この次のために 4
襲撃から二日経ち、これまでの調査の結果でジョージがアプカルコで起きた殺傷事件の犯人だと断定され、そのままジョージは監獄に送られることとなり、その護衛としてマクダスも付き添うこととなり、朝早くにアプカルコを発った。
その頃、グレイ達は合宿最終日を迎えていた。と言っても、今日のプログラムはそのほとんどがキャンセルとなり、あとは帰宅準備と少しの自由時間しかない。
通常ならその自由時間はアプカルコで土産などを買ったりするのだが、先日の事件の影響のせいか、犯人は既に捕まってはいるものの町は人通りが少なく、生徒達自身もあまりはしゃげるほど元気ではないようだった。
「なぁミュウ? チェルシー達へのお土産ってこれでいいと思うか?」
「美味しそう、です」
「ミュウ……。これはお土産だからな? あげる用だから」
「…………そう、ですか」
「よしわかった! 二個買おう! な?」
「……やっぱりシスコンだわ」
「くっ! 今回ばっかりは否定しても苦しいか……ッ!」
「んなもんよりこれ買おうぜ?」
「何でこの時代に木刀よ。馬鹿なの?」
「あぁ? 護身用だよ護身用!」
「あの店長なら木刀無しでもチンピラ程度は倒せそうだがな」
「何言ってんだ。チェリーにやるに決まってんだろ」
「メイドに木刀、って……。似合わねえ~」
「それ貰ってチェルシーはどうしたらいいのよ。いい迷惑だからやめときなさいよ」
だが、問題児三人とミュウはそんなのお構い無しにハイドアウトの皆のためのお土産を選んでいた。
「どうしよ。師匠の分は買うべきかしら。でもあんな山奥まで配達してくれるところなんてないだろうし。届けに行くにしても……。う~ん」
「はぁ。俺もシエナの分とか買っとかないとグチグチと文句言われそうだな……。っつってもなぁ。支部全部に送るとしたら金がいくらあっても足りねえし」
「わざわざ律儀だねぇお前らは。俺は一切送るつもりねえぜ。買うなら全部自分用だ」
「薄情な奴ねぇ」
「うっせ」
「マスター。これも、美味しそう、です」
「…………わかった。買うから。だからそんな物欲しそうな目をしないでくれ。もうこれで最後だからな!」
「ありがとう、ございます、マスター」
「「…………シスコン」」
「あぁもうっ!」
つい先日死にかけたとは思えないほど明るい四人を遠くから眺めるレオン達。アスカはやや呆れたように肩をすくませる。
「あの馬鹿元気は一体どこから来るのかしらね?」
「さぁ? でもあれこそが彼らの強さの秘密なのかもしれないな」
レオンはやいやいと騒ぎながら土産屋を物色するグレイ達を見ながらそう答えた。するとウォーロックもその言葉に賛同する。
「そうかもしれんな。腕っぷしの強さや技術だけではなく、強い精神も持ち合わせてこそ、本当の強者と成りうるのだろう」
「あれが強者、ねぇ……」
とうとうアシュラとエルシアが喧嘩を始め、その仲裁に入るグレイとミュウ。
聞いた話では彼らは《水賊艦隊》の総督とも戦って生き延びたらしいが、今の様子を見る限りじゃどうにも信じられない。
だが、それより前。ジョージと魔獣の群れと戦っていた時に見た彼らは、紛れもなく強者だった。
「……負けられないな」
「ちょっ!? 人の心を勝手に読まないでくれる!? 訴えるわよッ!?」
「そんな無茶苦茶なっ!?」
そしてこちらでも口喧嘩が始まり、その二人の様子を見てウォーロックは苦笑い気味に嘆息した。
一方ではレオン達同様、グレイ達の無駄に高いテンションを遠目で見るカイン。どこか表情に影が差し、何かを考えているようだった。
「どうかなさいましたの?」
そんなカインに話し掛けたのはアルベローナだった。見ると両手に荷物を抱えており、彼女も彼女で大量の土産を買っているようだった。
「うん。ちょっとね。羨ましいと思って」
「お土産買うほどのお金がありませんの? それならわたくし、お貸ししますが」
「あはは……。いや、そうじゃなくて。アルベローナさんもみたいだけど、あんなことがあった後なのに、もう立ち直ってるみたいで。僕はまだあの時のことを思い出すだけでわずかに手が震えるよ」
