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問題児達の稀少魔術《プレミアム・レア》  作者: いけがみいるか
四章 プレシャス・バケーション
195/237

この次のために 5

 車内の席順は行きの時と同じだが、皆会話は無く、静まり返っている。中には疲れがまだ抜けきっていないのか、眠りこけている者もいた。

 そんな中、意外なことにグレイは起きたまま、何かを考え込んでいた。その様子に気付いたエルシアが訝しげに声を掛けた。


「どうしたのよ? もしかして酔ったの?」

「ん? ちょっと考え事してた」

「キャシー先生が何を隠してるか気になってるとか?」

「いや、それとはまた別の話だ」

「じゃ何なのよ。勿体振ってないで教えなさい」

「別に大した話じゃない。ただ、このまま終わるわけにはいかねえし、何より面白くねえなって思っただけだよ」

「一体何の話よ。それに面白くないって、またあんたらしくないことを……」


 と、そこまで言ってからふと思い出す。確か、合宿初日の夜にもグレイは今と似たようなことを言っていた。そしてグレイはこう答えた。これも受け売りの言葉だと。

 その時のグレイはどこか昔を懐かしむような表情をしていた。一体誰を思い出しているのかはエルシアは知る由もない。それに、聞くに聞けない自分がいた。

 そこでようやくエルシアは、あの時感じた不安の正体に気が付いた。その言葉をグレイに教えた人が、グレイにとっての大切な、特別な人なのかもしれないと思ったのだ。

 少なくともその人物がグレイの心に強く存在していることは間違いない。そこに加えて更に特別な関係を持っていたりしたら、と。自分は既にどうやったって振り向いてもらえないのではないのか、とついつい考えてしまっては不安になってしまうのだ。


 その淡い感情に気付いたエルシアは勝手に顔が赤くなる。すぐにそっぽを向いたのでグレイには気付かれなかっただろうが、不振に思われたようで声を掛けられる。


「どうかしたか? 急に黙りこんで」

「な、なんでもないわよっ!」

「……何か怒ってねえ?」

「気のせいよ!」


 ついつい語調が強くなるのを抑えられないエルシアだったが、グレイは触らぬエルシアに祟りなしと、「そ、そうか」とだけ言って考え事に戻った。


 こっそりとその様子を盗み見て、小さく安堵の息を吐くエルシアだったが、すぐに思い直す。ここで引いていたら、それこそ駄目だろうと。しかし、一度切ってしまった会話をどうやって再開すればいいのかわからない。

 エルシアはグレイよりも悩ましげに頭を抱え、グレイも目を閉じ腕を組んで思考をめぐらせている。そんな二人を横目で見ていたアシュラは、溜め息を吐きながら窓の外の景色を見る。


 超鈍感な唐変木と、超意地っ張りなツンデレ少女。何と面倒くさいクラスメイト達なのか。アシュラはわざわざ自分が二人の仲を取り持ってやるつもりはなく、ただただ流れ行く景色を見つめている。

 しばらくすると遠くにミーティアが見えてきた。何だか随分と久し振りに感じている中、バスはそのままミーティアへと入る。

 何故学院ではなく、ミーティアに来たのかを不思議に思っていると、車内から見える町並みは綺麗に飾り付けられており、沢山の住人が彼らの帰りを待ち構えていた。


「な、何だ?! 祭りでもやってんのか?」

「いや。それだと俺らが取り囲まれてる意味がわからないだろ」


 まるで凱旋のようだ。と感じた瞬間、グレイはキャサリンとリールリッドが隠し事に大体の見当を付ける。


「なるほど、そういうことか」

「あん? 何だよ、何かわかったのか」

「あぁ。たぶんこれは《水賊艦隊》を退けた俺達を称えるための催しなんだろうよ」


 これがリールリッドとキャサリンが隠していたことだったのだ。つまりサプライズだ。口止めされる理由もこれで納得した。

 やがて車は停車し、仕掛人であるリールリッドはしてやったり、と言わんばかりのどや顔で全員に降車を促す。

 やや気恥ずかしさを見せながら降りると、割れんばかりの歓声が耳をつんざく。

 そんな中、アルベローナやエコー、アシュラなんかはむしろ堂々と偉そうにしていた。


「さあ。着いてきたまえ」


 全員が降りたのを確認し、リールリッドを先頭に中央の広場へと向かう。その途中も、多くの人が彼らを迎えた。

 そんな町の人達を流し見ながらほんの前の町の様子を思い出す。嫌悪と険悪で息苦しかった空気は今では消え失せ、皆が笑いながらグレイ達に声を掛けてきてくれている。

 あの時(・ ・ ・)自分が取った行動は正しかったのか、もっと良い方法があったのではないのか、そのことに悩んだ時期もあった。だが今のこの町の様子を見て、少なくとも間違いではなかったのだと、グレイは密かに安堵した。


