問題児vs襲撃者 5
「いや。無駄じゃない。今までの努力は決して無駄じゃない! その分、色んな知識が手に入った。うん。それでいいじゃないか。なあ、俺!」
「どうかしたのですか、マスター?」
「…………大丈夫だ。気にするな」
グレイは自分の心を誤魔化しながら、気を取り直す。
今は戦闘中だ。相手の攻撃を透過させる《ミラージュ・ゼロ》を使っているとはいて油断していい状況ではない。
思考を切り替えグレイは今の内にミュウにもっと詳しくこの能力のことを聞いた。
「それなら《空虚なる魔導書》をよく見てください。そこにその魔法のことが書かれているはずです」
そう言われてグレイは視線を本へと移す。そこにはこの魔法の能力と弱点が書かれていた。
《ミラージュ・ゼロ》。相手の攻撃を透過することが出来る無属性魔法。この魔法を発動中に別の魔法を発動することは出来ない。発動中はその場から移動することは出来ない。
「なるほど。使い所を見極める必要のある魔法、ってことだな」
《ミラージュ・ゼロ》はかなりの力を持つ魔法だ。なんせ相手の攻撃がこちらには一切当たらないのだから。これだけでも十分とんでもない魔法である。
しかし、こちらにも同様にデメリットが存在しているようだ。
この魔法を使っている間は他の魔法を使えないし、動くことすら出来ない。
遠距離攻撃の術を持たないグレイにとって、この魔法は少々使いづらいかもしれなかった。
「それでミュウ。この魔法はどう解けばいい? 何か勝手に発動してるみたいなんだが」
「それは、わたしが強制発動させたからです。今はマスターが魔導書に触れたので、権限はマスターに移行しています。だから今度はマスターの思うがままに魔法を発動させることが出来ます」
強制発動とは、《空虚なる魔導書》を持っている方が、もう片方のアークの力を強制的に発動させることである。
今回のことで説明するなら、ミュウが強制発動でグレイの《蜃気楼の聖衣》の力を発動させたのだ。
補足として強制発動は主にサポートとして使うものであり、別に《空虚なる魔導書》を持っていないと魔法が使えないわけではない。
グレイはミュウに言われた通り、心の中で魔法の解除を唱えた。すると、魔力の消費が一気に減り、魔法が解けたのが感覚的にわかった。
どうやら《ミラージュ・ゼロ》はかなりの魔力を使うようである。本当に使う場面はよく考える必要があるようだ。
「これでよし、っと。悪いな待たせて」
グレイは親指でくいっと帽子のつばを押し上げて三人を見る。
黒服達は先程までとは違い、更に鋭い殺気を宿した光を放っていた。
「こうなれば仕方ない。少々面倒事が増えるが、魔法を使うぞ」
「あの透過させる魔法は解いた、と言っていたな。なら、一斉に畳み掛ける!」
「一瞬で片付ける。私に続け!」
黒服三人は一斉に腕を突きだし魔法を唱え──
「《三日月ノ影》!!」
「《サンライト・ブラスト》!!」
突如、黒服達の背後から三日月のような影の斬撃と、二閃の光の煌めきが襲い掛かり不意を突かれた三人は防御姿勢を取ることも出来ないまま、光と影に飲み込まれた。
そして攻撃の直線上にいたグレイは、つい今しがた解除したばかりの《ミラージュ・ゼロ》を再発動し、光と影の奔流を逃れた。
「あの……。俺の活躍の場面を奪わないで欲しいんですけど……」
呆れたようにそう呟くグレイは練習場入り口から現れた二人を見る。
「悪いな。こちとらそいつらに借りがあったもんでよ。その返済をしとかねえと気が済まなかったんだ」
「私的にはクリーニング代と美容院代も払って貰いたい所だけど」
漆黒の大剣《月影》を肩に担ぐアシュラと、純白の拳銃《サンライト・フェザー》を両手にぶら下げているエルシアがグレイとミュウの元へと歩いてきた。
「あぁ、そういやそうだったな。お前らこんなのに一回やられたんだっけ。確か、射殺と爆殺されたって聞いたな。生き返ったようで何よりだ」
「あぁん? こんな奴等に俺がやられるわけねえっての!」
「そうよ! この程度の雑魚に私が負けるわけないわよ!」
「はいはい。そう言うことにしておいてやるよ」
「「ブッ飛ばすぞ(わよ)!」」
どこにいても、どんな状況でも変わらぬ軽口を叩き合う彼ら三人は、まだ事件は終わっていないことに気付いていなかった。
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戦闘不能となった黒服を《影ノ鞭》で縛り上げたアシュラは、銃を持っていたのが女だと知り、黒フードを脱がそうとしていたが、エルシアがアシュラの後頭部に《サンライト・フェザー》を突き付けたので、特に何も起きないままに終わった。
