麗しき狂人 3
レヴェーナはアシュラとグレイ、それと数人の団員を同時に相手取りながらも、その微笑はまるで変わることはなく、涼しい顔をしながら全ての攻撃をいなしていた。
「はぁっ……はぁっ……!」
大刀を再び大剣に戻して、攻撃の機会を窺うアシュラだったが、まるで隙が見当たらなかった。
レヴェーナはやはり陸の方へは一歩たりとも近付いてこない。もしこちらから攻め込もうとしても、ただでさえ押されている上にあちらのホームグラウンドある海に飛び込んで勝てる道理は万に一つもない。
そう考え込んでいると、レヴェーナは天に向かって手を翳す。するとアシュラ達の頭上から豪雨が降り注ぐ。しかもその一滴一滴が銃弾のような速度と威力を誇っていた。
「クソッ! 《潜影》!」
「《ミラージュ・ゼロ》!」
即座にアシュラは自分の影の中に潜って攻撃を回避し、グレイは自身の体を幻霧に変えて攻撃を透過させる。
次の瞬間、ダダダダッ、と本物の銃弾が放たれたかと思うくらいの激しい音が立て続けに響く。
それが数十秒くらい続いて、ようやく止まったところでアシュラが影の中から這い出て見ると、さっきまで共に戦っていた団員の半数以上が今の攻撃で倒されていた。
「本当に面白いですわねあなた達。不甲斐ない魔術師団の方達より断然、ね」
レヴェーナはグレイとアシュラを交互に見てそう呟く。彼女の中ではもう完全に二人しか視界に入っていないようだ。そのことに怒りを覚えたのか、団員の一人が風魔法を使い、レヴェーナへ特攻する。
「舐めるなぁぁあ!!」
それを一瞥したレヴェーナはパチンと指を鳴らす。すると海面から、そして砂浜からも大量の泡が発生し、グレイ達の体を包み込んだ。
「なっ!?」
「地面からだと!?」
「くそっ! さっきの雨はこのための布石かっ!?」
泡の中に閉じ込められた団員達は必死に外へ出ようと泡に向かって魔法を放つ。しかし泡は全然割れない。グレイのみ《リバース・ゼロ》で泡を消し去り、すぐに他の者達も救出しようとするも、レヴェーナの方が一歩早かった。
レヴェーナが再度指を鳴らすと、今度は泡の中に水が充満していき、次の瞬間には派手な飛沫を上げて破裂した。その飛沫には赤い血が混ざっていた。
「アシュラ!?」
そしてグレイの目の前でアシュラが入っていた泡も破裂する。間に合わなかった、と強く歯を食い縛ったグレイだったが、その泡の中から現れたのは黒い球体状の何かだった。
やがてその黒い球体の中からアシュラが姿を表した。
「あっぶねぇ……。死ぬとこだった」
「安心すんのは、まだ早いぞ。今ので完全に俺ら二人だけになった」
周囲を確認すると、確かに今立っているのはレヴェーナとグレイとアシュラだけとなっており、他の団員達はもはや生死不明のまま地面に倒れ伏している。
「おい……。どうすんだよ。何か策はねえのかよ?!」
「うるせえ。まだコマが足りないんだよ……。今はまだ耐えろ」
「うっそだろ……。何だよコマ、って。何のこと指してんだよ?」
「こそこそ何を話しているんですか? 私にも教えてくださいな」
小声で話すグレイ達を見ながらニコニコと笑っているレヴェーナは、さきほどから魔法を連発しているのにも関わらず、息一つ乱してはいなかった。
「教えてほしいんならこっちに来たらどうだ?」
「ふふ。お断りします。陸地になど上がりたくありませんもの」
「んだよ。びびってんのか? たかだかガキ二人によぉ」
「えぇ。何せ私はか弱い女ですから」
「どの口が……」
アシュラの挑発も軽く受け流すレヴェーナは、やはり陸地には上がろうとしない。水属性の魔術師にとって、海は自分の力を十二分に発揮出来る最高のフィールドだ。当然海から離れるなどという選択はない。
せめて空を飛べるか、海を走れるかすれば話も変わってくるのだが、と思っていると背後に人の気配を感じ取る。
肩越しにその人物を確認すると、リボンを腕に巻き付けた状態のキャサリンがそこに立っていた。
「まさか、《水明の狂人》まで出てきているなんて……」
「あら? また一人増えましたわね」
レヴェーナは興味深そうにキャサリンを観察していると、途端に表情が変わった。
「あなた、水の魔術師なのですね。ということは、私達の同志ということですね」
パン、と両手を叩いてにこやかな顔を向けるレヴェーナだったが、それを無視してキャサリンはグレイとアシュラに小さい声で告げる。
「二人とも……早く逃げてください。魔力はまだ完全ではありませんが、足止めくらいなら出来ます」
「何言ってんだっつの」
「ここまで来て逃げられませんよ。それに、キャシーちゃんを置いて逃げる気もありませんから」
「ふざけてないで最期くらい先生の言うこと聞いてください!」
鬼気迫る勢いで叫ぶキャサリンの言葉を聞いた二人は互いに頷き──二人同時にキャサリンの頭を叩いた。
「あいたっ!? ちょ?! 何するんですかっ! わたし先生ですよ!?」
「いや。キャシーちゃんがなんかふざけたこと言ったからよ」
「そうっすよ。何が最期ですか。縁起でもない」
「だから! 今はふざけてる場合じゃ──」
キャサリンがもう一度二人を叱りつけていると、その隙を突くようにレヴェーナが三本の水流をグレイ達目掛けて放つ。
それらを無の魔力が跳ね返し、闇の魔力が斬り刻み、光の魔力が撃ち落とす。
レヴェーナは自分の攻撃を真っ向から打ち破った三人の姿を順番に見て、今まで以上に楽しげな表情を浮かべた。
「…………やっと揃ったか」
「おっせえぞ。何してやがった?」
「うるさいわね。女の子は準備に時間が掛かるものなの。それくらい許容しなさいよ。相変わらず器の小さい男ね」
「んだとゴラァ?!」
「何? やる気?」
「お前らなぁ。喧嘩するほど仲良しなのは十分わかったから、今は目の前の敵に集中しろ」
「「誰と誰が仲良しだ!?」」
──この絶望的な状況に置いて尚、いつもの通りに口喧嘩を繰り広げる、ミスリル魔法学院が誇る最強の問題児達。
「エ、エルシアさんまでっ!? もうっ! 何であなた達はそう──」
「「「説教ならあいつ倒してから聞きます」」」
「だから何でいつも息ぴったり!?」
──そしてその問題児達の担任講師が、今ここに集った。
「ふふ。たかが学生風情が倒せると思っているのかしら? この私を」
「さあな。でも、やってみねえとわかんねえぜ?」
「何言ってんだっつの。余裕だ余裕」
「よく言うわよ。二人ではどうしようもなかったくせして。まあ、私が来たからもう大丈夫でしょうけど」
「はっ! 言ってくれんじゃねえかエリー! 俺だって接近戦さえ出来りゃ負けねえんだっつーの! あと、遅れてきた分の仕事はしろよな!」
「わかってるわよ!」
「そうか? なら一つ頼みが──」
またも喧嘩を始めそうになるエルシアにグレイが小声で何かを伝えている。
レヴェーナは嬉々とした表情で、大きく両腕を広げた。
「なら、その強がりがどこまで続くか見せてもらいましょうか」