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問題児達の稀少魔術《プレミアム・レア》  作者: いけがみいるか
四章 プレシャス・バケーション
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この次のために 2

「ん? なぁエリー。あいつどこ行ったか知らねえか?」

「グレイ? 知らないわよ。て言うか男子部屋で一緒だったんでしょ? 何でわからないのよ」

「わりいな。さっきまで寝てたもんでよ。先にこっち来てるもんだと思ってたんだが……」

「あっそ。だとしたらミュウちゃんも一緒かしら。どこにも見当たらないのよね」

「お前……」


 自分のこと棚に上げてよく俺を馬鹿に出来るな、という言葉を何とか飲み込み、アシュラも周囲を見渡す。だがやはりグレイもミュウも見当たらなかった。

 今二人は他の皆と一緒に食堂に集まっている。全員まだ本調子ではなく、体もまだダルいが何とか動けるまでには回復していた。だがキャサリンはまだ寝たきりで、それにイルミナが付き添い、ホークはアプカルコの病院に入院中。今ここにいる講師は合流したリールリッドとカーティスの二人だけだ。

 だが、遅かれ早かれグレイの姿が見当たらないことに気付かれるだろう。


「まさかとは思うけど……」

「いやいや。流石にあいつだって昨日の今日で厄介事に首突っ込んだりは……」


 しない、と断言出来ないところが二人を余計に悩ませる。グレイは唯一魔力切れによる反動が起きない人物だ。加えて無属性の特性からか魔力が回復するのも早く、後は体力さえ戻ればもう自由に動き回れるのである。