 町の中央広場に着くと、簡易のステージが設置されており、リールリッドがその上に上がる。


「あぁ~、こほん。急な呼び掛けに応じていただき感謝の言葉もない。だが死地から舞い戻った生徒達をどうにか驚かしたくてな。おかげで無事成功したよ」


 まずリールリッドは町の皆に向かって感謝の言葉を述べた。そしてすぐに次のメインに切り替える。


「では改めて言わせてもらいたい。我が愛する生徒諸君、あの《水賊艦隊》の襲撃からよく生きて帰った!」


 すると一斉に拍手喝采が鳴り響く。アシュラは大手を振って答え、エルシアも恥ずかしそうにしながら手を振る。

 大勢に囲まれることに慣れているグレイは一人、考え事をし過ぎたせいか眠そうだった。

 そんな三人を見下ろし、リールリッドは口角をつり上げる。


「アシュラ=ドルトローゼ。エルシア=セレナイト。グレイ=ノーヴァス。今呼ばれた三人は、壇上に上がりたまえ」

「あんっ?」

「な、何?」

「…………はぁ」


 突然名を呼ばれたアシュラとエルシアは何故呼ばれたのかわかっていなかったが、グレイだけは何となくこうなることは想像はしていた。


 半信半疑で壇上へ上がった三人に、リールリッドは誇らしげに笑いかける。


「生徒達が全員無事ここに帰って来られたのは君達が死力を尽くしてくれたからだという話を聞いた。その功績を称え、君達に二つ名を与えることとする」


 その宣言にアシュラとエルシアは目を丸くする。二つ名とは魔術師にとって名誉であり誇りである。そのため二つ名は彼らにとっての憧れでもあった。


「よっしゃああっ!」

「やった!」

「う~ん。ま、いいか」


 全力でガッツポーズをするアシュラ。小さく拳を握るエルシア。無駄に目立つことになるなと思いながらも満更では無さそうなグレイ。三者三用の喜び方ではあったが、その姿は年相応の微笑ましいものであった。こんな三人が《水明の狂人》と戦って生き延びたと言ってもすぐには信じられないだろう。


 リールリッドはそんなことを思いながら、先月のことを思い返す。

 本来なら、彼らは先月の事件を解決した時点で二つ名を受け取るに足る功績を上げていたのだ。だが彼らは町と、友と、学院のためを想い、受け取るべき報酬も受け取らなかった。

 リールリッドはずっとそのことが気掛かりだったのだ。だがそれも今日で終わりだ。リールリッドは一度深呼吸を挟んでから、真剣な目をして三人に二つ名を与えた。


「アシュラ=ドルトローゼ。今回の功績を称え、貴殿に《月闇の影夜叉(カオス・ファントム)》の名を与える」

「おうよ!」

「エルシア=セレナイト。今回の功績を称え、貴殿に《陽光の熾天使(ルミナス・セラフ)》の名を与える」

「はい!」

「グレイ=ノーヴァス。今回の功績を称え、貴殿に《星屑の道化師スターダスト・クラウン》の名を与える」

「どうも」

「これからも進み続けるであろう貴殿らの魔道に祝福と栄華と精霊の加護があらんことを」


 《プレミアム》三人の二つ名の授与に沸き上がる歓声と拍手。入学当初は落ちこぼれ、異端、問題児と蔑まれた彼らだったが、今では誰もが彼らの存在と実力を認めていた。


「ほら。誰か代表して挨拶してくれないか」


 リールリッドがマイクを差し出すと、エルシアとアシュラが同時にグレイを見た。


「……おいこらお前ら、面倒なことを俺に押し付けようとしてねえか?」

「んな馬鹿な」

「そんなことしないわよ」

「…………」


 なら何故目線を合わせない、という言葉が喉元まで上がってきていたが、ここで長々と問答していては格好が付かない。仕方ないのでグレイが渋々マイクを受け取ると、タイミングを合わせたかのようにエルシアとアシュラが一歩下がり、そのままこそこそと壇上から降りていった。