自分の震える手を見下ろすカインの様子を見て、アルベローナも物憂げな表情を浮かべる。
「それは、わたくしもですわ。今は気丈に振る舞っているだけですの。貴族たるもの、いつまでも沈んでいては示しがつきませんもの。恐らく彼らも、貴族ではなくともその気丈さを持っているのでしょう」
「……そうか。流石だな。彼らも、それにアルベローナさんも」
「そんなことありませんわ。今回のことで力不足を思い知らされましたもの……」
アルベローナは少し悔しそうに、宿舎のある方角の空を見上げた。
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「今回も君はよくやってくれたようだね。感謝するよキャサリン先生」
「そんな……。わたしは当然のことをしただけなのです」
リールリッドはイルミナとカーティスに生徒達の引率を頼み、キャサリンと共に集合場所で待機していた。
キャサリンは今日の朝にようやく目覚め、何とか動けるまでは回復していた。だが大事を取ってカーティスと引率を交代してもらったのだ。
ちなみにホークはまだ数日入院が必要らしいが、新学期が始まるまでには退院出来るらしかった。
暇を持て余していた二人は昨日出来なかった話をして時間を潰すことにした。
「だが昨日イルミナ先生が言った通り、無茶をし過ぎだな」
「うぐ……。それは、そうですね。すみません……」
「いや、責めてはいないさ。その資格もない。生徒の皆を助けるための苦渋の選択だったと思う。だがな。だからといって君自身を疎かにしてはいけない。私の宝はミスリルに関する全て。つまり君もその一つなんだ。あまり心配させないでくれ」
「はい……」
キャサリンは申し訳なさそうに頷く。責めてはいないとは言いつつも、少し叱責しているように聞こえてしまったかもしれないな、と話を切り替える。
「そう言えばもう一つ君に報告しておかなければならないことがあったな」
「はい? 何ですか?」
「ふふふ。聞いて驚くなよ? 実はな──」
にやりと笑うリールリッドを見て、キャサリンは若干引きつった笑みを浮かべる。
だが次にリールリッドが口にした言葉を聞き、目を大きく見開いた。
「……え? えええええええっ!?」
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「ただいま戻りました~、って。どうしたんですかキャシー先生」
自由時間も終わり、集合場所へと戻ってくると、キャサリンがどこかソワソワと落ち着きがない様子だったので、エルシアがどうかしたのか尋ねると、キャサリンは慌ててぶんぶんと手を振る。
「ふぇっ?! な、何でもないのですよぉ~?」
「嘘下手ッ! 何だよ。何隠してんだよキャシーちゃん」
「べべべべ別に!? 何も隠してませんよっ!」
アシュラに詰め寄られるものの、キャサリンはそっぽ向いてしらばっくれる。
「そんな強く否定されると余計に怪しいっすよ。…………もしかしてキャシーちゃん、まだ体調が優れないとか」
「へ? あぁ、いや。そういう深刻な話ではないので大丈夫ですよ」
そしてグレイが声のトーンを落として心配そうな表情を浮かべるのを見て、すぐさまそれを否定した。するとグレイは苦笑する。
「……いや、流石にちょろ過ぎですよ」
「はい?」
「今のでキャシーちゃんが何か隠してるってことは確かだってことがわかったな」
「………………あっ!?」
思い返すと確かに、自分が何かを隠していることを自分から言ってしまったようなものだった。
「深刻なことじゃないなら、別に言ってもいいんじゃないんですか?」
「あぁ~、いや……。その……」
キャサリンは助けを求めるようにリールリッドを見る。
「その話は帰ってからにしよう。それなりに準備もいるからな」
「準備?」
「これ以上は秘密だ。さあ、皆早く乗りたまえ」
リールリッドにはぐらかされ、生徒達は車に乗り込み、ミスリル魔法学院へ向けて出発した。