 全くもって落ち着きのない悪友を想い、二人は深い溜め息を吐いた。


~~~


 ──かつてゲンドウという名を持ち、先代の総督と共に戦った《水賊艦隊》最強の存在であり、現在はシーラから新たな名を与えられ、常に彼女と行動を共にする魔獣。


 その魔獣、タロウが人の言葉を話したのを見て、仲間であるはずの船員達が驚愕する。しかし、対して話し掛けられた《滝波の賢者》は懐かしむように髭を撫でる。


「ほう、そうでしたか。それは失礼を。では、これからはタロウ殿と。……それにしても、随分と可愛らしい名になりましたな。名付け親はその子ですか」

(……シーラと言う。貴様の言う通り、あの男が最期に遺した子よ。挨拶せい、シーラ)

「こんばんはおじいちゃん。わたしはシーラ。おじいちゃんはパパの友達なの?」

「……そうですな。友、ではありませんが、旧知の仲です」

「そうなのパパ?」


 と、シーラはタロウの甲羅をぺちぺち叩く。その姿に首を傾げているとタロウが苦々しい顔をしながら説明する。


(この子は、儂のことを父と呼ぶのだ……。この子はあの男のことを何一つ知らんのでな)

「……そうでしたか。年齢で言えば私よりもタロウ殿の方が遥かに上だというのに、私一人がおじいちゃんですか。何とも複雑な気持ちになります」


 両者共落ち着いた雰囲気で会話している。にも関わらず、場の空気は張り詰めている。

 若い者や、新参者の船員達は知らぬことだが、この両者には長きに渡る因縁がある。普通ならこうやって会話する間もなく殺し合いを始めてもいいはずなのだ。


 その因縁を誰よりもよく知るレヴェーナが、イライラを募らせながらタロウを見る。


「タロウさん。お話しはそろそろお仕舞いにしてもらえませんか? 私、もう我慢出来そうにありませんの」


 レヴェーナは目配せで船員達に撤退の指示を出し、船員達は直ちに白い大地から海へと降り、たくさんの魔獣と共にこの場を離脱していく。

 老人はそれを横目で見てはいたが手は出さずに、目の前にいる敵を見据える。


「ママ……?」

「シーラ。タロウさんと一緒に離れていなさい。私、あのおじいちゃんをやっつけないといけないの」


 レヴェーナはあくまでシーラに対しては優しげな表情を見せるが、内から漏れ出す怨嗟の念は隠しきれていない。

 それはまだ幼いシーラにも感じ取れたのか、タロウに乗って海へと降りる。


「ではディック。あの男を海の藻屑へと変えなさい」


 そしてレヴェーナは白い大地──否。大地と見紛うほどの巨大な白鯨、ディックに命令を下す。


 レヴェーナが契約した白鯨のディック。全長は、優に五十メートルは超えている。


 そんなディックがその巨大な口を開く。たったそれだけで海は荒れ、大きな波が発生する。だが《滝波の賢者》はその様子をただ見ているだけ。


「《ハイドロリック》!!」


 ディックの大口から放たれる魔法。その光景はまさしく、海そのものが襲い掛かってくるかのような圧倒的な一撃。小さな島ならこの一発で海に沈んでしまうのではないかと思われるほどの災厄の一撃。


「すみませんが頼みます。サザン」


 その攻撃が直撃する寸前、老人は尚も落ち着きながら虚空を見つめた。するとその虚空に突如波紋が広がり、一匹の黒い鯉が跳ねた。


 その波紋が主を守る壁となりディックの攻撃を完全に防ぎ止める。波紋の障壁に阻まれた大波は左右に分かれて大きな波に変わり、水面を激しく振動させる。


「……憎らしいですわ。それほどまでの力を持ちながら、私達と、母なる海と敵対するなど」

「ほっほっ。その言葉、そのままお返ししましょう。貴女ほどの実力があれば、どれだけの者を救えるか」


 同じ属性を持ちながらも決して相容れない不倶戴天の敵。世界を破滅へと誘うレヴェーナの敵であり、夫の仇である男。


 その者が目の前にいるのに、まるで手の届かない高みにいるのではないかと錯覚しそうになるほどの実力差を思い知らされた。


(わかったであろう、レヴェーナよ。お主にその男を討つことは叶わぬ)


 タロウが諭すようにレヴェーナに告げて、その男を見る。

 この国で最強と謳われる魔術師団の四隊長の一人。王族から《賢者》の称号を与えられ、幾度の戦場を潜り抜けた本物の戦士。

 《シリウス》東方支部隊長、マクダス=ウェッジウッド。そしてマクダスが契約した鯉の眷獣、サザン。


 マクダスの細い目がわずかに開き、レヴェーナとタロウを交互に見る。


「流石に老いぼれ一人では、貴方達を同時に相手にすれば勝てないでしょうな」


 と、困ったように首を振る。いくら最強の魔術師団の隊長を務める彼でも、《水賊艦隊》のツートップを相手にして無事で済むわけもない。


「なので、ここで私と交渉しませんか。私はこの男の身柄さえこちらに預けていただければ、本日に限りこれ以上の戦闘行為を行わないと約束しましょう」


 そう言うとマクダスの足元に、泡に包まれたジョージが浮かび上がってきた。未だ気を失ったままのようだが、たとえ気付いたとしてもマクダスの拘束を解くことは出来ないだろう。


「ですがもし。これ以上の戦闘を望み、あまつさえこの男が言っていたように『ミスリル魔法学院生徒の殺害』を考えているのであれば、レヴェーナ=コラルリーフ、及びシーラ=コラルリーフの首だけは地獄への道連れとして、私と共にこの海に沈めますので、どうぞ懸命な判断を為されるようお願いします」


 マクダスの声音は、やはり落ち着いていて穏やかだった。だがその穏やかな声音とは似ても似つかないほどの強圧的な言葉に、レヴェーナの目付きが更に鋭くなる。


 レヴェーナとシーラの命を、自らの命を掛けてでも奪うと断言したマクダス。レヴェーナだけでなく、幼い子供であるシーラをも殺すと。


 それは嘘偽りない言葉であることを、タロウはよく理解していた。恐らくここで戦えば長年の宿敵、マクダスを討つことは出来るだろう。だがその代償が大きすぎる。マクダスは本気で、何の容赦もなく、確実に二人を道連れにするだろう。


 もしそんなことになれば《水賊艦隊》は事実上崩壊するだろう。

 長い沈黙の後、タロウがゆっくり口を開く。


(良い。その男は所詮、ただ同盟を結んだだけの殺し屋よ。その男の首一つで、貴様を退かせることが出来るのなら、安いものである)

「…………そうですか。感謝します、タロウ殿」


 マクダスは一礼し、タロウはレヴェーナに目配せし、自分の背に乗るシーラを預け全軍を退かせる。

 そしてその場に残ったタロウは、マクダスに語りかける。


(貴様は、随分と丸くなったな。昔の貴様なら、交渉などせず二人の首を落としたであろう)

「そうですね。私も年を取ったというところでしょうか。妻も子もおらん私ですが、孫みたいな子が出来まして。その子がこの先どのように成長するのか、見てみたいのです」

(ほう……そうか。なに。シーラは儂のことを『パパ』と呼ぶが、儂から見ればあやつも孫のようものでな。貴様に殺されては困るのだよ)

「ほほ。それはそれは。皮肉なものですな。決して相容れない私達が、似た理由で互いに戦争を回避することを望んでいたとは」

(全くである……。だが忘れるな。儂とて、貴様を許したわけではないことを)

「……重々、承知しております。ゲンドウ殿」


 マクダスは、あえてタロウを過去の名で呼び、そしてタロウはマクダスに背を向けながら答える。


(言うたであろう。儂の今の名は、タロウであると)


 そう言い残し、《水賊艦隊》は暗闇が続く水平線の向こうに消えた。

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