湯上がり乙女達のお約束 2
「じゃ次。ラピスちゃんは好きな人いる~?」
「いません」
「即答っ!?」
聞かれれば即答する気でいたとすぐにわかるラピスの返答に納得出来ず、メイランとクリムがラピスに詰め寄った。
「本当にいないの~? クラスメイトとかにさ~」
「同じ眼鏡の男子おったやろ? あいつとかどないなん?」
「しつこいですね……。いないと言っているでしょう」
「それなら好きなタイプとかだけでいいからさ。ねぇ~?」
あまりにしつこいのでラピスの方が折れて溜め息を吐く。
「そうですね。少なくとも、《セイレーン》の男子は論外、とだけ言っておきます」
「と、なると、属性の相性的に考えて《ハーピィ》の誰かかな?」
メイランの溢した言葉にコノハが大袈裟なまでに反応した。
「そうなんですかラピスさんっ!?」
「い、いえ、別にそんなこと言ってないですけど……」
もう少しで触れてしまうほど顔を近くに寄せて目を覗き込んでくるコノハにたじろぎ、ラピスは横目でメイランを睨む。
「なはは……。ごめんごめん」
「はぁ……。根拠のないことで人を惑わせるのはやめてください。安心してくださいコノハさん。私は《ハーピィ》の誰かに好意を寄せているなんてことはありませんから」
「そ、そうですか……」
コノハは胸を撫で下ろして落ち着きを取り戻す。
「それで、結局どんな人がタイプなの?」
「…………そうですね。尊敬出来る人物で趣味が合うような人がいいです」
今のでうまく話を流せたつもりでいたラピスだったが、メイランは尚も食いついてきたため、めんどくさくなったのか当たり障りのないことを言って誤魔化した。
「ラピスちゃんの趣味って?」
「確か、読書でしたわよね」
「なんや暗い趣味やのう」
「悪かったですね」
ラピスがツンとした態度で不機嫌オーラを放ち始めたので、今度はアルベローナに話を振る。
「アルベローナさんはそういう人いないの?」
「意中の相手ですか? そうですわね……」
口に手を当て考え込むこと数十秒。
「わたくしのお父様以上の殿方はうちの学院にはいませんので、特には」
ミスリル魔法学院の男全員がバッサリと切り捨てられた。
「そ、そっか……。アルベローナさんのお父さん以上となると、ハードル高すぎるね……」
「学生どころか講師ですら危ういわよ」
アルベローナのファザコンっぷりには苦笑いしか出てこない。しかもそれが紛れもない本心であることがアルベローナの目を見ても明らかなので、早々にターゲットを変える。
次に視界に捉えたのは、先程からあまり会話に参加してこないエルシア、カナリア、ミュウの三人。恋バナよりもお菓子が好きなミュウに付き合っているのか、それとも興味がないのか、もしくは──
「姉御。姉御は誰か好きな男とかおらへんのですか?」
カナリアと一番仲の良いクリムが代わって質問すると、苦い表情のままボサボサと頭を掻き始める。
「まあ、順番的にそろそろ聞かれるとは思っちゃいたけどねぇ……。クリムにゃ何度か言ったことあるとは思うけど、アタイにゃそういう相手はいないね。なかなか眼鏡にかなう奴がいないのさ」
「一体どんなのがタイプなのよ?」
アスカが尋ねると、カナリアは拳を握り語気を強めて答えた。
「漢気に溢れた奴さ!」
カナリアの目はキラキラと、否メラメラと輝いており、理想の漢像を思い浮かべていた。
「漢気ねぇ……。なら、ウォーロックとかはどうなのよ?」
「いや。あいつはクリムの好きな奴なんだ。手ぇ出そうなんて思っちゃいないよ。探しゃ他にもいるだろうしね」
「あ、姉御ぉ~!」
クリムは感極まってか、瞳をうるうるとさせており、コノハなんかは「格好良い……」と囁いていた。
そんな中、近くにいたエルシアだけがカナリアの、恐らく誰にも聞かせるつもりもなかったであろう小さく呟いた言葉を聞いた。
「……でもまぁ、磨けば光りそうな奴もいるけどねぇ」
エルシアはわざわざ取り立ててその人物が誰なのかを聞きだそうとはせず、菓子で乾いた口の中を潤そうとドリンクを飲む。
「で、エルちゃんはグレイ君狙い?」
エルシアは口に含んでいたドリンクを吹き出しそうになるのを何とか堪えるも、気管に入ってしまったせいで何度も咳き込んでしまい、動揺したことが全員に知られてしまった。
「あはは。やっぱりね」
「な、なななっ!? 何がやっぱりよ! 誰があんな馬鹿──」
