湯上がり乙女達のお約束 1
番外編
ミスリル魔法学院の合宿先で前代未聞の女子露天風呂覗き事件が起き、覗きをした男子達がキャサリンとイルミナに連行されていくのを見届けてから、女子一同は浴衣に着替えて自分達の部屋へと続く廊下を歩いていた。
「ったく! 男子は全員馬鹿ばっかりね!」
「ほんまやで! 今思い出しても腹の立つ!」
髪を下ろしたアスカとクリムがイライラとしながらその先頭を歩き、その後ろに苦笑混じりのメイランが続く。
「まあまあ落ち着きなって~。幸か不幸かあの二人は覗きには参加してなかったんだからさ」
「な、何でそこでレオンが出てくるのよ!? 馬鹿じゃないの!?」
「当然やろ! うちの代表がそないな真似するかいな!」
アスカの顔が赤くなったのは湯上がりのせいだから、というわけではないだろうことはメイランはよくわかっていたが、わざわざ指摘すればこっちに飛び火してくることは重々承知していたので、あえて軽く流す。
一方クリムはウォーロックに対する好意は一切隠すつもりもないのか堂々と、そしてどこか誇らしげに言い放った。
あの二人、とは誰のことなのか一言も明言していないのに面白いくらいに反応してくれていた。
と、そんな会話をしていると後ろにいたラピスが溜め息混じりに愚痴をこぼす。
「そちらはまだマシですよ……。うちのクラスの男子は二人とも覗きに参加していたわけですから。これでは《セイレーン》全体の品格が問われかねません……」
「あ、あはは……」
それには流石のメイランもどうフォローすればいいのかわからず苦笑いで誤魔化すことしか出来なかった。
その更に後ろには両手で顔を覆ったコノハが、シャルルと並んで歩いている。
「コノハ。いつまで恥ずかしがってるのでござるか」
「だ、だって……。あ、あんな大勢に、は、裸を見られちゃったんだよ……? 恥ずかしくて死んじゃいそうだよぉ……」
「大丈夫でござる。人というのはそれくらいでは死なないでござるよ」
「そういうことじゃなくてぇ~!」
耳まで赤くなっているコノハとは対照的に、まるで気にしていない様子のシャルル。そんな二人にアルベローナが声を掛ける。
「そうですわよコノハさん。貴女はとても可愛らしいのですし、もっと堂々としていなさいな」
「えええっ!? そ、そんなの、無理ですよぉ。だって私、アルベローナさんみたいに、その……大きくないですし……」
「ふむ? だがコノハから借りた書物の中には、それくらいの大きさの方が好みだという男もいる、と書かれていたはずござるが……?」
「それとこれとはまた話が違うでしょおおっ!」
若干泣き声になっているコノハの叫びに、アルベローナとコノハはきょとんとした表情を浮かべていた。
その最後尾では、ミュウがエルシアとカナリアに挟まれたまま皆の後ろを着いて歩いていた。
「ミュウちゃんは、今はいくつなんだい?」
「いくつ、とは?」
「年齢さ。今何歳なんだい?」
「年齢……。三ヶ月、です」
「……はい?」
「あぁ、ええっと! あれよ、三ヶ月前に誕生日が来て、確か十歳になったのよ! ね、ねぇ? ミュウちゃん」
「……? あっ。はい。そうでした」
ミュウは最初エルシアが何故焦りながらそんな嘘を吐くのかわからず首を傾げたが、やや遅れて自分の失敗に気付き大きく首肯する。
一方エルシアは自分一人にミュウの世話を押し付けたキャサリンを軽く恨んでいた。いや、ミュウにもキャサリンにも非がないことはわかっているのである。ただ、ミュウはグレイとは違ってとても素直な性格をしている。聞かれたことに素直に返答してしまい、決めていた設定をド忘れしてしまっていたのどある。嘘を吐くことにまだ慣れていないのだ。嘘を吐くことに慣れていないこと事態は悪いことではないのだが、彼女自身の事情を考えるともう少し気を付けてほしい気もするという、何とも言えない複雑な気持ちになるエルシアだった。
そんな二人の様子を見ていたカナリアは、どこか不振に思っていると急にきゅるる、という間の抜けた音が聞こえてきた。
「……お腹、空きました」
その音の正体はミュウの腹の虫の声だった。ついさっき夕飯を食べたばかりなのだが、もう小腹が空いたらしかった。
「ははっ。そうかいそうかい。まあ、ちょうど今くらいの頃が成長期だろうからね」
「大丈夫よミュウちゃん。皆で持ち寄ったお菓子とかがあるから後でそれを食べましょ」
「……でも、マスターがあまり遅い時間にお菓子を食べてはいけない、と」
「いいのいいの。今日は特別よ。それにグレイには黙ってておくから。ねぇ、カナリアさん」
「あぁ。内緒にしとくよ」
するとミュウは少し考えてから、二人の誘惑に負けてこくりと頷く。その様子を見ていたカナリアが何だかウズウズとしていたが、年齢の話は誤魔化せたことに安堵していたエルシアはそのことに気付かなかった。
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女子全員が寝泊まりする大部屋へと戻ってみると、部屋には人数分の布団が敷き詰められていた。
「何ですの、これ」
「え? どれのこと?」
まるで見たことのないものを見るような目をするアルベローナの問いの意味がわからず、メイランは疑問符を浮かべる。