 あとで全力で文句を言ってやることを決めてから、グレイは瞳をそっと閉じ、マイクのスイッチを入れ、ゆっくりを灰色の瞳を見開いた。


「え~と。取り合えず、わざわざ俺達のために集まっていただきありがとうございます。まさかこんな多くの方に迎えられるとは思ってもいなかったのですごく驚いてます」


 そう切り出して話し始めるグレイだったが、町の人々は首を傾げながらひそひそと話し始める。

 内容は大体同じこと。あいつ、誰? である。だが知らないのも無理はない。何せ町の人々はグレイのことをよく知らない。町の人々がミスリル魔法学院の生徒を知る機会は月別大会やイベント以外にはそうそうないのである。

 一年生で、しかも先月の大会に出場していないグレイのことを知っているのは、ごく一部の者達だけだ。

 そのことをグレイ自身もよく自覚しているため、特に気にせず話を続ける。


「本当、ありがたいことなんですけど、一つだけ。言っておきたいことがあります」


 途端、周囲のざわめきが止まり、次のグレイの言葉を待つ。当のグレイは少し困ったように笑った。


「ええっと、ですね。何だか俺達が《水賊艦隊》を撤退させた、みたいに思ってる方もいるかもしれませんけど、事実はまるで違います。本当はただ見逃してもらっただけなんですよ。もし奴等があの時気まぐれを起こしていなかったら、俺はここに立ってはいなかったと思います」


 その話を聞き、場の空気が少し変わる。何故わざわざそのようなことを話すのか、グレイの意図を掴めずにいると、グレイは更に続けて話を進める。


「俺は、俺達はまだまだ未熟な魔術師見習いです。今回の事件でそのことを改めて思い知らされました。これから先の、魔術師としての人生に不安を覚えたり、数日経った今でもあの時のことを思い返しては恐怖で手が震えたりします」


 グレイは敢えて、レオンやカイン達を見ながら話をする。そして今グレイが言葉にしたそれらは、自分が無意識ながら抱いていた悩みや不安と同じであることに気付かされた。


「でも、幸か不幸か命は拾った。なら次は負けないように、自分や仲間を守り抜けるように、絶対にこの日常に帰ってくるためにもっともっと強くなる。だから立ち止まってる暇なんかない。前を向き、拳を握り、今日授かった二つ名に恥じないように、この次のために強くなることをここに誓います」


 グレイの話は、同級生の仲間に向けたものになっており、町の人々のことは完全に無視していた。

 だがその言葉はこの場にいる全員の心に深く残った。


「……ってわけで、俺からは以上です。じゃ最後にもう一度、皆さん今日はありがとうございました」


 グレイはその場で一礼しなから瞳を閉じ、マイクのスイッチを切るのと同時に灰色に濁った瞳を見開いた。


~~~


 その様子を建物の屋上から見下ろしていたのは、目付きの鋭い年老いた一人の男。だが見た目とは裏腹にとても無邪気に笑う。


「ハッハッハッ! これはまた随分と興味深い小僧じゃな」


 グレイの目を見て、男はすぐにグレイがただの子供ではないことを見抜く。確かに今は気を抜いていたとはいえ、グレイのポーカーフェイスからそのことを読み取ることは中々難しいことだ。現に《水賊艦隊》の者も、簡単には見抜けなかった程だ。

 それだけでも、人を見る目に長けた人物であることが窺える。そして男は一足先に壇上から降りた二人の姿も捉える。


「あの三人が揃いも揃って《プレミアム》だとは驚いた。しかもあの灰色の小僧に関してはほとんど情報が無いときた。これは参ったのう」


 とは言うものの、全然参っているようには見えず、それどころかどこか楽しげだった。

 そして男は誰もいない屋上で一人、ぼそりと呟いた。


「そちらの三人とウチの《プレミアム(とっておき)》。一体どっちが強いのかのう? これは次が非常に楽しみだな、《聖域の魔女》よ」

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