「そう? でも今日のグレイ君凄かったじゃ~ん」
「ムカつくけど口先の上手さだけは認めてやらないでもないわね」
「彼のせいでわたくし、戦いが始まってからものの数十秒で負かされてしまいましたわ……。いつかリベンジしたいですわ!」
「実際にとどめ刺したんはうちやけどな」
そして話題はグレイから、グレイの妹のミュウへと移る。ミュウはグレイの妹、という以外の情報をまだ持っていない彼女達にとってミュウは不思議の塊のようなものだった。
「そういえばミュウちゃんはさ、好きな人とかいないの?」
「ちょっとメイ。彼女、色々と家庭の事情とかあるって言ってたでしょ。少しは自重しなさいよ」
興味津々なメイランをたしなめるアスカ。そして質問されたミュウは頬にお菓子を詰め込んだまま首を傾げる。
「ふひなひほ……?」
少し考えてから、口の中にあるものを飲み込んで答える。
「わたしは、マスターが好きです」
「えっ? マスター? ……って、あぁ。グレイ君のことか」
「ミュウちゃんはお兄ちゃんっ子なんだね」
そんなミュウに皆が和んでいたが、クリムが皆の気持ちを代弁するかのように問い掛けた。
「そんで、ずっと気になっとったんやけど、何で兄ちゃんのこと『マスター』って呼んどるんや?」
その言葉にビクッと反応を示したのはエルシアだった。この中でミュウの正体を知っているのは本人を除けばエルシアだけだ。その正体をグレイは極力隠しておきたいと思っており、エルシアもその方がいいと思っている。
だが当の本人はあまり気にしていないようで、グレイから自分の正体は話してはいけないと言われているとはいえ、うっかり正体をばらしてしまう危険がある。
何とか話を逸らそうとエルシアが口を挟む間もなく、他の者達も次々にミュウに問い掛けた。
「そうそう。ボクも気になってたんだよね」
「もしかして、本当に本人がそう呼ばせてるとか」
「そうだとしたら相当気持ち悪いわね」
堰を切ったように質問してくる一同を見渡しながら、ミュウはさも当然のように言った。
「マスターは、マスターだから、マスターなんです」
「う、うん……?」
「そ、そう……なの?」
まるで要領を得ない答えに戸惑い、これ以上の追求を諦め、標的をミュウから何故かほっと安堵の息を吐いていたエルシアへと戻す。
「じゃあ話を戻して、エルちゃんは実際のところグレイ君のことはどう思ってるのさ?」
「だ、だからただのクラスメイトよ。それ以上でも以下でもないわ」
「ふ~ん。じゃ、アシュラ君はどう?」
「何それ? 笑えない冗談ね」
アシュラの名前を出した途端に一気に冷めた目になったエルシアのあからさまなまでの反応の違いを見て、笑いを堪えるのに苦労した。
そんな話をしていたところ、不意に戸が開かれたので反射的にそちらを向くと、そこにはリボンを外したキャサリンが飽きれ顔をしながら立っていた。
「皆さんまだ起きてたんですか? もう就寝時間なのですよ。明日の朝も早いのですからすぐに寝てください」
「えぇ~。女の子の夜はまだこれからなのに~。あっ、そうだ。先生も一緒にお喋りしましょうよ」
「駄目です。ほら、皆さん早く就寝準備してください」
頑として譲らないキャサリンをどうこちらに引き込むかを考えながら、メイランは助けを求めるようにエルシアを見る。
エルシアはこれ以上自分に話を向けられるのを避けるため、キャサリンを身代わりにすることにした。
「そう言わないでくださいよキャシー先生。私達、大人な先生の豊富な人生経験の話が聞きたいんですよ」
「へ?」
大人、というワードに過敏に反応したキャサリンを見て、エルシアの狙いに気付き全員の思考が一致した。
「そうなんですよ先生。ボク達みんな先生みたいな大人な女性の話を色々聞きたいんです」
「聞いた話ですと、キャサリン先生とイルミナ先生もうちの学院の卒業生だとか。私達の大先輩の話は、とても興味がありますわ」
「その頃の話とかをきかせてもらいな~って、ね?」
「そうでござるな。興味あるでござる」
「その話を聞かせてもらえりゃアタイらも大人しく寝ますよ。んなもんで、お願いできませんかね、先生」
生徒達からの羨望の眼差しを浴びて、気を良くしたキャサリンは微笑を浮かべながらその場に座る。
「し、仕方ありませんね。ほんの少しだけなのですよ?」
「「「は~い」」」
この時、全員は同じことを思った。
──キャサリン先生。ちょろすぎる、と。