「この床に敷き詰められているもののことですわ。カーペット、にしては分厚すぎでは?」
「……それマジで言ってる?」
「何ですの? メイランさんはこれが何だか知っていますの?」
「そりゃそうだよ! だってこれ、ただの布団じゃん!」
「でも床に直接敷いてますけど?」
「普通だよ!」
話を整理すると、貴族のアルベローナと庶民のメイランの価値観は大きく違っていて、アルベローナは今までベッド以外で眠ったことがなく、敷き布団の存在を知らなかった、ということらしかった。
「へぇ。知りませんでしたわ。それに、皆さんと並んで眠るなんて面白そうですわ。ねぇラピス」
「そうですね。アルは普段一人部屋ですし」
「はい。皆一緒だと楽しいですよね」
「でもメイと一緒だとうるさいわよ。覚悟した方がいいわ」
「アスカってば一言余計じゃない?」
頬を膨らませるメイランをよそにアルベローナは敷かれた布団の上に寝転がる。
「はふぅ……。これはこれで悪くないですわね……。このまま眠ってしまいそうですわ」
「ちょい待ち。まだ夜はこれからやろ」
今にも寝かけていたアルベローナをクリムが止める。
「そうですよ。折角の機会ですし、もっと色々おしゃべりしましょう」
「で、ござる」
「それが今回の合宿の目的だからねぇ。ほら、夜食も用意してきたよ」
と、やや遅れて部屋にやってきたカナリアの手元には人数分のコップや菓子類。その後ろにはエルシアと、目を輝かせているミュウもいた。
「それじゃ、早速始めよっか」
「始める? 何をですの?」
「こういうときのお約束は、恋バナに決まってるじゃん!」
恋バナ、の単語にわずかに反応を示したのはコノハ、アスカ、エルシアの三人。それを目敏く察知したメイランはニンマリと笑う。
一方アルベローナは眠気が吹き飛んだのか、嬉々として起き上がる。
「恋バナ! 聞いたことありますわ。女の子同士で好きな殿方の話をして、互いを牽制するための儀式のことですわね」
「何か知識片寄ってない!?」
しかも見方を変えれば本当にそう見えるのだから余計にタチが悪い。
女子にとって恋バナとはすなわち暗黙の了解を作る儀式だ。ここで先に好きな男子の名前を出した者は勇気を出した者として認められ、周りからのサポートを得られる。そして他の者がその男子に手を出せば総叩きにされてしまうのである。
そんなアルベローナの片寄った知識のせいで、楽しい女子トークの場が一転、ピリピリとしたムードに変わる。
そんな中、先陣を切ったのは──
「うちの好きな人は当然、うちらの代表ウォーロック君やで!」
「「「「…………うん。知ってる」」」」
クリムの告白に、エルシア達は苦笑しながら頷く。
気付かない者などいないだろうと思うくらいにあからさまな態度を取っているため、わざわざ言われなくても既に全員が知っていた。
ただ残念ながらその当のウォーロック本人はクリムの好意には気付いていないので空回り感が尋常ではなかった。
だがそのおかげか、一瞬にして険悪なムードは消え去っていた。
「へぇ、そうでしたの? わたくしてっきり貴女はいつも一緒にいるマルコシウス君の方が好きなのだと思い込んでいましたわ」
「な、何でそこでマルコが出てくんねん!?」
「おっ? 意外な反応……。もしかしてぇ~?」
「んなわけないやろ! あんなヘタレ覗き魔なんか願い下げや!」
またまたぁ~、としつこくクリムの脇腹をつつくメイランを見て、呆れたアスカが助け船を出す。
「そういうあんたはどうなのよ? 言い出したのはあんたなんだからちゃんと自分も話しなさいよ」
「ん? アスカはボクの好きな人が気になるの? って、そりゃそうか。ボクも《イフリート》なんだし、そりゃ気になるよね」
「いちいち余計なこと言わなくていいのよ! で、どうなのよ?」
メイランは考える素振りをして、ちらりとお菓子に夢中になっているミュウと、そのミュウの世話をしているエルシアを見た。
「そうだね……。アスカみたいに一途に想ってるわけじゃないけど、ちょっと気になってる人はいるよ」
「誰が一途……って!? いるのっ!?」
「なにさ、その意外そうな顔は……?」
目を丸くして驚くアスカを見てメイランは心外だと言わんばかりに唇を尖らせる。
「メイランさんの気になってる人って誰なんですか?」
「気になるでござるな」
先程まで消極的に見えたコノハとシャルルも食いつき、ラピスも興味深そうに聞き耳を立てる。
「ふっふ~ん。聞きたい?」
「はい、聞きたいですっ」
「ならコノハちゃんの好きな人も教えてくれる?」
「ふぇっ!? ひゃっ、ちょっ、それは……っ!?」
一瞬で耳まで赤くなるコノハ。アスカと同じくらいにわかりやすい子だった。
「まあ、大体想像出来るけどねぇ~。逆にシャルルちゃんの好きな人がまるで想像出来ないよ」
「拙者、色恋に頓着が無いでござるからな。あえて言うなら今はコノハが一番でござるよ」
「おぉ~。それはそれは」
「えぇぇっ!? そ、そうだったのっ!?」
「コノハさん自身が一番驚いてるわね……」
二重の意味で赤面するコノハ。今の発言をまるで気にしていないポーカーフェイスのシャルル。ある意味お似合いなのかもしれないと思う一同だった。
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