に置かれて、ようやくその塔を運んでいたのがミュウだったと気が付いた。
「ミュウ……? おま、これ全部食べるのか?」
「……? はい」
当然だろう、と言わんばかりに早速パクパクと食べ始めるミュウを見て、周囲の客がざわざわと騒ぎ出した。
「な、なにあれ……?」
「あれ、もはや塔じゃん」
「ほんとにあれだけの量食えんのか? あの子」
バイキングの基本的なマナーとして、食べきれない程の量を持ってくるのはいけないことなのだが、ミュウはその基本を知らない。
このマナーもちゃんと言っておくべきだったな、と反省する。今回に限り、どれだけ食べても無料という特別な条件が与えられているから良かったものの、もし食べ残したりしようものならその分の金額を支払わなければならなかったかもしれない。
──などと、いらぬ心配をしていた自分が、今は少し恥ずかしくなりはじめていた。そして同時に、軽く恐怖していた。
ミュウの身長の半分くらいの高さはあったであろうデザートの塔は、今は見る影もなく、残りはケーキ三個だけとなっていた。と、思っている間に残り三個もミュウの口の中に放り込まれて、テーブルには皿一枚だけが残されていた。
「マジか……」
グレイはもう一度同じ言葉を、違う意味で呟く。ミュウが結構な大食いであることは知っていた。だがここまでとは思ってもみなかった。しかもミュウは満足そうな表情をしつつも、ちらちらとデザートの置いてあるエリアを気にしている。
まだ食うのか、という誰かの声が聞こえてくる。もしかしたらそれはこの店の店員の声だったかもしれない。
「あの、マスター。おかわりは……」
「…………行っておいで」
グレイの許しが出たのでミュウは嬉しそうに席を立つ。戦々恐々とする店員を横目に見てグレイは心の中で全力で店員に詫びた。
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「…………」
もはや言葉も出なかった。何故なら先程とまるで同じ光景が目の前で繰り広げられていたのだから。
再びデザートの塔を持ってきたミュウは、すごいスピードでその塔を食い尽くしていく。その小さな体のどこに入っていくのか不思議でならない。
ちらりとホールにいた店員を見ると、笑顔がやや引きつっていた。それもそのはずだ。何せ用意されていた分のほぼ半分を全てミュウが食べ尽くしてしまっているのである。赤字は確実だろう。
せめて時間制限でもあれば良かったのだろうが、今回はそれもない。このままのペースで食べ続けると出禁になるであろうことは恐らく間違いなかった。
……このままこの店が潰れなければ、の話だが。
店が一人の少女に食い潰されるかの瀬戸際。先程まで休むことなく動いていたミュウの手がぴたりと止まる。
とうとう限界が来たのか、とミュウの表情を窺うと、何故か目がとろんとしていて頬がわずかに赤くなっていた。極めつけに──
「ひっく……」
ぼ~っとしたミュウの視線は宙を泳ぎ、頭はふらふらと揺れている。
「だ、大丈夫か?」
「ふぁい? らいじょ~ぶれす」
「うん。まるで大丈夫じゃないことはよくわかった」
ミュウは呂律が回っておらず、完全に酔っぱらっていた。恐らく酒を使ったデザートを食べてしまったのだろう。様々な種類のデザートがあるのだから酒を使ったものもあるだろう。そのことを失念していた。
だが当然ながら今までミュウに酒を飲ませたことはなかったので、ここまで酒に弱いとは思わなかった。
「ますたー。このケーキ、すごくおいひいれす」
「そっか」
「はい、どーぞ」
「えっ?」
ミュウはフォークに刺さったケーキを差し出してきた。いつものミュウなら絶対しないであろう行動にたじろいでいるとミュウが不満そうに唇を尖らせる。
「ますたー?」
「あ、あぁ。えっと……」
周囲の目もあり、どこか気恥ずかしいグレイだったが、そんなことお構いなしにミュウはケーキを突き出してくる。グレイは覚悟を決めて口を開け、ミュウはグレイにケーキを食べさせる。
「おいひいれすか?」
「ん。確かに旨い」
「よかったれす」
ただ、そのケーキはブランデー入りだった。これがミュウが酔っぱらった原因だろう。
「……? ますたー、ますたーが三人……?」
「おいおい本当に大丈夫か? もう充分食べたし、そろそろ帰ろうか」
「う~……」
グレイが心配してそう言うと、ミュウはまたもや不満そうに唇を尖らせる。滅多に反論することがないミュウが、酔っているとはいえグレイの言葉に素直に従わないのは珍しかった。余程ここが気に入ったのかもしれない。
「今度また連れてきてやるから、今日は帰ろう。な?」
出禁にならなければ、と内心で苦笑混じりで呟く。そして不満そうな顔をしていたミュウは上目遣いで言った。
「約束……れす」
「あぁ。約束だ」
グレイが優しく微笑むと、ミュウはようやく納得したように席を立つ。
ふらふらと足元がおぼつかないミュウを支えながら店を出る。その時店員から「出来れば当分来ないでくれ」と言わんばかりの視線を浴びせられ、グレイは苦笑混じりに「また来ます」と返した。
店を出てすぐにミュウは足を止めてしまい、どうしたのかと顔を覗き込むとまぶたを閉じて眠りこけていた。器用なことに立ったままである。
このまま魔力中枢に戻してもよかったのだが、町中では人の目があるため、仕方なくミュウを背負って帰ることにした。
「んみゅ……ますたー」
背負われたミュウは寝言のように何かぶつぶつと呟く。
「わたしは……ずっと、ますたーと……いっしょ…………に……」
それは酔っていたために出たでたらめな言葉なのか、いつも内に秘めていた言葉なのか、今はわからない。
それでも、グレイは優しくも強い意志をもってそれに答えた。
「あぁ。約束だぜ、ミュウ」
グレイは背に、非常に軽いが確かにある重みを感じながら帰路についた。
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余談だが、グレイは結局学院までミュウを背負って帰ってきたため、その光景を目撃した数多くの生徒の証言によりグレイのシスコン疑惑が更に深まったとか──。