そして、そのエルシアはミュウの魔女服姿に萌えていた。ぺたぺたもふもふと触りまくっているせいか、ミュウの無表情な顔が若干迷惑しているように見えたが、今邪魔をすると《ミラージュ・ゼロ》をしていても撃ち抜かれそうだなと錯覚したグレイは心の中でミュウに詫びながら成り行きを見守った。
そしてグレイはさっき倒してトイレの掃除用具入れにぶちこんだ残りの二人もアシュラに拘束してもらおうと一人、校舎に戻っていた。だが──。
「……やられた」
掃除用具入れには誰もいなかった。すぐそばにはちぎれたロープが落ちてある。
どうやら魔法を使ったようだ。両足の骨でも折っておけば良かったと、遅すぎる後悔をしていると、練習場の方から騒ぎが聞こえてきた。
「くそっ!!」
グレイは慌てて練習場へと戻った。
練習場へと飛び込んだグレイの目に写った光景は悲惨なものだった。
「あんたがミュウちゃんに刃物突き付けた変態かぁぁぁあ!!」
「ぐおおおぁぁあっ!?」
怒髪天を突いたエルシアの暴虐なる光がヤンバークにとどめを刺していた。
「あぁ~あ……。よりにもよって……ん? 一人だけだと?!」
グレイはすぐにフーの姿が見えないことに気付き、練習場を見渡す。
だが、いくら探してもフーの姿は見当たらなかった。おそらく、この場から逃げ去ったものだと思われた。
ヤンバークが状況把握のために残り、フーは報告のために撤退したと見るのが妥当だ。
「くそっ! どこ行きやがった!?」
そう遠くには行っていないはずだとグレイは再び練習場を後にした。
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「ぐっ……。くっそ……野郎……。おいっ! デルタ! 応答しやがれっ!」
『は、はいっ! こちらチームデルタ!』
「ムカつくが最後の手段だ。お前らがやれ。アレを使ってな」
フーの命令に通信魔道具から聞こえてくる声の主の息を飲む音がした。
「わかっちゃいるとは思うが、この命令を無視すりゃあ《閻魔》がテメエらを殺しにいくぞ」
『そ、そんな……』
その声は震えていた。が、フーは追い討ちをかける。
「言っとくがテメエらももう共犯だからな。他人にバラせばテメエらもただじゃすまねえだろうぜ。最悪投獄されっかもしんねえな。ひゃははっ! 人生お先真っ暗ってか!」
下品に笑うフーに怯えているのか、カチャカチャという雑音が混ざる。魔道具を持つ手でも震えているのだろう。
「わかったらさっさとこっちに来い!!」
それだけ言い残し、フーは乱暴に通信を切る。頭から流れ落ちる血を拭いながら立ち上がる。
「悪いなヤンバーク。オレっちはまだ殺したりねえ。だから今日のところはトンズラさせて貰うわ」
フーは使命に忠実なヤンバークとは違い、殺戮を好む歪んだ性格をしており、トイレで先に気が付いたフーはヤンバークを起こすこと無くその場を離れていた。
その後、意識を取り戻したヤンバークは、近くに感じた魔力の元、つまり練習場に単身向かったのであった。
フーは潜んでいた教室の窓から外へと飛び出した。
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通信の切れた魔道具を持ったまま立ち尽くしていた三人は互いに顔を見つめ合う。
そのうちの一人が、妖しい光を瞳に宿しながら手に持っている赤い丸薬を見る。
「こいつを、使えば……」
「や、やめた方がいいって! これは──」
「なら、お前はここで殺されるのか?」
「い、いや、そういうわけじゃ……」
殺される。あまりにも非現実な言葉にその男は恐怖した。その発言をした者の声もわずかに震えてはいたが、それ以上に何か思うところがあるのか、意を決して言った。
「俺は食うぞ! どうせやらなきゃ殺される! それに俺はあいつを殺さなきゃ気がすまねえ!」
男はその丸薬を口に放り込み奥歯で噛み砕く。
突如、体中に激痛が走り、吐き気に襲われ、意識が飛びそうになる。
しかし次の瞬間、体内の魔力中枢が爆発的に強化された感覚がした。
「は、はあはははははぁあっ!! すげえ! 力が! 力がみなぎってくるぜえ! お前らも飲め!」
その男と、狂気に飲まれた他の二人も同様に赤い丸薬を飲み込む。
その二人も同様に魔力が跳ね上がり、今まで感じたことのないような高揚感に満ちていた。
「今なら誰にも負ける気がしねえな! はっはぁ~!」
そんな彼ら三人の耳に、聞き覚えのある名が聞こえた。
「──ですっ! グレイ君は?! エルシアさんは?! アシュラ君は?!」
その声のする方を見ると《プレミアム》担任講師であるキャサリンの姿があり、慌てた様子で駆け出していった。
「あいつらの元に行く気だな。行くぞお前ら」
三人の中でリーダー格の男が他二人に命令し、黒いフードを被ってキャサリンの後を周囲を警戒しながら追い掛けていった。